桜が葉に移るとき

りり丸

桜が葉に移るとき

 桜が満開の四月のある日、大病院の中の一階にある本屋へと向かう女子高校生、ようは病気がちである。

 体調が悪く何もやる気も起きないが、この本屋に毎日行くことはやめられない。

 そこにいるのは大病で入院している男子高校生のさくらである。

 葉が入店すると既に桜は窓際の旅行雑誌を開いていた。


「桜君。昨日ぶりだね」

「よう、葉ちゃん」


 桜の捻りもない冗談にいつも笑う葉はこの時間が好きだ。

 二人が出会ったのは数週間前であるが、お互いの状況もあり交流を持つことになった。


「調子はどうだ?」

「あんまりよくない。頭も痛いし……疲れやすい……。桜君は?」

「僕はいいかな」


 桜は顔色もよく病気をしているようには見えない。


「桜が満開だね」

「ああ。綺麗だな」


 桜は窓から見える大きな桜の木を見ながら言う。


「この県にもこんな大きな桜の木があるんだって」

「へ~。行ってみたかったな~」

「きっと行けるよ。葉ちゃんなら」

「一緒に行こうよ。しっかり治して」

「ああ。そうだな」


 この本屋に毎日通うと次第に桜は散り始め、葉が目立つようになった。

 この時期から桜は体長を崩し本屋へと行くことができなくなった。

 本屋の窓から桜が散り葉桜混じりになりつつある木を見ながら葉は呟いた。


「私、体調良くなってきたのに。なんで来ないのよ……」

「来てるよ」


 薄い小さな声が後ろから聞こえ、葉が振り向くとそこには今にも散りそうな桜がいた。


「桜君……どうしたの? あまりよくないの?」

「葉ちゃん。ごめんね。もう僕は長くない。きっとあの桜が完全に散るときにはもういない」

「えっ」

「この本屋で葉ちゃんとあの木を見るのはきっと最後」


 これはお互い分かっていたはずである。

 桜は窓を開けて空気を吸ってから葉にあの雑誌を渡した。


「この雑誌さ、葉ちゃんにプレゼントするから。空から見てるから、一緒に見に行こう」


 そのあとのことはお互い覚えていない。

 目から涙があふれたと同時に桜は倒れた。

 強く風が吹き込み、窓を見ると桜は全て散った。

 数週間後、一時退院した葉はリュックに雑誌を入れて桜を見に行った。


「桜君。桜、咲いてないや。でも、葉桜もいいかもね」


 あの本屋で貰った雑誌を開き、目の前の木と見比べる。

 あのときの風で窓から吹き込んだであろう桜がそのページに挟まっていた。


「一緒に来れたね。桜君」


 爽やかな風によって花びらは長い旅を始めた。

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