第8話 新たな世界へ⑧

新たな世界へ⑧


 ここに来てから日々が慌ただしく過ぎて行った。少し落ち着いたかと思ったら避妊手術をされ、体調が戻ったら人間と暮らすための訓練が始まった。毎日、散歩、食事、休憩を挟んで訓練。そんな日々が続いたある日、訓練をしていた女のスタッフが抱き上げたチーに声をかけた。


「チワワのチーちゃん、そろそろお家トレーニングしよっか?」

お家トレーニング?それ、美味しいの?


その日の夕方、チーとメグのケージの前に太郎がやって来た。

「チー、お前、お家トレーニングに行くらしいな。トレーナーさんから聞いたぞ。頑張ったじゃないか。」

「ねえ、太郎。お家トレーニングって何?それはご褒美だよね。どんな味?



期待満々な顔で尋ねるチーに太郎は呆れてため息をついた。

「お前、何にも知らないんだなあ。里親の家に行く前に人間と実際に暮らすトレーニングだよ。まあもしかしたらここより美味しい飯が出るかも知んねえけど。」


「ええっ!ここから他所に?アタシ、捨てられるの?」

チーは以前の山の中の繁殖犬としての暮らしを思い出し、恐ろしくて震え始めた。

「待て待て、違う違う。チーを家族として迎え入れてくれる人間を見つけるための準備だから。」

「家族?」

初めて聞く言葉に、半分泣き顔のチーは混乱した。チーと太郎のやり取りを聞いていたメグも心配していた。すると部屋の入り口から大きな声が聞こえてきた。


「おおい、太郎。帰るぞ!」

チーとおしゃべりしていた太郎は、その声を聞くや否やクルリと向きを変え、大喜びで走り始めた。

「お父さーん、大好き!待ってたよ!」


太郎はかがんで両手を広げるリーダーの男の胸に飛び込んでいった。ペロペロと男の顔を舐めまわす太郎。

「お前、ベタベタじゃないか。」

と言いながらも嬉しそうに男は太郎の頭や顎の下、背中をゴシゴシと撫でまわす。


リーダーの男の姿を見た途端にいつもクールな太郎が豹変。チーとメグは唖然とした。

「おばさん、太郎が子犬に戻っちゃった。」

「うん、あれは親に甘える子犬だね。リーダーさんのこと、人間なのにお父さんって言ってたね。」


しばらく2匹は戯れる1人と1匹を呆然と見つめていた。すると、ふとある考えがチーの頭に浮かんできた。

これが家族ってことなんだ!


「おばさん、アタシわかった。アタシたちはこれから人間のお父さん、お母さんを見つけるってことなんだよね。」

「アタシたちの親になってくれる人間を探すってことなんだね。」

「アタシ、一足先にお家トレーニングして来るね。どんな様子かおばさんに報告する。待っててね。」

「うん、アタシも早く体を治すよう頑張るよ。」

「そうそう。早く人間のお父さん、お母さんを一緒に見つけようよ。」

チーとメグは久しぶりに心が温かくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る