奇鞠堂の日常

あぷちろ

路地裏のあやしい本屋だが、極上のアイスを出すそうだ

「へへッ、お客さァんいらっしゃいませぇ」

 私がその店に入ると、店員が媚びた表情で私に挨拶をした。店内装飾の人体模型が私の入店に合わせてドアベル代わりにカラカラと音を立てた。

店名を奇鞠堂書店という。狭い店内だ。十坪もないような狭い店構えで古書新書、ビジネス書アパレル雑誌、絵本文庫本を問わずジャンル問わずアトランダムさを感じさせる陳列方法で本を売るなかなかにな販売方法をしている書店である。

「いい時に来ィざんした……新しいブツ、入ってますゼ。ヘヘ……」

 もはやどこの方言かわからないような奇妙奇天烈な訛りで話すこの男はこの書店の店主だ。

 土気色の肌に焦点のあっていない瞳を泳がせる。フードを目深にかぶり、歯並びの悪い口元を下劣そうに歪めるのが得意な男だ。年齢はわからず、性別も……便宜上に男としたがあまりにも骨格が薄すぎる表皮に貼り付いていてそれすらも怪しい。

 この店は都心繁華街より一本内側に入った筋に店を構えているので立地的には最上ではあるが、店主と店内装飾がリッチ骸骨みを持った怪しい店だ。ただの書店ではあるはずなのだが。

 私は一先ず、その不気味な店主の言葉を無視して手持ち無沙汰を装い店内を見渡す。

 先週発売のアパレル雑誌の上に海外販売ものであるような羊皮紙の分厚い本が放置陳列されている。

 かと思えば百万回だか一億回だか生死のふちを彷徨い続けるネコの絵本があって、それはなぜかハンガーにつるされているのだ。

 私は読みもしない漫画雑誌(2か月前に発売だったもの)を片手に骸骨店主の待つレジへと足を運ぶ。

 分厚い漫画雑誌を彼に差し出す。そして目線を合わせずに予め用意していたセリフを言った。

「ヤサイマシ、パッチを2枚つけてくれ」

「へへへ……毎度ありやす……氷は入れやす?」

「なしで」

「しばしお待ちくだせぇ」

 漫画雑誌を受け取った店主は不気味に口もとを歪めて媚びへつらうように嗤って、レジカウンターの下へ姿を隠す。

 ここの店はこのように、某カフェチェーンのように商品のカスタマイズが可能な店なのだ。

 今のセリフを訳すのであれば、『緑色ブックカバーと特製栞を2枚お願いします』だ。

 本屋にしては少し背の高いレジカウンターの上を流し見る。店内装飾とは裏腹に奇麗に清掃が行き届いた黒檀の天板には指紋一つ無い。金銭を授受するトレーすらなく、店主の偏執じみた拘りの香りがするだろう。

「お待たせしやした。コレで、お願いしやす」

 カウンターの下からのっそりと這い出てきた店主は、きっちりと折り目がつけられた緑色のカバーが施されたそれなりに厚さのある漫画雑誌を手渡される。

 小口が見事に研磨され平坦に統一されたソレからは店主の妄執が感じられる。

「ありがとう」

 ふと、私が礼を忘れずに述べると、店主は卑しい表情で眦を下げた。

 ろくに雑誌の中身も確認せずに踵を返す。ウィンドチャイムをかき鳴らすように店の軒先につるされた骸骨のそばをくぐりぬけて白昼のアスファルトの中心へと至る。

 じりじりとした夏の日差しが額を焼く。車のエンジン音が遠く残響している。

「あのー、ちょっといいですか?」

 逸る気持ちを抑えて足取り軽くその場を立ち去ろうとしたその時、男性二人組が私に声をかけるのだ。

「はい?」

 声がする方に振り向けば、そこには制服を身にまとった国家権力の犬警官が仁王立ちしていたのだ。

 私は反射的に目線をそらすと、それに気づいた一人が丁寧ながらも高圧的な態度で私に問いかけた。

「その手に持ってるものちょっと見せてもらっていいですか? ほら最近は何かと物騒なので……」

 後付けの理由を聞き流し、私はしめたものだとほくそ笑む。

「ええ、勿論です。私が警察官の方を無視するわけないじゃないですか。ほら、どこからどうみたって普通の雑誌ですよ」

 私はわざとらしく手持ちの雑誌を掲げ見せた。

 その瞬間! びょぉうと突風が吹き荒れ、私は雑誌をアスファルトへと落としてしまう。

 ばらばらと捲れるベージ、二方に弾けとぶ栞。――そして黄緑色をした乾燥野菜の袋が雑誌内部に彫られた空間からまろびでた。

「あ。」

 三者が三様に同じ言葉を喉から吐き出す。

「……へへヘ。旦那サマ方、ここは見逃してくれませんかねェ」

 私は一生の中でも見たことのないくらい媚びた面で口角を歪めた。




 おわり

 

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奇鞠堂の日常 あぷちろ @aputiro

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