得るものあれば失うものあり➁
「おじいちゃん、お帰りなさい。」
「おお、チーか。会いたかったよ。ワシは今、なんにもあげるものがないんだけど、今日のお前は怒らないんだな。」
敏太郎の言葉にチーは尻尾を振った。
「おじいちゃんはアタシの家族じゃない。大丈夫なの?」
心配そうに敏太郎を見上げるチーの頭を、目を細めた敏太郎は優しく撫でてやった。
「やっぱり家はいいな。」
そうつぶやいた敏太郎はリビングで重子の声を聞いた。
「だからね、アイちゃんはもうウチに来ちゃだめなのよ。」
なんだ?とばかりに敏太郎はヨッコイショと立ち上がり、リビングに出た。重子がリビングの掃き出し窓を開け、アイを放り出すところだった。
「重子、アイちゃんをどうするんだぃ?」
「ああ、おじいちゃん。ごめんね、アイちゃん見たら嫌よね。今、出すからちょっと待っててね。」
「おいおい、出すってどうしたんだ?」
「アイちゃんはおじいちゃんに大けがさせたからおじいちゃんはアイちゃんを見るだけでも嫌でしょ?だからうちの子にするのはやめようってみんなで決めたのよ。」
その言葉を聞くなり、敏太郎は慌てて手を振った。
「待て待て!アイちゃんを捨てちゃならん!」
へ?
重子は敏太郎の剣幕に掃き出し窓を開ける手を止めた。
「アイちゃんはワシと遊びたかっただけじゃ。」
「でも、救急車に乗せようとしてもジャマしたんですよ?」
「あれは知らない人からワシを守ろうとしたんだろ。」
「…」
困惑する重子の腕からアイがピョンと飛び出した。
「アイちゃん、こっちおいで。」
「おじいちゃ〜ん!」
敏太郎の優しい声にアイは敏太郎の広げた腕の中にヒョイと飛び込んだ。
「可哀想にこんなに細くなって。お腹減ったろう?」
敏太郎はしがみついて離れないアイの背中を優しく撫でてやった。
「重子、アイちゃんになんか食べるものをやってくれ。」
「おじいちゃん、本当にいいの?」
「いいも何も、アイちゃんは我が家の猫だろ。なあアイちゃんよ。」
「ニャ~ン!おじいちゃん、大好き!もうずっーとそばにいるから!」
アイは敏太郎に頭をこすりつけ、敏太郎から離れまいと爪を立ててしがみついている。そして目を細めて幸せそうに敏太郎の肩に頭を乗せて甘えまくっている。
「アイさん…」
チーはアイのこの姿に衝撃を受けていた。さり気なく敏太郎の部屋を出るとザビエルもハンモックから頭を半分だけ出して、この顛末を見ているのに気がついた。チーはザビエルのケージの前にやって来た。
「アイツ、これからどうするにょ?お前たちは人間をやっつけないとだめなんにょ?」
「そうみたい。でもおじいちゃんをまた怪我させるなんてアタシ、できない。」
「次、おじいちゃんに怪我させたら誰がとりなしても家から出されるにょ。」
「だよね。でも犬又になるには人間に災いを与えないといけない。」
「面倒くさい!アタチには関係ないにょ。あ、お兄たーん、遊ぼう!」
帰ってきた周太郎が敏太郎にお帰り、と話しかけているのを見て、ザビエルはハンモックから出てきてアピールし始めた。
周太郎はアピールの激しいザビエルに気がつくとケージを開けた。ザビエルはケージを飛び出し敏太郎を目指した。敏太郎の足に飛びつこうとしたその時、アイがシャー!と声を立て、猫パンチを食らわした。ザビエルは不意打ちにひっくり返って、遅れて敏太郎のところへ行こうとしたチーの上にドスンと落ちた。
「アタシのおじいちゃんは誰にも触らせないんだから。」
アイの言葉にチーもザビエルも目を真ん丸にして驚いた。
「アイさん、じゃあもう人間をやっつけるのはやめですが?」
「…とりあえず、あっち行け!」
アイはチーとザビエルを追い出した。
それからというものアイはおじいちゃんの部屋に入り浸り。重子や周太郎達が入るのもジロリと睨む。ましてやチーやザビエルが部屋に入ろうものならシャー!と威嚇され、すかさず猫パンチが炸裂する。
「アイさん、どうしたんだろ?」
困惑するチーにザビエルは一言。
「手のひらを返すってこういうことを言うんだにょ。」
「アンタ、難しい言葉、よく知ってんのね。」
少しだけチーはザビエルを尊敬のまなざしで見た。
「ん、まあお兄たんの受け売りだけどね。」
ザビエルがフンとすました。そこへアイが水を飲みにやって来た。チーはすかさずアイの隣に行った。
「アイさん、これからどうするんですか?人間をやっつけないといけないんですよね?もう猫又はやめですか?」
困り顔のチーにアイはシラッーとした顔で答えた。
「やめるわけないでしょ!人間はこれからもやっつけるわよ。当たり前でしょ。」
「…でも、そうしたらアタシ達、この家から追い出されます。住むところがなくなったら、アタシどうしたら…」
クゥーン。
チーが悲しそうな声を立てた。
「だからアンタはバカなのよ。ここんちの人間以外の人間をやっつけたらいいじゃない。」
「エッ?」
チーと聞き耳を立てていたザビエルは同時に声を上げた。
「アタシはやっと猫又初段。まだまだ道程は長いのよ。チー、アンタなんかこれからじゃない。ビシビシ鍛えるから覚悟してね!」
アイは長い尻尾を振り回してチーとザビエルを背中を鼓舞するように叩いた。
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