本屋での妄想
鯛谷木
本文
私は本が好きだ。もちろん内容だけでなく、手触り、音、重さ、その全てを愛している。整然と並ぶ文字や絵。静かに指に吸いつきめくられるページ。表紙を閉じ、空気が追い出される重い音。本はたくさんのことを、無音で語ってくれる。
自分の裁量で好きなだけ速くも遅くも読み進められるこの存在は、幼少の頃、どうしても人に合わせるのが不得手だった私にぴたりとフィットした。それは今も続く無関心と興味のちょうどいい関わり合いである。まるで都合のいい恋人未満の存在だ。なんなら浮気も許してくれる。すごい。一生ついていきます。まぁさすがに少し言い過ぎだが。それでも嘘は言っていない。だからこそ、不義理が多い身としてせめて、読みたい話はなるべく実物を手に入れることにしている。
そして今日もこうして、新たな相手または感動の再会を求めて大きな棚の前に立っているのだが、実は、ここへ来るとどうしても怖気付いてしまう。私は本屋が怖いのだ。シンプルに欲望のままに買いすぎてしまう失敗体験の多さもある。だがそれ以上に、その途方もない集合体に自分も納められてしまうでのではないか。超巨大のコラージュの中には、分散した私がいるのではないか。そう思わずにはいられないのだ。しかもこの場にあるのは、世界中の本の氷山の一角でしかないのだ。反り立つ壁はあまりにも厚く重い。
そして、別の理由として、本に人を求める私には、本屋が人売りのように見えてしまっているのかもしれない。たしか有名な漫画で人の中身を本にして読めるような能力を持つ漫画家がいたが、あれほど羨ましいものもない。相手の口を塞ぎつつ一方的に知識だけを摂取できる。ずるい仕組みだ。
とりあえず店を一周しつつ色々考えていたら、頭がこんがらがってきた。あと、ひとしきり緊張したせいかどうもお腹の調子がおかしい。私はいそいそと生理現象に従い本屋を後に、お手洗いへと向かった。
本屋での妄想 鯛谷木 @tain0tanin0ki
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