第18話 知らなかった気持ち
「ジーナ、大きな音がしたけど大丈夫……? って、ライアン?! デュークまで! 何してるの?!」
「あー……すいません、すぐ帰りますんで……」
「ライアン?! なんで泣いてるの? ジーナ、これどういう状況?!」
「申し訳ありません。分かりません……」
「失礼しました!」
デュークはライアンを連れて部屋を出ようとしたが、ライアンのことを心配したケネスに引き留められた。
「待って! ライアンを僕の部屋に連れて行って。そこで落ち着かせよう。僕はともかく、ライアンがこんな姿で外に出たら何を言われるか分からない。ジーナと僕の部屋は繋がってるから、誰の目にも触れずに移動できる。良いよね?」
「は、はい。ありがとうございます」
「ジーナは、お湯とタオルを用意して」
「かしこまりました」
ライアンは、すぐにケネスの寝室に連れて行かれた。ジーナがお湯やタオルを用意するが、ライアンはなかなか落ち着かない。心配したケネスが医者を呼ぼうとしたが、デュークが止めた。
「ライアン殿下は少し感情的になられただけですから、落ち着けば大丈夫です」
「本当? さっき、僕のせいでって言ってたけど、どういう事?」
「兄様が馬鹿にされるのは……僕が……僕のせいだから……」
「ライアンのせいって……なんで?」
「ライアン殿下は、例の乳母の愚行は自分のせいだとずっと悩まれていたんです」
「なんで?! ライアンは無関係だよね?!」
「僕が母上を独占しなければ……」
「はぁー……ライアン、それは違うよ。あの人が色々やったのは事実だし、父上や母上が忙しくて気が付かなかったのは本当。けど、ライアンのせいじゃない」
「だって……兄様は優しいから……どんなに失礼な使用人でも許してしまう……僕だっていっぱい兄様を傷つけてて……」
「ライアンに傷つけられたことなんて一回もないよ!」
「嘘です! 兄様は優しいからそうやって庇ってくれるけど、僕のせいで兄様は貴族達に舐められているんだ! 何をやっても……うまくいかない。もっと兄様の役に立ちたいのに、出来ない。それなのに、ジーナはたった一日で……」
「ど、どういうこと? なんでジーナの話になるの?」
無言を貫くライアンに痺れを切らしたデュークが助け舟を出す。
「ライアン殿下、私からご説明しましょうか?」
「やだ! だめ! 言うな! もう平気です! 帰りますから!」
逃げようとするライアンを止めたのは、デュークだった。
「……いい加減にしろ。ちゃんと説明しねぇなら、俺が全部言うぞ」
「なんで……」
「暴走したら止めろとご命令したのはどなたでしたっけ?」
「……僕だな。悪い、面倒かけた。確かに、今更取り繕っても仕方ない。兄様、ジーナ、ごめんなさい。僕は、ジーナに嫉妬したんです。簡単に兄様に信頼されたジーナが妬ましかった。今までの使用人は兄様の部屋にある使用人部屋を使わせて貰えなかったのに、ジーナはあっさり部屋を与えて貰えた。今まで出歩かなった兄様が、急に出歩くようになった。使用人達も、少しずつ態度が変わってる。全部、ジーナのおかげですよね。分かってます。僕じゃ、駄目だった。僕が兄様の為にと付けたメイドは、全員兄様の信頼を得られなかった。それどころか、兄様の世話をロクにしなかった。いつも兄上に解雇されてしまう。それが悔しかったんです。兄様の役に立ちたかった。でも、僕は何も出来ない」
「僕が部屋に引きこもっていたのはライアンのせいじゃない。僕自身の責任だ! それに、ライアンは僕の大事な弟だ。昨日だって助けてくれた!」
「僕がもっと元気なら、病弱じゃなければ……父上はともかく母上は乳母の愚行に気が付いたはずです」
「違う! あれはどうしようもなかった!!! 誰も悪くない!」
「僕が悪いんです!」
「僕がみんなに訴えれば良かったんだ! けど、怖くて……だから、僕が悪いんだよ!!!」
お互い自分が悪いと言い泣き始めた兄弟に、ジーナは追加のタオルを差し出した。デュークとジーナは、自らの主人の世話を甲斐甲斐しく行う。
先に落ち着いたのは、ケネスだった。心配そうに世話をするジーナにみっともない姿を見せたくないと思ったからだ。
「……この場で不敬はなしね。ちょっとズルイけど、部屋に入った時に宣言した事にしといて。ライアン、それで良い?」
黙って頷くライアンの顔を拭きながら、デュークはケネスの気遣いに礼を言った。
デュークは、ライアンと二人きりで話す時は敬語を使わない。ライアンもそれを許している。だが、他の王族が側に居れば別だ。本来なら、先程のデュークの発言を王子であるケネスは咎めないといけない。だけど、不敬はなしだと宣言すれば多少砕けた話し方でも許される。
