第9話 家族の時間2

「ビクター! ケネスが聖女様のお世話係を願い出てくれたの!」


三人の息子を可愛がってる母は、ケネスの扱いに心を痛めていた。そんな母の姿を見て、ケネスは更に心を痛めて、傷ついてきた。自分が表に出なければ母が傷つく事が減ると思ったケネスは、すっかり引きこもりがちになってしまっていた。


息子の変化が嬉しくて、母は涙を流していた。いつも凛としている王妃のこんな姿は、家族しか知らない。


「……へぇ、それってやっぱりジーナ嬢の為?」


「なななっ……!」


「「「誰だ?!(よ!)(ですか?!)」」」


「フィリップの妹ですよ。ケネスの部屋に侵入した上、ケネスを踏んだと言うので、罰としてケネスのメイドにしました」


「そんな無礼な女、なんで兄様に付けるんですか?!」


「だってケネスのメイド、クビにしちゃったし」


「はぁ?! またですか?! なら、僕が探して来ます!」


「い、いらない!」


「兄様?」


「ごめん、ライアン。僕は、ジーナが良い」


「どんな人なんですか? 兄様を踏んだって……」


「ジーナは目が悪いんだ。だから、部屋の入り口に座り込んでいた僕に気が付かなかっただけ。悪気なんてなかったよ。すごく謝ってくれたし、兄上が聞いても正直に答えていた」


「正直に……か、王子を踏むなんて、場合によっては家の取り潰しすらあり得る不敬だぞ」


「ええ、ジーナはそれでもちゃんと罪を告白しましたよ。自分はなんでもするから家族は助けてくれってね。だから、望み通りにしてあげたんです」


「兄様を踏んだなら、メイドとして働かせるだけなんて罰が軽すぎます!」


「分かってるよ。ライアンの言う通りだ。だから、半年間の期間限定で雇った。もちろん無給でね。半年でケネスの評価が変わらなければジーナは処刑する。元々、家を取り潰さないならすぐ処刑したって良いくらいの罪なんだから猶予を与えるだけ優しいと思わない?」


「……確かに、そうですね……」


「どんな子なの? ケニオン伯爵の娘なら、そんなに悪い子とも思えないけど」


「凄く良い子ですよ。ねぇ、ケネス」


「はい。だからお願いです。ジーナを許してあげて下さい。大体、なんで僕が貴族に認められたらジーナを許すって事になるんですか。ジーナはあっさり受け入れましたけど、条件がおかしいでしょう」


珍しく食い下がるケネスに、家族は内心驚いていた。いつものケネスなら、王太子である兄の決定に逆らう事は決してない。


「なんでそんなに必死なの? やっぱり、ジーナ嬢に惚れちゃった?」


「そっ……それはっ……!」


真っ赤になるケネスを見て、全員がケネスの気持ちを察した。ライアンは、面白くなさそうに聞いた。


「どんな子なんですか。良い子だって言っても、どうせ最初だけでしょう」


「うーん、どうかなぁ。そんな事なさそうだけどね」


「ジーナは目が悪いから、僕の顔をあんまり分かってないのが良いのかもしれませんね」


「ケネス、それ本気で言ってる? だとしたらいくらなんでも失礼だよ。その程度なら、今すぐ処刑しようか」


「駄目です! 絶対駄目ですから!!! ジーナは僕に忠誠を違ってくれたんだから、ずっと僕に付いてて貰います!!! 死なせませんよ。半年で僕が認められたら良いんでしょう?!」


「……あ、やっぱりそうなったんだ……」


ビクターが冷や汗を流した事に気が付いたのは、ライアンだけだった。


「兄上……やっぱりってどういう事ですか」


「ケニオン伯爵家って騎士の家系だから、その……」


「ああ、そういえばフィリップはビクターの騎士になりたいと言っていたな。まさか……ジーナはケネスの騎士になろうとしてるのか?」


「正解ですよ。さすが父上」


「女性で騎士っていませんよね?」


「いないねぇ」


「あの、兄上。ジーナは特に騎士になりたいなんて言いませんでしたよ。単にその……僕に仕えたいって言っただけです。今だって、メイドの仕事だから部屋を掃除するって言ってましたし」


「あ、そうなの? てっきりフィリップみたいに騎士の誓いをしたのかと思ったよ」


忠誠を誓う相手に跪き、手に口付けをする。それが騎士の誓いだ。


「そ……それはっ!」


「やったんだ。ジーナ嬢、ケネスの手に口付けしたの?」


真っ赤な顔で黙るケネスの顔は、雄弁に事実を物語っていた。


「今は誓いをする騎士はほとんどいないからな」


「そうですよね。あれ、命懸けで主人を守るって宣言ですからね。フィリップがやった時は、大騒ぎになりましたもん。あまり騒ぎになると困るからって、緘口令まで出しましたもんね」


「うむ。騎士の誓いは本気でやらねばならぬからな。流行りなどになっては困るのだ。フィリップは本気だったし、意味も分かっておったから全く問題ないが、過去には女性を口説く時にやろうとする不届き者が多かったからな」


