第75話 ロリ魔女無双

「それじゃ、本当にマリアンデールなのか」

「だからそう言ってるじゃない!」


 未だに半信半疑なセシルに対し、マリアンデール(?)は手にした杖をブンブン振って抗議した。

 だがやがて自分の身体がおかしいことに気付いたらしい。

 目をぱちくりさせた後、辺りを見回して壁に掛けてある鏡を目を付けるとそちらへ杖を向けた。


 杖に嵌められた小さな赤い宝石が光ると同時に、壁の鏡がふわりと浮いて少女の元へ飛んでくる。

 セシルが初めてマリアンデールと会った時に使ったのと同じ魔術だ。

 先程『ケテル』の拳をあっさり防いだ事といい、やはりこの少女はマリアンデールで間違いないらしい。


「へえ、魔力が足りない状態で召喚させるとこうなるのね。初めて知ったわ」


 マリアンデールは鏡を覗き込みながら言った。

 何となく予想はしていたが、マリアンデールのこの姿はセシルの複製召喚が不完全に発動したのが原因のようだ。


「悪いな。緊急だったから一か八かで試したんだけど、やっぱり魔力全然足りなかったのか」

「そのようね。でも判断は悪くなかったわよ」

「そうなのか?」

「ええ。本物のわたしはしばらく地下室から動けそうになかったからね。ここの惨状を知らされても多分対応できなかったし、穴の封印も遅れて被害が酷い事になっていたでしょうから」


 マリアンデールは鏡を元の位置へ戻しながら地獄の穴へ目を向ける。

 セシルは心配そうな表情をした。


「地下の方も苦戦してるのか?」

「ちょっとだけね。でもそれもこれで少しは好転するはず。そういう意味でも良い判断だったと言えるわ」

「どういう事だ?」


 セシルは尋ねた。

 そこへウェンドリンが物陰伝いに屈みながら小走りでやって来た。


「セシル!」

「ウェンドリン。時間稼いでくれて助かったよ」

「どういたしまして。それよりもその子、ひょっとしてマリアンデールなの?」

「そうよ。さすがウェンドリン。付き合いが長いだけあって一目で見抜いたのね」

「え? ええ、そりゃまあその衣装と魔術見せられればね……」


 どうやらウェンドリンのほうも確信は持っていなかったらしい。

 しかし気を良くした様子のマリアンデールは両手を腰に当ててえっへんと胸を張る。


「苦労を掛けちゃったみたいだけどもう大丈夫よ。わたしがここに来たからには、悪い人たちなんて私がみんなやっつけてあげるんだから!」

「お、おう……」

「それは心強いわね……」


 セシルとウェンドリンは困惑を浮かべながらお互いの顔を見合わせた。

 感情表現が普段のマリアンデールと離れ過ぎていて違和感が凄い。

 見た目だけでなく精神面も少なからず外見に引っ張られているのだろうか。


 本当にこの子に任せて大丈夫か?

 そんな一抹の不安がセシルの脳裏に過ぎる。


 だが、そんな心配は不要だったとセシルはすぐに思い知らされる事になった。


「ヒャッ! ヒャヒャヒャヒャッ!」


 こちらの様子を窺っていた『ケテル』が再びマリアンデール目掛けて泥の拳を放った。

 今回は左右同時の二発。しかも先程より弾速も早い。


 しかしマリアンデールは顔色一つ変えず、ただそちらへ視線を向けただけだった。

 二つの弾丸は先程と同じように空中で止まり、風化して消滅する。


「さっさと穴を塞がなきゃだけど、その前にお掃除が必要ね」


 マリアンデールは周囲をキョロキョロ見回したあと、長椅子の上によじ登った。

 高価な見た目の長椅子だけあって座席部にはクッションが仕込まれていたらしい。

 マリアンデールはしばらく楽しそうに椅子の上でぴょんぴょん跳ねていたが、やがてハッと思い出したように慌ててそれを止めると、向き直って地獄の穴の方を見た。

 そして、特に魔術の詠唱などをすることも無く、ただ薙ぐように一度だけ杖を振る。


「はいおしまい」


 本当にそれで終わりだった。

 次の瞬間、礼拝堂内にいたおびただしい数の『この世ならざる者』たちが一斉に凍り付き、そのまま砕け散った。

 『ケテル』も例外ではなかった。叫び声を上げる隙も無く粉々になり、残った修道服がパサリと落ちて泥の中に沈んでいく。


「な、なんだ今の。ひょっとしてこの子、本物のマリアンデールさんより強いんじゃ……?」


 セシルは信じられない様子で目を見張る。

 するとウェンドリンが地獄の穴へ目を向けたまま首を振った。


「いいえ。本物の方も本当ならこのくらいは余裕で出来るわよ」

「そうなの?」

「ええ。あの子、普段は体力を維持するために力を抑えてるのよ。常に大量の仕事を抱えてるせいで疲労と睡眠不足を解消する暇が無いから」


 そういえば以前、そんな話を聞いた事があったような気がする。

 この小さいマリアンデールはそういうのを気にせずに力を出せるからこれほど強いのか。


「なんというか魔女も大変なんだな」

「それがね……どうも大変なのはマリアンデールだけらしいのよ」

「は?」

「以前に他の魔女と話をする機会があったんだけど、あの子、他の魔女たちよりも仕事を片付けるのが早いらしいの。そのせいで神様から普通の数倍の仕事を投げられてるらしくて」

