第二章 鶴丸家

第21話 鶴丸家➀

鶴丸家①


鶴丸重子はパソコンの前にずっと座っている。もう1時間にもなる。

「やっぱり、この子がいいわ。」

重子は白地に茶色のチワワを見てつぶやいた。

息子の高校受験が終わり、重子も自分へのご褒美が欲しくなった。重子は決めた。

アタシ、この子に会いに行く。

ポチリ。お見合い希望をクリックした。


次の日、保護犬の団体から返事が来た。

「申込み、ありがとうございました。ではお見合いの日を決めたいと思います。ご都合いかがでしょうか?」



メグことリルおばさんが死んだのを知ってからチーは声を出しにくくなった。お家トレーニングに行く前、施設に来た時よりずいぶん明るい表情になっていたのに今は目が死んでいるよう。

太郎はチーの変化に心を痛めていた。


「チー、元気か?」

太郎がケージ越しに声をかけてきた。チラリと太郎を見るも返事がない。

「お前の里親募集始まったみたい。さっきお前と会いたいって人が2人いるからスタッフさんの自宅でお見合いするんだって、スタッフさんが言ってたぞ。」

「そう。」


チーは表情をまったく変えない。太郎はため息をつく。

「明日からスタッフさんの自宅で過ごすことになるから。今度こそ幸せになれよ。」

太郎は真剣なまなざしでチーを見つめた。だがチーは軽くうなずくと、もう太郎に背を向けてしまった。


次の日、太郎の話通りキャリーに移され、チーは山の中の施設からスタッフの森下の自宅に預けられた。森下の自宅は街の中。たくさんの人間の家が所狭しと立ち並んでいる。チーを乗せたバンはその中のひとつのマンションに入っていった。


森下はチーのキャリーを持つとマンションの一室のドアを開けた。

「ただいま!チーちゃん来たよ。さあ、着いたよ。チワワのチーちゃん。」

森が声をあげるとすぐバタバタと足音が響いた。

「パパ、この子なの?」

高い声がして女の子がキャリーをのぞきこんだ。


人間の子供なんて嫌い。あっち行け。

チーはチラリと女の子を見るとプイとそっぽを向いた。

「あんまり騒がない。チーちゃん、疲れてるからね。」

今度は少しハスキーな大人の女の声。チーは声の方へ顔を向けた。


この家のお母さん?お母さんなの?

お母さんかもしれない女の人が気になって、声のした方をじっと見ていると、目の前に大きな犬の顔がヌッと現れた。

「チッす。俺、パルス。ここんちの犬。俺がいろいろ教えてやっからな。心配すんな。」


チーは胡散臭そうにパルスと名乗った白いラブラドールを見た。

「アタシはチー。」

斜に構えるチーに苦笑いのパルス。

森下はキャリーからチーを出すと傍らに座るパルスの頭を優しく撫でた。

「パルス、チーの面倒も頼むよ。」

パルスは大きくワンとひと声鳴いた。


パルスはチーの前を歩き、こっちこっちと呼んだ。

「チー、こっちに昨日来たチワワのポンがいるよ。ポン!おいでよ!」

名前を呼ばれたポンはパルスとチーのところにおそるおそるやって来た。

「ぼ、僕はポン。あ、あのヨロシク。」

ポンは上目遣いでチーを見る若いオスのチワワ。チーは横目でにらんだ。小柄なポンは自分より随分大きいチーににらまれて思わずシッポを股に挟み、端っこにそそくさと隠れた。

ヤレヤレ。パルスはフウとため息をついた。

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