第7話 修理屋の小人

「なるほど、どうも様子がおかしいと思ったが中身が変わっとったのか。するとこの館の事はまだ全然知らんのだな」

「そうだよ。ええと……」

「ああ、わしの名はリンゲンだ。今はこの館で修理屋をやっておる」


 小人のおっさん――リンゲンはぶっきらぼうに言った。

 セシルはリンゲンに連れられて廊下を歩いていた。

 手には人形の身体にちょうどいいサイズのほうきとちり取り。

 セシルはそれらを使ってリンゲンとともに廊下に散らばった食器の破片を集めていた。

 セシル用のほうきとちり取りはセシルがつい先程までいた執務室にあった。リンゲンに言われるまで気付かなかったが、本棚の物陰に小さな木箱があり、それが掃除用具入れになっていたのだ。


「悪いな、来て早々こんなことに付き合わせて」


 リンゲンは床に目を向け、細かい破片を丁寧に集めながら独り言のように言った。


「本当ならこんなもん散らかしたあのガキ共に片付けさせるべきなんだが、あいつらは一度眠ったら最低でも三日は目を覚まさん。さすがにその間ずっと散らかしっ放しにするわけにもいかんのでな。誰かが片付けんといかんのだ」


 ずっとむっつり顔で全くニコリともしないが、どうやら悪い人ではないらしい、とセシルは思った。

 セシルが掃除道具の場所がわからないのを察してすぐに教えてくれたり、破片の集め方をわかりやすく指示してくれたのを考えるとむしろ面倒見が良いタイプなのかもしれない。


「いや、こっちこそ悪かったよ。オレもこれ一緒になって散らかしちゃったし、他の人が片付けるって知ってたらもう少し別の遊び方を考えたんだけど」


 セシルがそう返すとリンゲンは「そうか」とだけ言った。

 それきりセシルとリンゲンは言葉を交わさず、黙々と廊下の破片を集めて回った。

 辺りには破片がぶつかるガシャガシャという音だけが響く。

 だがその静けさは重苦しいものではなく、むしろどこか安心感さえあった。




 しかし、そう感じたのは最初のうちだけだった。


 ――これ、オレがやる必要あるのかな……。


 次第にセシルはそんな事を考え始めた。

 別に破片回収に飽きたわけではない。

 むしろこういうひたすら何かを集めるような作業はセシルの性に合っていた。

 ただ……リンゲンの作業スピードが異常に早いのだ。


 リンゲンはその小さな身体にも拘らず動きが異様に素早かった。また手慣れているからなのだろうが、作業の手際もセシルとは比べ物にならないほど良い。

 セシルが一ヶ所の破片を片付けている間にリンゲンは四、五ヶ所の片付けを終えている。


「なんであんな早いんだよ……」


 オレが手伝わなくてもあの人ひとりで十分だったのでは……?

 セシルはどんどん先に行ってしまうリンゲンを見て呆気にとられながらそう思った。



 ※ ※ ※



 それから一時間足らずのうちにリンゲンとセシルは廊下やエントランスの破片を全て回収し終えた。


「そういや、集めたはいいけどこれどこに捨てればいいんだ?」


 セシルがちり取りを手にキョロキョロしていると、リンゲンが声をかけてくる。


「捨ててどうする。直すに決まっているだろう」

「直すって、これを?」


 セシルは驚いて言った。

 二人が集めたのは陶器やガラスの食器の破片、それに折れ曲がった金属製のナイフ、フォーク、スプーン。

 どれも湿気った埃まみれだし、破片はかなり細かく砕けてしまった物もあり、金属は折れたり欠けたりしている物もある。

 ここまで酷い状態だとさすがに直すのは無理なように見えるのだが……。

 しかしリンゲンはそんなセシルの反応など気にする様子もなく歩き出した。


「ついて来い」


 言われた通りについて行くと、リンゲンはセシルの執務室から少し離れた場所にある部屋の前で立ち止まった。

 それからぴょんとジャンプしてノブに掴まり器用に扉を開ける。


「入れ」


 リンゲンはノブにぶら下がりながら言う。

 セシルが部屋の中に入ってみると、そこはどうやら工房のようだった。

 中央に部屋をほぼ占拠するほど大きな作業台が置かれており、四方の壁の棚には様々な工具が並んでいる。

 セシルが室内を眺めているとリンゲンも後から入って来た。

 リンゲンは机の上に飛び乗ると、手にしていた自分のちり取りを引っくり返した。

 すると、ジャラジャラジャラ……とちり取りに納まっていた埃まみれの食器の破片が作業台の上に落ちて行く。


「………」


 しばらくそれを眺めていたが、やがてあれ? とセシルは思った。

 小人のリンゲンのちり取りは本人同様に小さく、人間の親指ほどの大きさしかない。

 それなのにちり取りから落ちた破片は既にリンゲンの背丈よりも大きな山を形成していた。しかも、ちり取りからは未だにジャラジャラと滝のように落ち続けている。

 いや、そもそもちり取りを引っくり返したのに中の物が落ち続けているのがおかしいのだ。


 一体なんなんだ、あのちり取り。

 セシルが唖然としているとリンゲンがセシルのほうを見た。


「何をボケっと突っ立っとる。お前が集めたのもここに一緒にしろ」

「え、あ、うん……」


 とりあえず返事をするとセシルは椅子を使って作業台の上によじ登り、見様見真似で自分のちり取りを同じように引っくり返した。

 すると同様にセシルのちり取りからも食器の破片がジャラジャラと落ち続ける。


「………」


 そういえばリンゲンの作業の早さばかりに気を取られて失念していたが、セシルもリンゲンも破片集めを始めてから途中一度もちり取りに回収した破片を捨てていなかった。

 ちり取りの容量の何倍もの破片を回収したはずなのに、こうして引っくり返すまでちり取りには半分くらいしか入っていないように見えていたのだ。


 本当に何なんだ、このちり取り……。


 セシルはちり取りから落ち続ける破片を混乱しながら見つめていた。

 するとリンゲンがそれを察したのか、フンッと鼻を鳴らして言った。


「このちり取りは特殊でな。魔法が掛けられとるんだ」

「魔法?」

「ああ、マリアンデールの魔法だ。詳しい仕組みはわからんが、お陰で見た目からは想像できんほどゴミが溜められるのさ」

「へえ……」


 物の容量を増やす魔法、というようなものだろうか。

 マリアンデールはセシルの前に現れたとき、空間を歪ませたり鏡を自在に飛ばしたりしていた。

 あれだけでも十分驚かされたがこんな魔法も使えるのか。


「凄いな……」


 セシルは呟いた。

 ただそれと同時に疑問も浮かんだ。

 凄い魔法だとは思うが、それを使ってすることが何故ちり取りの容量アップなのか。

 他に使い道があったのでは……?

 そんな呆れにも似た疑問だった。


 この館、ただの幽霊屋敷にしてはやっぱり何かおかしいような気がする。

 どんどん大きくなっていく破片の山を見上げながらセシルは改めてそう思った。

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