四回目の一目惚れ

鏡りへい

本屋にて

 一四歳のとき、民夫は初めてその人を見た。長いお下げ髪を垂らした、とても可愛らしい少女だった。

 視界に入った瞬間、雷で撃たれたような衝撃が全身に走った。

 駅前の本屋で彼女は、高校生向けの参考書を選んでいた。

 これを逃したら二度とは会えないかもしれない。民夫は思い切って声をかけた。一目惚れしました、とはっきり告げた。

 彼女は驚き、戸惑い、ほんの少し嬉しそうに笑ったものの「ごめんなさい」と答えた。


 二八歳のとき、民夫は肩までの髪にパーマを当てたとても可愛らしい女性に一目惚れをした。

 彼女がいたのは会社近くの本屋だった。

 まったく理想通りの人だったので、気づいたときには声をかけていた。一目惚れしました、と率直に伝えた。

 彼女は驚き、戸惑い、ほんの少し嬉しそうに笑ったものの「私、結婚して子どももいるんです。ごめんなさい」と答えた。

 彼女が選んでいたのは離乳食の本だった。

 民夫はその女性が一四歳のときに出会った相手だとは気づかなかった。


 五六歳のとき、民夫は勤務先の本屋でお客さんに一目惚れをした。黒髪のショートヘアが若々しいとても可愛らしいご婦人だった。

 民夫は声をかけなかった。女性が結婚指輪をしているのに気づいたし、また来店してくれるだろうという期待もあった。彼女は育児書と絵本を買っていった。

 それきり彼女が来店することはなかった。

 民夫はその女性が一四歳のときに出会った相手だとは気づかなかった。


 七〇歳のとき、民夫は自身が経営する本屋でお客さんに一目惚れをした。白い髪を品良くお団子に纏めたとても可愛らしい老婦人だった。

 レジに持ってきたのは、高齢の女性が自身の一人暮らしを綴ったエッセイ。

 また来てくださいね。

 民夫は女性の目を見て、はっきりした声で告げた。

 彼女は驚き、戸惑い、けれど嬉しそうに「はい」と答えた。

 民夫はその女性が一四歳のときに出会った相手だとは気づかなかった。

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