第28話 ボクの好きな人
見た目には綺麗だったゲテモノ餃子たちとの死闘を終えて、みんなで朝日姉ちゃんが買ってきてくれたケーキを食べることになった。ゲテモノの回避率が高かったおかげで何とか生き残った達哉兄ちゃんとボクで紅茶やコーヒーをいれていると、ソファーに倒れ込む姉ちゃんたちの姿についつい笑ってしまった。
毎回3人ばかりがヤバいものを食べて撃沈するわけだけど、騒いで食べるのが楽しいのか、なんだかんだ恒例行事と化したこのパーティーのあとには必ず見られる光景だ。ちなみにお父さんとお母さんも参加すると、お父さんは見抜けずに撃沈するしお母さんは喜び勇んで撃沈しに行くし、死屍累々な抜け殻が大量発生する事態になる。
「みんな楽しそうだったね」
「そうだね。姉ちゃんたち、本当にこの行事好きだよね」
「ねえ、聖夜くん」
達哉兄ちゃんとのんびり話していると、達哉兄ちゃんは急に声を潜めた。
「なぁに?」
一応ボクも声を潜めると、達哉兄ちゃんはさらりと頭を撫でてくれた。達哉兄ちゃんの手は粋先輩に似てるけど、撫で方は武蔵くんに似てる。
「今日朝日が来たのはね、聖夜くんが心配だったからだよ」
「え?」
思ってもみなかったことに驚いて達哉兄ちゃんを見上げると、達哉兄ちゃんは朝日姉ちゃんを見つめていた。その視線の温かさと甘さの意味は、ボクが最近知ったものに似ている気がする。
「真昼ちゃんと夕凪ちゃんから聖夜くんが心配だって連絡をもらって、朝日はいてもたってもいられなかったんだよ。聖夜くんはたくさん愛されているんだね」
ちょうどお湯が沸いてやかんの火を止めた達哉兄ちゃんが5人分のコップにお湯を注ぐのを見ながら、ボクは悩んでいた。粋先輩と武蔵くんのことを話すにしても、どこまで話せばいいのか。大事に思ってくれている家族に嘘はつきたくないけど、どう思われるのかが怖い。
「聖夜くんが何に悩んでるかの全てを話す必要はないと思うけど、もしそれを話すことを迷ってるなら話してもいいと思うよ。話したくないって思わない限りには、きっとどう思われるかとかそういう心配ごとがあるんだと思うけど、そこは心配しなくてもいいんじゃないかな? きちんと考えてくれるお姉ちゃんたちでしょ?」
達哉兄ちゃんは家族だけど、ほかの家族の形に身を置いていた人。だからこそ見えているものがあって、初めて会ったときからボクを導いてくれるお兄ちゃんだった。朝日姉ちゃんの大事なものだからってボクや真昼姉ちゃんたちも大事にしてくれる大人な人で、信用できる大切な家族だ。
「分かった。頑張ってみる」
「うん、頑張れ」
2人で5人分のコップをローテーブルに運ぶと、姉ちゃんたちはのそのそと起き上がってケーキの箱を覗き込み始めた。
「チョコレートケーキ、レアチーズケーキ、イチゴのムース、抹茶と小豆のショートケーキ、卵たっぷりプリンね」
「私、チョコはもういい」
1番チョコレートの餃子に当たった真昼姉ちゃんはそう言うと、抹茶と小豆のショートケーキに手を伸ばした。続けて夕凪姉ちゃんが大好きなイチゴを取っていくと、朝日姉ちゃんはボクの前にあとの3つを押し出した。
「どれが良い?」
「えっと、プリン」
「やっぱり」
大好きなプリンを取ると、朝日姉ちゃんは嬉しそうに笑って自分のところにレアチーズケーキ、達哉兄ちゃんの前にチョコレートケーキを置いた。
「じゃあ、食べよっか」
みんなで食べ始めてしばらくすると、姉ちゃんたちの顔色が正常に戻ってきた。味覚も戻ってきたのか、途中からは味の感想も言うようになった。
「姉ちゃん、達哉兄ちゃん。ちょっと、話してもいい?」
半分ぐらい食べたところで声を掛けると、みんな食べる手を止めてボクの方を見た。4人の目が向いている状況は緊張するけど、伝えたい。
「あのね、最近仲良くしてる人たちっていうのが、北条粋先輩っていう2年生の先輩と、鬼頭武蔵くんっていう4組の人なんだけど。2人と、その、お付き合いさせてもらってます」
目を閉じて言い切ると、誰も何も言わない。怖いけどそっと目を開けると、みんなぽかんと口を開けたまま固まっている。
「えっと、あの」
なんて言えば良いのか分からなくなっ口籠もっていると、みんなが次第に動き始めた。真昼姉ちゃんと夕凪姉ちゃんがお互いの頬を抓っていると、達哉兄ちゃんは拍手をしてくれた。
「聖夜は、今幸せなんだね?」
「うん」
朝日姉ちゃんに厳しい顔で聞かれて、胸を張って答えた。今のボクは幸せだってことに間違いはない。星ちゃんと月ちゃんと友達になったときから始まった楽しい学生生活は、粋先輩と武蔵くんと出会ってもっと幸せになった。
「なら、良かった。おめでとう」
朝日姉ちゃんにわしゃわしゃと頭を撫で回されてボサボサに鳴った頭を、真昼姉ちゃんと夕凪姉ちゃん、達哉兄ちゃんも撫で回して喜んでくれた。
ボクが同性しか好きになれないと自覚したとき、姉ちゃんたちはボクも絶対に幸せになれる相手と出会えるときがくると言って励ましてくれた。あのときは疑っていたけど、本当だったんだ。
「まあ、2人とってところには驚いたけど、聖夜がちゃんと向き合って決めたことなら文句はない」
