彼岸の飛行隊

黒宮 ショウ

第1話 骨の流れ着く岸辺






 ながれのきしのひともとは、

 みそらのいろのみづあさぎ、

 なみ、ことごとく、くちづけし

 はた、ことごとく、わすれゆく


 流れの岸の一本は、

 御空の色の水浅葱、

 波、ことごとく、口づけし

 はた、ことごとく、忘れゆく





 やってしまった。

 いま飛行士をやっている青年、カレルは……昔からこの世のものではないものが見えるたちだった。


 さきほど飛行中に見た化け物を素直に申告したのは大きな間違いであった。おかげで“精神に問題あり”として飛行士の任から外され、それでもと食い下がると一通の封筒を手に握らされた。そこにはとある人物と、飛行場の名前が記されていた。


“クレマトリウム飛行場”


 どうやってその地に行き着いたのか、カレルはいまではあまり覚えていない。いくつもの乗り合い馬車と、途切れ途切れになった鉄道を乗り継いで向かったはずだ。


 飛行場のあった場所は、一つ前の戦争で前線となった場所の近くで、いまではカレルたちの勢力の領土となっていた。


 辺りはいちめん何も無く、だだっ広い野原や耕作地が続いていた。土ぼこりをあげながら道を進むと、黒い鉄条網に囲まれたゲートに行き着く。


“クレマトリウム飛行場”と書かれた赤いアルミのプレートが網状のフェンスに括り付けられている。カレルは空軍基地ではないのだな、と思いながら守衛を探すが、人っ子ひとり居る気配がない。鈍い金色に光る錠前は不用心なことに開けっ放しになっている。


 カレルは勝手に入る事にした。自分をここに呼び寄せた人物からの封筒は持っているし、これを見せれば不法侵入者として撃たれるようなことにはならないだろうと思ったのだ。


 ******


「待っていたよ。カレルくん」

 若い男がカレルを出迎えた。黒くて裾の長い服を着ている。まるで神父のようだ。


「ここが君が赴任するクレマトリウム基地だ。本隊からはかなり離れているがね。悪い基地じゃない。ぼくは一応、司令のノワだよ。よろしくね」

 階級や苗字で呼ばれないことに面食らう。


「きみ、左目は縫ったのかい?」

「はい。しばらくこうしなさいと軍医が」

 カレルは先の空戦で左目に怪我を負っていた。

 だが、左の瞼を縫い止めてしまうほどのものではないことを、カレルは感じ取っていた。


「ふむ……そうだね。そのほうが良い。ここではね。空戦では不利になってしまうけど」

 ノワという男──司令はカレルを指差して言った。

「むやみにその縫い目をはずさないこと。良いね」

 司令はニコリと笑いかけると、後ろの重厚な机の上を探り始めた。


「きみが入る第66飛行隊は夜間飛行隊だ。ほかのパイロットも夜の住民。きみはそこでランプ守りになって欲しいんだ」

「ランプ守り」

「灯りを絶やさないように。」

 がしゃりと、シンプルだが装飾も入った大きいランプをカレルは受け取った。緑ばんだガラスが、壁の灯りを写してほのかに光っている。


 ******


「なんだ、新入りか?」

 奥からコツコツと、確かな質量を感じさせる音が響く。

 背の高い痩せぎすの男だ。黒髪を伸び放題にしている。そして、片足が細い金属の棒に──義足に──なっている。そしてカレルとは反対の右目を黒い眼帯で覆っていた。


 男はカレルを一瞥して、彼の表情を見て、くすすと笑った。

「きさま、新入りだな!?」

 背の高い男はカレルの肩を上から押さえつけるようにした。

「珍しい!神父の手の者か!」

「ち、ちがいます!そりゃあお世話にはなってますが……」

 カレルは反射的に「神父」とはノワ司令を指すことばだと思った。

「ふうん、そうかね。」

「おい神父、キミの隠し子か!?」

 机越しにノワ司令に投げかける。カレルはよく部隊司令にそんな口が聞けるなと思った。

「ちがう。遠い親戚の子だよ」

「えっ」

 カレルは驚きで目と口を丸くした。

「実はね、僕たちは遠くで血が繋がっているらしいんだ。知らなかったよ、僕も」

 カレルが唖然としていると、痩せぎすの男が口を開く。

「フン、最初が私で良かったな。私は…隊長と呼べ。」

「はい、隊長」

「ここが66部隊の部屋だ。あちらに個人部屋。ここでは食事やブリーフィングを行うが……こいつのように得体の知れないことをする奴もいる」

「あれえ…?新入り!?神父の隠し子なんでしょ」

 なぜか風説が罷り通っている。

 白い長髪を纏めて結い上げた男が、大きなテーブルに腰掛けていた。

「僕は神父様の親戚の子ですよ」

「フーン。まあそれでいいよ。」

 白い髪の青年は、興味なさげに長椅子へ行き、本を読み始めた。

「あいつはドク。相手にしなくてよい」

「はい」

「だが優秀なメカニックだった。ごく稀に役立つものを作るし、それを試すために飛ぶ。そういうやつだ」

「装備の新造を?」

「ああ、ガラクタが9割だ」

「優秀なのでは?」

「過去の話。テストフライトで失敗して、頭をつよく打ってからはびっくりドッキリ研究者だ」


 ながれのきしのひともとは、

 みそらのいろのみづあさぎ、

 なみ、ことごとく、くちづけし

 はた、ことごとく、わすれゆく


 ノワはカレルを 、軍隊では珍しいひとり部屋へ連れて行った。

「キミはこの部屋に寝てもらうよ」

「はい、ありがとうございます」

「必要になったら、すぐランプをつけること。それが当面の、君の役割だよ。」

「……はい」

 クセで、左目の眼帯を触る。

「なあに、すぐ乗れるさ。ここは欠格事項があって無いようなもんだからね」

 夜の帳が下り切った。

「じゃあ、66部隊はこれからが活動時間だ」


「まずは君は、横で見ていること。」

 まだぼくは、完全に夜に入ることを許されていない。

 カレルはそう思って、右の自由な瞼で瞬きをした。

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