「なんだそりゃ」


 そんな雑談をしている間、マリアンデールは杖を持った手をぐるんぐるんと大きく回していた。

 杖の宝石の光の軌道が赤い円を描き、腕の回転の度にその中に小さな魔法陣が出現する。


 やがて赤い円はマリアンデールから離れ、礼拝堂の高い天井へ昇りながら巨大化していった。

 そして巨大化が止まると同時に赤い光は消え去り、重量感のある円形の蓋に変わった。


「えいっ!」


 マリアンデールが杖を振り下ろす。

 それに合わせて巨大な蓋も落下し、地響きとともに地獄の穴を完全に封鎖してしまった。

 瘴気は残っているからまだ安全とは言い難いが、もうこの礼拝堂内は大丈夫そうだ。

 マリアンデールはくるりと向き直ると得意げにフフンと鼻を鳴らした。


「どう? わたしすごいでしょ!」

「ああ、本当に凄いよ」

「でもね、今ので魔力無くなっちゃった。だから本物の私に伝えておいて。あの蓋は応急処置みたいなものだから後でちゃんとした封印をお願いって」

「わかったわ、ちゃんと伝える。ありがとうね」


 ウェンドリンはマリアンデールの頭を撫でた。

 するとマリアンデールは嬉しそうに笑った。


「えへへ。じゃあまた困った時は呼んでね。何でも解決してあげるから!」


 マリアンデールはそんな言葉を残しながら煙のように消えてしまった。

 礼拝堂内はシンと静まり返った。

 地獄の穴は閉じられ、『ケテル』を含む『この世ならざる者』たちも全て消滅した。

 残ったのはセシルとウェンドリン、そして謎肉とオルレアだけである。

 セシルは溜め息を付いた。


「あのちっこいマリアンデール、嵐のように現れて嵐のように去っていったな」

「そうね。本物のマリアンデールも小さい頃はあんな子だったのかしら」

「今回の一件が落ち着いたら聞いてみるのも良いかもしれないな」


 セシルは軽く笑いながら謎肉を見上げた。

 謎肉の肉の山はさらに大きくなっていた。

 それはオルレアの毒が未だ抜け切れていないという事だろう。

 大丈夫だろうか。


 不安に駆られ、セシルは謎肉の元へ向かおうとした。

 だが不意に足元がふらついて倒れそうになり、咄嗟に椅子を掴んだ。

 気が緩んだ途端、激しい疲労と睡魔が襲ってきたのだ。


 思えばこの人形の身体は『ケテル』の攻撃を受けた上に『魂の交換』を発動し、さらに上限を遥かに越える魔力を取り込んでマリアンデールの複製召喚を行った。

 とうの昔に精神と体力の限界を迎えていたのだろう。


 しかし気を失う前に一目だけでもオルレアの状態を確認しておきたい。

 セシルは椅子に寄り掛かりながら歩を進めた。

 すると突然身体が宙に浮き、覚えのある柔らかい感触が背中に当たった。

 ウェンドリンに抱き上げられたのだ。


「オルレアさんの事なら私が見ておくから、あなたは少し休みなさい」

「でも……」

「大丈夫よ。あなたの魂が無事だったんだから、オルレアさんの身体も無事ってことでしょう? きっと謎肉ちゃんに任せておけば元気になれるわ」

「………」


 確かにそうかもしれない、とセシルは思った。

 地獄の穴に落ちた時、間違いなく『魂の交換』は発動していなかった。

 だから本来であればあの時点でオルレアの肉体と自分は死んでいたはずなのだ。


 にも拘らず、理由はわからないがセシルは現在こうして生きている。

 それならきっとあの後で入れ替わったオルレアも大丈夫なはずだ。

 そう考えて安心したせいか、眠気がさらに酷くなった。


「すまない。じゃあ頼んでいいかな」

「ええ。安心してお眠りなさい」


 ウェンドリンが優しくいう。

 セシルは目を閉じ、やがて寝息を立て始めた。

 ウェンドリンはセシルを落とさないようにしっかり抱え直すと謎肉の方へ歩いて行った。

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