「かっこいいですもんね。令嬢が騒ぐのも分かります。あ、あれ? じゃあジーナは本当は騎士になりたかったの?」


「関係ないでしょ。ジーナ嬢はどんな形でもケネスに仕えられたら良いんだよ。騎士になりますとか、言われてないでしょ?」


「はい、言われてません」


「あー……でも、そうかぁ……、ねぇ、ケネスはジーナ嬢が好き?」


ストレートに聞く兄に、ケネスはきっぱりと答えた。


「はい。好きですよ。けど……なんていうか……、多分、ジーナは僕の事を好いてくれてるんですけど……。ねぇ、ライアン。女性ってどうやって口説いたら良いの?」


「好きそうな物の話をしたり、脈があると思ったら少し距離を近づけてみたりですかね」


「ライアンを基準にしない方がいいよ。勝手に令嬢が寄ってきて、最終的に化けの皮が剥がれて捨ててるんだもん。参考にならないよ」


「国内の貴族は駄目だとか言って、婚約すらしていない兄上に言われたくありません! まぁ、兄上の場合は僕らを守るために婚約しないんでしょうけど」


「言い訳するのもそろそろ限界なんだよねー。とはいえ、あんな信用できない人達と結婚する気になれなくてさ」


「そんなんだから、変な噂が立つんでしょ」


「あー……俺が女嫌いじゃないかってやつ?」


「そう。その噂、すっかり定番ですよ。跡継ぎを作らない国王なんて要らない、僕が国王になるチャンスだってさ」


「……へぇ、ライアン、王になりたいの?」


「嫌に決まってるでしょ。兄上が国王になって下さいよ。僕にはフィリップみたいに命懸けで守ろうとする臣下はいませんからね。なんで僕が王に向いてるなんて馬鹿な事を言い出したのか理解できませんよ。これ、そんな事を言った貴族の一覧です。マークしてれば、そのうち何かやらかすんじゃないですか?」


「ふーん、下位貴族ばかりだね。俺の政策で損をした奴らと繋がってるかな」


「調べる。リストを私にもくれ」


「全員分用意してありますよ。コイツらが近づいてきたら気をつけて下さい」


「分かったわ。ふぅん……わたくしはお茶をした事すらないわね……」


「ほとんど男爵家だからな。逆に怪しい。地域が偏ってるから……きっと何か関連があるだろうな」


「あの、この家って飢饉の時に支援が足りないと言ってきた貴族達ばかりじゃないですか?」


「あ……本当だ。さすがケネス、よく気が付いたね」


「確か、王家が直接炊き出ししたんでしたっけ?」


「ああ、一部の領地だけ優遇する訳にいかないし、被害状況も他の領地と同程度。支援金を出せと騒いでいたが、領民を救う為に炊き出しをして終わらせた」


「ケニオン伯爵家は、餓死者が1人も出なかったと言ってましたけど、支援金が必要な程だったんでしょうか?」


「フィリップは税の免除だけでもありがたかったのに、物資まで届いて驚いたって言ってたよ。免除された税金の分、領地に注ぎ込んだんだって。餓死者は、出てないと言われてるけど……領地の中までは分からないからね。あれだけ備蓄を出したんだから、普通は大丈夫な筈なんだけど」


「どうせ、自分達の事しか考えてないんでしょうよ。下品な香水の匂いを漂わせた女が、僕が王になれば良いって言ってました。兄上と兄様に何かするつもりって聞いたら、怯えてどっかに行きましたけど」


「……顔と名前、分かる?」


「リストにマルが付いてる家です」


「ふぅん、この家はケネスの侍女をしてるエレノアの家と仲が良かったね。ねぇケネス、そろそろあの侍女要らないんじゃない? ジーナ嬢に絡んでたよ」


「確かに、大声は聞こえましたけど……、エレノアだったんですね。ジーナに絡んでいたとは?」


冷たい声で聞くケネスの目は、澱んでいた。本気で怒ると、ケネスの目は澱み、声はとても冷たくなる。家族はケネスが本気で怒っている事を察した。


「会話までは分からないんだけど、ジーナ嬢がじっとエレノアの顔を見て、しばらくするとエレノアが大騒ぎでジーナ嬢に詰め寄ったらしいよ。ジーナ嬢は、涼しい顔をしていたみたいだけど最後は怒ってたって。ケネスの悪口でも言われたんじゃない?」


「ジーナに危害を加えたりは?」


「それはないよ! キャンキャン騒いでたエレノアをジーナ嬢があしらってる感じだったって。だから、怒りを鎮めて貰えるかな?!」


「そうですか。なら良かった。エレノアは僕の侍女から外して下さい。クビにはしなくて良いので。僕に近づいて来ないから都合が良かったんですけど、ジーナに手を出すなら要りません。新しい侍女は付けなくて良いです」


「だが、侍女は一人はいる!」


「なら、ジーナに侍女の仕事もして貰いましょう。侍女の制服も用意して下さい。僕に付けるのはジーナだけにします。エレノアと違って、彼女はきちんと仕事をしてくれるのだから問題ないでしょう」


穏やかな口調なのに、声に凄みがある。ケネスの本気を感じ取った父は焦って宣言した。


「分かった! 望み通りにする! だから落ち着け!」


「ありがとうございます。父上」


ようやくいつものように穏やかに笑った息子を見て、父はほっと胸を撫で下ろした。

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