『これで、デュークがライアンに敬語を使わなくても許される。さっき教わったばかりだけど、僕みたいになんでも許すのは駄目なんだ。兄上にも散々言われてたけど、罰を与えるのが怖かったからどうしても上手く出来なかった。けど、罰っていっても最初なら1ヶ月減給される程度。兄上がすぐクビだ処刑だって言うから誤解してた。僕が舐められるから、罰が酷くなってただけなんだ。今までみたいに人に会わないなら良いけど、これからはちゃんと覚えないと。僕の悪口が聞こえたらジーナはさっきみたいに怒る。その前にちゃんと、僕が注意すれば大丈夫。特別な時は、今みたいに不敬を許すって先に宣言すれば良いって先生が言ってた。砕けた話し方をして欲しい時や、本音が聞きたい時は前もって宣言しろって……。それでも、王族に本音を言う人はなかなか居ない、だから本音で話してくれて、本気で注意してくれる臣下は大事にしないと。デュークは大事にしなきゃいけない人だ。ライアンがここまで泣いてる姿は、見た事ない。でも、デュークの慣れた様子からしてデュークの前では泣いてたんだ』
「この場で誰がどんな発言をしても絶対に咎めない。だから、ライアンを助けてあげて」
「ありがとうございます。ケネス殿下。なぁ、ライアン、もう思いっ切り泣いちまえ。ケネス殿下はライアンが悪いなんて思ってねぇし、何を言ってもライアンを嫌ったりしない。大丈夫だ。良い機会だから、ちゃんと本音を言え」
「……デューク、お願い。僕の代わりに言って……。全部言っていいから……」
「本当に良いのか?」
頷くライアンの頭を撫で、デュークはケネスに説明を始めた。
「ライアンは、今でこそケネス殿下を慕っていますけど、幼い頃はそうじゃありませんでした」
ビクリと怯えるライアンに、ケネスは笑いながら言った。
「知ってる。いつも僕を馬鹿にしてるライアンを、デュークが叱ってたもんね」
「……え、なんで知ってるんですか?!」
「あの人ね、わざと僕の悪口を言う人の近くに僕を連れて行くの。全部聞いてたよ。父上や母上だって、僕の事を心配してるって言いながらもどう扱って良いのか分からない感じだった。兄上の近くに行った事はないから分からないけど、似たようなものだったのかもね」
「兄上は違いますよ。僕が間違いに気が付いたのも、兄上のおかげですから」
「あの頃の王太子殿下とライアンの仲は最悪でしたよ。ライアンは今よりずっと我儘で、自分勝手でした。王太子殿下がしょっちゅうライアンを叱ってましたけど……」
「僕は、兄上の話も、デュークの話も聞かなかった。兄様より僕の方が優れてるってみんなが言うからそれを鵜呑みにして、調子に乗ってました」
「あの乳母の罪を明らかにした後、王太子殿下はライアンを無理矢理牢に連れて行きました。散々ケネス殿下の事を馬鹿にする姿を見て、ライアンは疑問を持ったんです。それから、国王陛下が食事会を行うようになり、ケネス殿下と話すようになりました。ライアンは、自分の間違いに気が付いたんです」
「兄様は、みんなが言うような人じゃなかった。優しくて、賢かった。僕は王族としていっぱい仕事をしてると思ってたけど、兄様の半分もこなせてなかった。自分が間違っていたと分かりました。だから、必死でみんなに訴えたんです。僕が間違ってた。兄様は凄い人なんだって」
「けど、遅かったんです。ケネス殿下のなさる仕事は裏方ばかりなので、功績を知らない者が多く、ライアンがいくらケネス殿下がやったのだと言っても、信じる者はあまり居ませんでした。ケネス殿下の功績をライアンが訴えても、ライアンの功績にされてしまう。ライアンはそれが嫌でたまらなかったのです。なんとかケネス殿下に表舞台に出て頂こうと、一人しか許されないメイドをライアンが手配したりもしました。ですが、あまり良い子は居なかったようですね。ライアンの前ではとても良い子だったのですが」
「僕もあまりあの子達を信用してなかったからね。信用してくれない主人になんて仕えたくないでしょ。だから、僕の責任だよ」
「けど……ジーナは兄様に信用された……それが……なんだか悔しくて……」
「ジーナ様が信頼に足る人物か見極めたいと、部屋を訪ねたのです。ところが、ジーナ様はケネス殿下から勧められた本を夢中で読んでいた。ケネス殿下は本をとても大事になさっていて、誰にも触らせませんでした。ジーナ様がケネス殿下に忠誠を誓っているのは見れば分かります。大事な本を貸す程ジーナ様を信頼していると分かって、ライアンは嫉妬したんです」
