第五章 得るものあれば失うものあり

得るものあれば失うものあり➀

前列にいた太った黒猫が大きく口を開いた。

「アイ、見ておったぞ。ようやった。」

「今、審査の結果が出ての。お前を猫又初段にしてやる。」

目つきの鋭い三毛猫がニヤリと笑った。

「あ、ありがたき幸せにございます!」

面を上げたアイが慌てて再びひれ伏した。

「こちらへ。」

シロガネの隣にいたお付きの斑猫に導かれ、アイはシロガネの前に座った。シロガネはうやうやしく前足を出すとアイの額に神々しく白く光る肉球をあてた。眩しさに目を閉じたアイは感じた。身のうちから力が充満するのを。シロガネは前足を戻した。

「アイよ、ようやった。この調子で精進せよ。」

ハハ〜!

アイはもう一度ひれ伏した。


 猫又初段になったアイは人間のいない時間を見計らい、意気揚々と鶴丸家のリビングにやって来た。

「ただいま!」

ゲージの前でノンビリしていたチーはピクリと鼻を動かした。

「あ、アイさん。」

「フフン、アタシ、猫又初段になったわ。この調子で頑張れってシロガネさんに応援されちゃった。」

「良かったですね。」

アイがチーに自慢するがチーは複雑な顔をして、言葉少な。しかも目を合わせようとしない。アイが不審に思い、ザビエルを見た。するとさっきまでアイとチーを見ていたザビエルがサッサとハンモックに潜り込んでしまった。


ムッとしたアイはチーの頭に猫パンチをおみまいした。キャン!とチーは声を上げた。

「ちょっとアンタ達、なんなのよ!チー、これからはガンガンしごくからね!」

アイがチーに詰め寄った時、リビングのドアが開いた。

「オオッ!アイちゃん!」

周太郎は久しぶりに見るアイに近寄ると、アイを抱き上げた。そしてアイの頭を優しく何度も撫でた。アイは気持ちよさそうに目を細めて可愛くニャアと鳴いた。

「あのね周太郎、アタシね…」

アイが周太郎に甘えた声で話しかけようとするが周太郎はリビングの掃き出し窓を開け、アイを放り出した。

「アイちゃん、なんでおじいちゃんにあんなことしたの?もうウチでは飼えないよ。」

そう言うと周太郎は掃き出し窓を閉めた。庭に降り立ったアイは慌てて窓ガラスをカリカリと掻いた。

「開けて!入れてよ!アタシ、お腹減ってるのよ。」

悲しそうな顔をした周太郎はカーテンをシャッと閉めた。

「嘘?なにコレ?」

アイはひたすら窓ガラスを掻いた。


アイは次の日もその次の日も周太郎や重子に追い出された。

「嘘よ!嘘よ!アタシ、ここんちの子にしてくれるんじゃなかったの?」

部屋に忍び込んだアイを抱き上げてくれても重子も周太郎も悲しそうな顔でリビングの掃き出し窓を開けて、アイを外に出した。

「アイちゃん、諦めて。」

アイはニャ~ン!と何度も大きな声で鳴いた。

「だから言ったじゃない。こうなるんだって。」

ザビエルは少しずつ痩せていくアイの姿をみながらつぶやいた。チーは恐ろしいものを見るように震えた。

明日は我が身。

アイを追い出した後、重子は必ずチーを抱きしめた。

「ごめんね、アイちゃん。」

つまり重子はアイの代わりにチーを抱きしめているのだった。うらめしそうにチーを見つめるアイから逃げるようにチーは重子の腕に顔を埋めた。



そんな日が続いたある日、敏太郎が帰ってきた。リハビリを頑張った敏太郎は当初の予定より早く退院できたのだった。リビングとつながる和室をリフォームした部屋に置かれたベッドに敏太郎はユックリと杖をつきながら座った。

「おじいちゃん、疲れたでしょ?お茶持ってくるね。」

重子がお茶を用意するためにキッチンに向かった。開けたままのドアの隙間から体をねじ込んでチーが敏太郎の部屋に入った。


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