朝日姉ちゃんがそう言ってまたレアチーズケーキを口に運ぶと、真昼姉ちゃんも紅茶に口をつけた。
「そうだね。聖夜はちゃんと考えられる子だって信じてるから」
「聖夜が最近もっと可愛くなったのはその2人のおかげなんだ」
ニヤニヤ笑っている夕凪姉ちゃんはボクの頬をツンツンつついてくる。
「前に夕凪姉ちゃんが髪型整えてくれたでしょ? 粋先輩と武蔵くんに可愛いって言ってもらえたんだ。だから、ありがと」
恥ずかしくて顔を隠すと、達哉兄ちゃんが横から飛びついて抱きしめてきた。
「聖夜くん、本当に可愛いよぉ」
「うわぁっ」
「達哉!」
泣き出した達哉兄ちゃんを、朝日姉ちゃんが小脇に抱えて落ち着かせる。
「それで、その2人がどんな人か教えてくれない?」
達哉兄ちゃんを抱えたままの朝日姉ちゃんに聞かれて、ポケットに入れていたスマホを出した。フォルダから3人で撮った写真を見せると、姉ちゃんたちはそれを覗き込んだ。
「どっちもイケメン」
「真面目系とワイルド系かな?」
「優しそうな2人だな」
三者三様の反応を見せた姉ちゃんたち。嬉し恥ずかしという気持ちで頬を掻く。粋先輩と武蔵くんを褒めてもらえると自分のことみたいに嬉しくなる。
「粋先輩は生徒会長でね」
「生徒会長!」
何故かテンションが上がった真昼姉ちゃんの目がキラキラと輝いた。
「う、うん。人付き合いは苦手なんだけど、周りの人たちを引き付ける才能は誰よりもすごい。一生懸命頑張っているんだ。優しくてよく気が付く人なんだけど」
「けど?」
朝日姉ちゃんに聞き返されて、なんと答えようか悩む。色気があるとも言いずらいし、手が早いもまた違う。ダメだな、最近武蔵くんの明け透けな言い方がうつってしまった気がする。
「えっと、無駄にかっこいい?」
姉ちゃんたちはキョトンとした顔をしていたけど、ようやく泣き止んで身体を起こして座っていた達哉兄ちゃんだけは理解したようで頷いていた。
「恋、してるんだね」
「うん。すごくドキドキして、キュンキュンするんだ」
「そっかそっか。あ、もし嫌がってるのに何かされたら俺に相談してくれよ? 何ができるかは分からないけど、力になるからね」
「うん、ありがとう。でも、きっと大丈夫だよ。粋先輩はそんな人じゃないし、武蔵くんがいるからね」
達哉兄ちゃんは一瞬不思議そうに首を傾げたけど、すぐに納得したように頷いた。
「その武蔵くんが粋くんを止めているんだろうね。3人だからお互いの行き過ぎた行動を俯瞰的に止め合えるってことなのかな?」
「うん。武蔵くんはすごく強くてね、誰かのために戦える人なんだ。武蔵くんも一生懸命で優しい人でね。3人だからお互いのことを尊重し合いながら過ごせてるし、幸せなんだ」
姉ちゃんたちも達哉兄ちゃんも、ボクの顔を見つめたまま何も返事がない。どうしたのかと思って顔の前で手を振ると、その手を夕凪姉ちゃんに掴まれた。
「うわぁっ。え、何?」
「聖夜も大人になったねぇ」
そのまま腕を引かれてウリウリと頭を撫でられてされるがままになっていると、撫で回す手が増えていく。4人分の愛情を受け取っているうちにどんどん恥ずかしくなる。
「あーもう! お風呂、お風呂入ってくる!」
立ち上がって何とか抜け出してリビングを出ようとすると、後ろからニヤニヤと視線を感じる。そーっと振り返ると、みんな同じ顔でニヤニヤ笑っている。
「な、なに」
「お風呂上りに恋人と電話するんだっけ?」
「おお、ラブラブだね」
「うん、だから急いで入っちゃうね」
ボクがそう言うと、夕凪姉ちゃんはさらにニーッと笑って視線を朝日姉ちゃんに移した。
「朝日姉ちゃんと達哉兄ちゃんたちもよくやってたよね」
「ちょっと、なんで知ってるの!」
「たまに立ち聞きしてたし。ね、真昼姉ちゃん?」
「そうだね」
「うわぁ」
朝日姉ちゃんと達哉兄ちゃんも、とばっちりを食らって恥ずかしがっている。
とりあえず、今日だけでも電話の邪魔も立ち聞きもされないようにしたい。久しぶりで何を言ってしまうか分からないのに、そんなところを聞かれていたら恥ずかしくて死ぬ自信がある。
「今日だけは夜部屋に入ってきちゃダメだからね!」
「えー。挨拶くらいさせてよ」
夕凪姉ちゃんが拗ねたような顔をするけど、今日だけは絶対に嫌だ。
「粋先輩が修学旅行に行ってから1回も声を聞けてないの! だから挨拶するなら今度にして!」
ボクが言い切ると、夕凪姉ちゃんは目を見開いた。でもすぐにふわっと微笑むと、しっかり頷いてくれた。
「聖夜がそこまで言うなんて珍しいもんね。よし、また今度家に連れてきなさい。そのときに見極めてあげるから、今日は邪魔しないであげる」
「いいの? 2人に来てくれるか聞いてみるね! 絶対みんな2人のこと好きになるから! じゃあ、お風呂入ってくる!」
家族に2人のことをとりあえず認めてもらったことが嬉しくて、その喜びのままリビングを飛び出した。
「電話が終わったらまた降りてきてよ!」
「はーい!」
朝日姉ちゃんの声に返事をして、そのままお風呂場に向かった。
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