「そういえば、本を触らせたのってジーナが初めてかも」
「そうでしょう。それに、騎士達も変わってきてます。ケネス殿下を馬鹿にした騎士達は、フィリップ様に扱かれて反省の弁を述べているそうですよ。あんなに侍女に慕われている王子だと思わなかった。訓練だって、お遊びだと思ったのに真面目にやっていた。第二王子は、噂とは違う凄い人だって騎士達が言ってました。それが侍女やメイドに伝わって広がってますね。騎士達に憧れるメイドや侍女は多いですから、騎士が誉めた人は好意的に見られます。噂は、女性を味方に付けられれば勝ちです。ジーナ様が誰彼構わずケネス殿下を賞賛しているせいもありますけど」
「え……そんな事してませんわよ?」
「してます」
「してるな。僕は長年欲しかった兄様の信頼を出会った瞬間に持って行ってしまったジーナに嫉妬したんだ。僕は兄様の信頼を得られなかった。ジーナ様、失礼な事をして申し訳ありませんでした」
「お詫びは、受け取りました。あの、わたくしからもひとつよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ケネス殿下は、昨日からお仕えしているわたくしよりも余程、ライアン殿下を信頼なさっておられます。わたくし、少しだけライアン殿下が羨ましかったのです。ケネス殿下があんなに信頼する方はどんな方なんだろうと思っておりました。何故か、敵意を向けられて驚きましたけど、わたくしに嫉妬して下さったなんて光栄ですわ!」
「……え、ほ、本当に?」
「わたくし、嘘は申しませんわ」
「本当だよ。僕はライアンを信頼してる」
「だって……僕の紹介したメイドはすぐ兄上がクビにするから……兄様は僕を信頼してくれてないんだと……」
「あの子達、ライアンの話ばかりするんだ。だからつい、遠ざけていたの。そしたら、僕を嫌ってしまうんだ。ちゃんと側に置いていれば、ジーナみたいに僕に仕えてくれたのかもしれない。でも、居心地が悪くて……ごめん、本音を言えば、僕はライアンに嫉妬してたんだ。だからあの子達が居ると嫌だった。出来の良い弟が、眩しくて仕方なかったんだ。子どもみたいでごめん」
「わかりますわ! わたくしも妹の方が可愛いとか、可憐だとか言われてつい社交界から遠ざかってしまいましたもの。でも、別に構わないではありませんか。嫉妬上等ですわ!」
「……ジーナ様、嫉妬上等ってどういう事ですか?」
「デューク様、わたくしは地味ですけど、妹のおかげで少しだけメイクが得意になりましたの。でも、どんなに頑張ってもわたくしはニコラのようにはなれません。ニコラにはニコラの、わたくしにはわたくしの得意な事があります。だから、ニコラの逆をいく事にしたのです。社交界では、わざと目立たなくして情報収集を行っておりますわ!」
「ちょっと待て! 社交界に出てるのか?」
「それはもちろん貴族の娘ですから、出ておりますわよ? 先日も夜会に出ましたわ。まぁ、王子様方が出られるような高貴なパーティーには出ておりませんけれど」
「おい! デューク! 情報が間違ってるぞ!!!」
「そんな事言われても……ほ、本当に社交界に出てるんですか?」
「ええ、ニコラとデューク様が踊っている姿も拝見した事がありますわ。あの頃はまだ目が良かったので、お顔もバッチリ覚えておりますわよ」
「ねぇジーナ、嫉妬って良くないんじゃないの?」
「人間ですもの。嫉妬くらいしますわ。でも、嫉妬してもケネス殿下のようにご自分を高める事が出来れば素敵ですわよね」
「え……? 僕、何をしたっけ?」
「メモに書いてありましたわ! ライアン殿下のようにはなれないから、ライアン殿下の役に立つように仕事を多めにしていると!」
「あああ……あれはっ! 視察とか全部ライアンに押し付けてるから、せめて僕は裏の仕事は全部やろうと思って……」
「だからケネス殿下は素晴らしい方なのです! ネガティブな感情を持っても決して人にぶつけない。崇高なお方です!」
「ははっ……あははっ……そうだよ! 兄様は凄いんだ! なのに誰も分かってない。だから、僕が兄様を助けようと思ってた。けど、兄様は僕がそんな事しなくたって自分のやるべき事をやる人なんだ。そう、僕の兄様は、凄い人なんだよ!」
そう言って笑うライアンは、幼い頃から共に過ごしたデュークすら見た事のないすっきりとした顔をしていた。
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