第31話 末永くお仕え致します

ジーナが無事戻った事はすぐに伝えられ、小百合が転送した狼藉者達は鬼の形相をしたフィリップに連行された。


「お兄様にもご心配をおかけしてしまいましたわ」


「サユリ様がすぐに魔法を使って下さったから良かったけど、大変な事になってたかもしれないんだから、これからは黙って僕から離れたら駄目だからね。あと、僕には恋人も、友人もいない。最近はジーナのおかげで少しは話しかけてくれる人も増えたけど、ほとんどの貴族は相変わらず僕を馬鹿にしてる。信用出来る人は教えるから、それ以外の人がどれだけ耳障りの良い事を言っても、相手にしないで。今回みたいについて行くなんて絶対駄目だからね!」


「……はい、申し訳ありませんでした……」


「兄様、良かったですね。ジーナが見つからなかったら、大変な事になるところでしたよ」


「そうだね。ケネスは怒ってるし、なにより聖女様がジーナの無事を望まれたからね。見つからなかったら、国中大捜索をしないといけなくなる所だったよ」


「……え、ええっ! そんな……」


「ジーナは自分の価値を自覚した方が良いよ。どれだけの人が心配したと思ってるの? フィリップはキレてるし、兄様は誰も見た事がないくらい怒ってた。騎士達も、使用人達も、もちろん僕らも心配したんだからね。兄様が必死でジーナを探してたのはパーティーから帰る貴族達にも目撃されてるから、何かあったのかって噂になってる。あまりに兄様がいつもと違い過ぎて、兄様を舐めてた貴族達はずいぶん怯えてたよ」


「これで完全にジーナ嬢の処刑はあり得なくなったな。私の名において、ジーナ・オブ・ケニオンの罪を許す。だが、これからもケネスに仕えてくれ」


「……ありがとう……ございます……。今後もケネス殿下に誠心誠意お仕え致します」


「この状況でジーナを処刑なんてしたら、兄上が危ないですもんねぇ」


「うるさいぞ、ライアン。余計な事を言われたくなかったら黙ってろ」


「おやおや、兄様だって言われたくない事があるでしょう?」


「う……それは……ケネス、すまん。後で話がある」


「わ、分かりました。なんでしょう?」


「兄様、兄上を許さなくて良いですからね」


「今のケネスならジーナを奪おうとしない限りなんでも許してくれるよ。最高にご機嫌だもの」


「……聖女様、まさか……」


「特等席で、良いもの見せて貰ったわ」


小百合は、真っ赤な顔で俯くジーナを慌てて隠すケネスを揶揄った。


「わぁあ! サユリ様! やめてくださいよっ!」


「兄様……おめでとうございます。ようやくジーナに気持ちを伝えられたんですね。もちろん、了承して貰ったんでしょう?」


「う、うん。ちゃんと、プロポーズしたよ」


「え、いきなりプロポーズですか?」


「そーなの! しかもね、ジーナが了承したら私に確認取ってきたんだよ?!」


「……兄様、それは情緒がなさすぎます」


「ほんとそれね! ジーナじゃなきゃ、ドン引き案件だからね!」


「あ、あの、ドン引きとは……?」


「呆れたって事! フラれたって仕方ない愚行だからね!」


「そんな! ケネス殿下に呆れるなんてあり得ませんわ!」


「良かったね。ケネス。ジーナを大事にしなかったら、魔法を駆使して呪ってやるから」


「おやおや、恐ろしい事を仰いますね。でも、心配は無用ですよ。兄様はとても優しい方です。愛した女性を蔑ろにしたりしませんから、ご安心下さい」


「すぐに伯爵を呼んで婚約を整えよう。ジーナの罰も終わったし、妃教育も受けて欲しいから、侍女の仕事は誰かに引き継ぐか」


「兄上、ジーナに妃教育は必要ありませんよ。僕の仕事を手伝ってくれてましたけど、知識は充分です。ずっとこのままとはいかないのは分かってますけど、すぐにジーナの仕事を取り上げるのはやめて下さい」


「母上が認めれば構わない。だが、ケネスの伴侶になるのなら今までとは違う努力が必要だ。私達は誰一人婚約者が居ないからな。ジーナに向かう目は厳しいものになると思う。かなりの努力が必要になるぞ。その覚悟はあるのか?」


「ええ、もちろんあります。わたくしは、これからもケネス殿下にお仕えしたいと思っております。お側に居られるのなら、どんな努力も厭いませんわ」


「そうか。私の目は正しかったようだ。厳しい事を言ったが、聖女様の口添えもあるし、反対などされないと思う。むしろ、絶賛されるだろうな。私ではなくケネスを王にしろとの声が高まるだろう」


