Ⅲ.
空中に水しぶきが上がった。
「なんだ?」
ガルシアは一瞬なにが起きたのかわからなかった。
瓶は急激に速度を落とし、サディの目の前で止まってしまった。
サディとガルシアの間に厚く巨大な水の壁ができていた。
瓶は「空中」を沈んでいき、地についたとたん、壁だったものがただの水に返り地面を打った。
「シルフ、ノームときて……ウンディーネか!」
瓶はガルシアのほうへ転がっていき、すでに茂みとなりつつある足元の蔦の中にまぎれ、拾い上げようにもどこにいったかもわからなかった。
「まだ、もうひとついるわ」
サディが言うと、ガルシアの前にトカゲの形をした炎の塊が現れた。
トカゲと言ってもワニほどの大きさがある。
「サラマンダーか……!」
それが、ゆっくりとガルシアに歩み寄る。
「さっき、ニトログリセリンは衝撃には強いって言ったけど……」
サディが壁に手を当てるとガルシアにも見覚えのあるドアが現れた。
「熱にはとても弱いわよ」
調停官はドアを開きながらそう続けた。
ニトログリセリンは衝撃で爆発したと思われる場合でも、実際には衝撃による摩擦熱で爆発していたことのほうが多い。
ガルシアの足元にサラマンダーが近づいてくる。
地から伸びる無数の蔦は、もはや全身に絡みついて身動きひとつとらせない。
ワーウルフは歯軋りしながら調停官を睨みつけた。
「……魔女め!」
「魔女よ」
若き調停官はドアを閉めた。
すると、すぐにそこはもとの壁に戻った。
「招かれざる客は入れないドア」なのである。
そして、間を置かず轟音が鳴り響いた。
サディが再びドアを開けると、ちょうどヨルとシンラが駆けつけてきたところだった。
「サディ、無事か!」
普段、まったく気の合わないふたりの声がめずらしく揃ったので、お互いに嫌な顔をした。
「無事よ、わたしだけね」
街にはすでに精霊の気配は無く、ただ、ストーンウォーカーの残骸がわずかに残っているだけだった。
「シンラ、その右腕は? あと顔」
調停官はワーウルフのだらりと下がった腕と裂けた頬を見た。
「ああ、問題無い、すぐにもと通りになる」
「まだ月齢八日だから、帰ったら一応ツキに手当してもらいましょう」
シンラは黙って左肩だけすくめた。
「サディ、あんたも血が
ヨルがほんの小さな赤い染みを見つけ覗き込んだ。
「綺麗な顔に傷が残ったら大変だ。俺が舐めてやろう」
ヨルが調停官に顔を寄せようとすると、あいだにシンラが割って入った。
「なんだ、狼?」
「俺の傷のほうがひどいぜ、舐め甲斐があるんじゃないのか?」
シンラはヨルを睨んでいる。
頼りになるパートナーではあるが、ヴァンパイアである。調停官の血こそが最上の御馳走だと思っているかもしれない。決して油断はできないのだ。
「野郎の血なんか舐めるかよ。俺は美食家なんだ」
ヨルは鼻白んで離れた。
ワーウルフとヴァンパイアはしばし睨み合っていたが、調停官が「帰りましょう」と言ってさっさと歩きだしたので、しかたなくあとに続いた。
このくらいの
サディは「事務所」に戻り、ことの次第を聞き、自分に起きたことを話した。
「サードエルディアスが……」
「ウロボロスの争いを再び起こそうって
ツキも交えて会話が弾んだが、もちろんなんの結論が出るわけでもない。
また、ここで出す必要もないのだ。
すべては「上層部」が判断し決めることである。
調停官はありのままを報告すればいい。
「じゃあ、わたしは報告書を書かなきゃいけないから……今日はこれで。お疲れさま」
シンラの手当ても済んだようなので調停官は解散を告げた。
「今回は多くなりそう、大変ね」
「サディは難しい文章をたくさん書くから偉いな」
「まったく、そこだけは尊敬するぜ」
ツキが同情すると、シンラとヨルも感心したようにうなずいた。
サディが机に向かい作業を開始すると、ワーウルフとヴァンパイアは顔を見合わせ、邪魔にならぬよう出ていった。
部屋に残ったツキは、棚の引き出しからガルシアが置いていった指輪を取り出すと、鑑定するように灯りにかざした。
「先にいただいといてよかったわ。あとから見つけるとなると大変だったでしょうから」
そうつぶやくと、調停官の仕事の邪魔にならぬよう静かに陳列棚の整理をはじめた。
Witch of Ouroboros
END
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