出会い書店

口羽龍

出会い書店

 それは3月の事だ。泰史は4年間の大学生活を終えて、故郷に帰ってきた。来月から地元の企業に就職だ。泰史はこれからの生活に期待と不安を持っていた。


 まだ実家に戻って間がない。だけど、少しずつ慣れてくるだろう。高校までは住み慣れた場所だから、すぐに慣れるだろう。


 泰史は近くの本屋にやって来た。気分転換にここで立ち読みしようと思ったからだ。高校生の頃は、学校帰りによく立ち寄った。とても懐かしい。大学に通っていて、里帰りした時には全く行かなかった。久々に行ってみよう。どれだけ変わっているのか見たいし。


「ちょっと立ち読みしてくるか」


 泰史は本屋に入った。本屋の内装はあまり変わっていない。だが、並んでいる本は変わっている。


「懐かしいなー。放課後はここで立ち読みしたっけ?」


 泰史は懐かしみながら立ち読みを始めた。高校生の頃は漫画を立ち読みしていたけど、現在は文庫本になってしまった。4年間でこれだけ大人になってしまったんだろうか?


「やっちゃん?」


 誰かに声をかけられ、泰史は振り向いた。ロングヘアーの女性の店員だ。一体誰だろう。泰史は首をかしげた。


「えっ!?」


 泰史は戸惑った。急に声をかけられても、誰かわからない。


「覚えてない?」

「誰だっけ?」


 泰史はまだわからない。4年前に会った人だろうか?


「忘れないでよ。彩子だよ」

「あ、彩ちゃん?」


 泰史は思い出した。高校生の頃、同じ高校に通っていて、初恋をした女だ。きっかけは、本屋で立ち読みをしていた事だ。まさか、ここで再会するとは。泰史は開いた口がふさがらなかった。


「うん。まさかここで再会するとは」

「高校を卒業してから、ここで働いてるんだ」

「そうなんだ」


 彩子は高校を卒業後、ここで働いているという。まさか、初めて出会ったこの本屋で働いているとは。何という偶然だろう。


「やっちゃんは高校を卒業してから、何をしてたの?」


「大学に進学して、独り暮らしをしてたんだ。だけど、卒業後は地元の企業に就職するのでここに戻ってきたんだ」


 泰史も彩子もお互いの事を知らなかった。全くやり取りをしていない。もう高校で恋は終わったと思っているからだ。


「そうなんだ」


 と、彩子は何かを考えたような表情を見せた。


「うん。そうだ、仕事帰りに近くの居酒屋で飲まない? 久しぶりに会えたんだし」


「うん。いいけど」


 泰史は少し戸惑ったが、すぐにいいなと思った。実家に戻る時、大学の仲間と飲み会をして、1人暮らしに別れを告げた。とても楽しくて、また誰かと飲みたいなと思った。今度は初恋の相手と飲んで、故郷に帰ってきた事を祝おうかな?




 その夜、泰史と彩子は居酒屋で飲んだ。明日は休みだ。思う存分飲もう。そして、再会の喜びを分かち合おう。


 泰史と彩子はカウンター席に座った。週末という事もあってか、居酒屋には昨日よりも多くの人がいる。みんな、今週の仕事を終えて、一段落しているんだろう。


「こうして再び会えるなんて、思わなかったでしょ?」

「うん。こうして再び会えて、よかったね」


 2人とも、初めて出会った本屋で再会したことを嬉しく思っていた。思いもよらない再会だったけど、再会できただけで嬉しい。


「私の事、忘れてなかった?」

「うん。忘れてなかったよ」


 泰史は彩子の事を忘れていなかった。恋は終わったが、なぜか恋をしようと思わなかった。どうしてかわからなかったが、次第にその理由がわかってきた。彩子を忘れる事ができなかったんだろう。


「そっか。それはよかった。思えば、私と出会ったのもあの書店だったよね」

「そうだね」


 彩子は初めてであった時の事を思い出した。あれは入学して間もない頃だった。いつものように本屋に立ち寄ると、同じ高校の制服を着た男を見つけた。その男はかっこよくて、一瞬で惚れた。その男こそ、泰史だった。


「大学生活、どうだった?」

「慣れないことだらけだったけど、とてもためになったよ」


 泰史は大学生活を思い出した。大学生活は辛かった。今まで母がしてくれたことも、全部自分でしなければならない。生活する事がこんなに大変なのかと感じた。母って、思った以上に忙しいんだなと感じた。


「ふーん」

「私は1人暮らしをした事ないんだけど、自分のためにも大切だったんじゃないかと思ってる」


 彩子は1人暮らしを考えた事がなかった。だけど、自分もいつかしなければならないんだろうかと思っている。


「どうして?」

「自立するためだよ。いつか、私も1人で生きていかなければならない。そのために1人暮らしは大切なのかなって」


 自立なんて、泰史は考えた事がなかった。だけど、仕事で頑張って、出世したら独り立ちなんじゃないかと思った。だが、こういうのも独り立ちっていうんじゃないかと思った。


「言われてみれば、そうかもしれないね」


 と、店員が2杯の生中を持ってきた。


「とりあえず、再会できたことに、カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 2人は乾杯をし、生中を飲み始めた。やはり今週の仕事を終えた後のお酒はいいもんだ。疲れが取れる。


「どうして本屋さんに来たの?」


 彩子は聞きたい事があった。どうして今日は本屋に来たんだろう。彩子に会いたくなったんだろうか? それとも、たまたま来たんだろうか?


「久々にここで立ち読みしたいなと思って」

「ふーん」


 どうやらたまたまのようだ。彩子に会いたいからじゃないようだ。


「高校時代は楽しかったよね。恋をして、休日はよくカラオケに行って」

「そうだね」


 2人は高校時代の思い出を語り合った。あの時、知り合ってからの事、友達とカラオケに行ったりして楽しんだ。まるで夫婦のようにいい関係だった。だけど、3年になると大学受験でなかなかいかなくなった。でも、会うたびにお互い話し合い、励まし合っていた。だけど、高校の卒業とともに、離れ離れになった。


「あの頃に戻りたいな。でも、もう終わった事だし」

「いや、もう一度やり直そう」


 突然、彩子は再び交際しようと言い出した。きっと断られるだろう。大学で新しい恋人ができたに違いない。


「えっ!?」


 泰史は戸惑った。だが、また付き合おうというのなら、また付き合おう。迷いはない。また始めればいいのさ。


「もう一度付き合わない?」

「い、いいよ」


 泰史はあっさりと認めた。やはり僕には彩子しかいない。新しい恋なんてできなかった。


「あの時みたいに、また恋をしましょ?」

「うん」


 2人は再び恋をする事になった。これから、人生の新しいページを刻んでいこう。

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出会い書店 口羽龍 @ryo_kuchiba

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