「兄上、それはないですよ」


慌ててケネスが否定したが、ビクターは神妙な顔で首を振った。


「今回の事件は、私が婚約者を決めなかった事で愚かな貴族が夢を見てしまった為に起きたんだ。だが、どうしても国内の貴族に魅力を感じなくてな……」


「なら、国外の貴族とか、王族とかは?」


小百合の質問に、ライアンが苦笑いを浮かべる。


「もっと裏がありそうですよ。それに、お会いする機会もありませんし」


「ビクターとライアンは結婚したいの?」


「我々は王族です。いずれ結婚をしないといけないんですよ」


「そうじゃなくて! 本当は結婚したくない……なんて思ったりしないの?」


「そんな事考えた事ありませんでしたね。王族の義務ですし、結婚するのが当たり前だと思ってました」


「そうですね。出来るなら、兄様みたいに好きな子を見つけたいですね。今のところ、良いなと思うご令嬢はいませんけど」


「そっか。ならお手伝い出来るかも。ねぇケネス、確か縁結びの魔法ってあったよね?」


「ああ、そういえばありましたね。聖女様が縁を結んだ夫婦は末永く幸せに暮らしたとか……」


「半年あれば、良い子を見つけられそうじゃない?」


「そんな、聖女様のお手を煩わせるような事は……」


「私の希望は優先されるんじゃなかったの? ちゃんと肥料としてのお仕事はするわよ」


「聖女様を肥料と呼ぶ愚か者なんていませんよ。兄上、良かったですね。聖女様なら、素敵なご令嬢を見つけて下さいますよ」


「なーに自分だけ関係ないって顔してるの? ライアンにも素敵な御令嬢が現れると良いわよね。あ、もちろん全員結婚式は呼んでね! 半年経ったら帰るから、日時を指定して呼び出してよね。予定、空けておくから。みんな美形だから、結婚式は素敵でしょうね」


「あああ……兄上…! これは凄い事ですよ……!!」


「ああ、聖女様が半年後も訪れると約束して下さった」


「私が縁結びした第一号はケネスとジーナね! 絶対結婚式に呼んでよ! 幸せにならなきゃ許さないんだから!」


こうして、ケネスとジーナは聖女様に祝福されて結ばれた。他にも、聖女様は気に入った者達の縁結びをして下さった。どの夫婦も幸せに暮らしている。聖女様に最初に祝福された夫婦としてケネスとジーナの名は大陸中に轟いた。


愚かな事をした貴族達は罪の度合いにより正しく裁かれ、何もしていなくてもケネスを馬鹿にしていた貴族達は襟を正すようになるか、怯えて爵位を返上した。


公爵の罪は重く、爵位は剥奪され、財産は全て没収された。罪を犯していなかった一族の者は全て平民になり解放されたが、全員監視がつけられている。高慢な態度が災いして爪弾きにされ、生活に苦労しているようだ。公爵の罪に加担していた者は、それぞれ裁かれた。ジェシカも加担していた為、牢に捕らえられて裁かれた。牢に来たケネスに色仕掛けをしようとして、冷たく罵倒されてから心が折れて、おとなしくなった。兄に同行したライアンは震え上がり、ついてきて欲しかったとデュークに恨み言を言った。


罪が重い者は公開処刑される予定だったが、慈悲深い聖女様のお言葉により処刑を免れ、改心するまで強制労働をさせられている。


ケネスは聖女の慈悲深さに感激していたが、改心などしないとビクターとライアンは知っていた。プライドが高く己を鍛えていない傲慢な貴族達には、強制労働は処刑より重い罰だ。


ニコニコと笑いながら公爵の処罰を宣言したビクターは、既に王の風格を漂わせていた。


半年後に帰った聖女様は、その後も定期的に訪れて下さった。度々訪れる聖女様を懐柔しようとした欲深い者達が現れたそうだが、全員破滅したと伝えられている。


聖女様の力もあり大陸全土が豊かになった。聖女様が訪れるのに戦争などしていられない。三国は手を取り合い、同盟を築いた。同盟の証人を聖女様にお願いしたのは、ケネスだった。彼は平和の使者として未来永劫讃えられた。


忙しく働くケネスだが、仕事の合間に必ず愛しい妻を愛でる。


「ジーナ、今日も可愛いね」


「も、もう……そんな事言われたら恥ずかしいですわ。ケネスも、とっても素敵です」


ジーナは、聖女様に魔法で目を治して貰った。最初は自分の顔に幻滅するのではないかと怯えていたケネスだったが、ジーナは予想以上に可愛らしい反応を示した。その後、ケネスの態度は自信に溢れたものになり、令嬢達から誘いを受ける事も増えた。


だが、ケネスはジーナ以外には見向きもしなかった。王子の誠実な態度は評判を呼び、ケネスは大陸一誠実な男として歴史に名を刻んだ。ジーナは自身の希望を叶え、妃としての仕事をこなしながらケネスの侍女兼メイドとして働き続けた。


ケネスはどんな時でも働こうとする妻を休ませる為に様々な法整備を行い、労働者の待遇は格段に良くなった。


産休や育休といった聞いた事もなかった制度が当たり前になり、王族を見習って妻を大事する男性も増えた。


20年間何度も訪れて下さった聖女様は、自分が縁を結んだ者達の物語を書き記した。物語は庶民にも広く読まれるようになり、モデルとなった夫婦は多くの市民の憧れとなった。特にジーナは大人気で、ジーナの髪型や服装を真似る女性が続出した。だが、ジーナは人々の人気など気にする事なく、常に嬉しそうにケネスの側に寄り添っていた。


聖女様が次代に変わった頃、ビクターが即位した。二人の弟はそれぞれのやり方で兄を支え、国を繁栄させ、妻や子と共に末永く仲良く暮らした。


大陸に平和をもたらした夫婦は、お互い寄り添うように亡くなったと伝えられている。穏やかな表情で幸せそうに旅立ったそうだ。


「最後までお仕え出来て、幸せです」


ジーナの言い残した言葉は、ケネスだけが聞いていた。

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王子様、お仕えさせて下さいませ 編端みどり @Midori-novel

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