三景艦征戦録 *中断しています。*

眞壁 暁大

承前

 新時代を迎えた日本、わけても日本海軍にとっての戊辰戦争の教訓とは、由利島沖海戦の教訓にほかならなかった。


 幕府海軍と薩長・(英米)連合艦隊との激突は、当事者も、列強も予想だにしなかった結末を迎えた。

 あるいはあの「天陽丸」の指揮官だけは勝利を確信していたのかもしれないが、実質的に英米軍人の指揮する米国の「ストーンウォール」・英国の「ユーライアラス」の二隻を相手に、新鋭艦とはいえ、幕府海軍の日本人だけで操作していた「開陽丸」「天陽丸」が互角に戦い、遂には「開陽丸」の犠牲と引き換えに勝利を収めるなどということを予想していたものは誰もいなかった。


 いち早く海戦の結果を掴んで発信した新聞各社の上海支局の速報も、当初はデマだとして相手にもされていなかった。

 列強は幕府が大枚をはたいてオランダ・フランスに新型軍艦を発注していたことは掴んでいたものの、いずれも最新鋭の装甲艦ではない、部分的に装甲の施された一世代前の設計の軍艦であった。

 けして無視できない大戦力とはなるものの、隠然たる英米の支援を受けているうえに

最新鋭のアームストロング砲に換装し面目を一新した「ユーライアラス」

南北戦争当時最新鋭の装甲艦である「ストーンウォール」

 の二隻を擁する薩摩・長州連合軍(朝廷軍)に対抗するには力不足と判定されていた。

 とくに「ユーライアラス」は非装甲艦ながら、搭載砲を薩英戦争の頃に欠陥の露呈した初期のアームストロング砲ではなく、最新の長射程を誇るものへと換装している。

 幕府海軍の新型艦が搭載するであろう最大級のクルップ砲をもってしても届かない遠距離から、一方的に弾を打ち込めることが「ユーライアラス」が非装甲艦ながらおおいに有力であるとみなされた理由であった。

 じっさいにこの時の「ユーライアラス」を撃退できるのは、同じアームストロング砲を搭載した大英帝国海軍の一握りの装甲艦しかなく、砲火力の点においてまさにアジア最強と言っても過言ではなかった。

 もう一方の「ストーンウォール」も強力である。

 砲火力は「ユーライアラス」には及ばぬものの、船体全周を装甲化しているという点で画期的であり、こちらは近距離での砲撃の応酬で無類の強さを発揮すると期待されていたし、幕府がオランダに発注した「開陽丸」の性能が、イタリアの「フォルミダビーレ」級装甲艦の略同型と推定されていたから、それよりは明らかに装甲防御力で優越していた。こちらもやはり、防御力の点においてアジア最強と言っても過言ではなかった。


 由利島沖海戦において、その二隻が沈められたのである。欧米の新聞社がデマとして取り扱ったのもごく当然の話であった。

 しかしながら名だたる新聞各社が、支局から上がってくる至急報がいずれも二隻の撃沈を伝えていることを互いに掴み、ようやくこれが真実と認めることとなった。


 支局の報告を真実と認めながらも、彼らはまだ疑っていた。自分の目で確かめてもいない、写真も撮られていない。紙面に二隻の沈没を載せたその時になっても信じていなかった。「ユーライアラス」「ストーンウォール」の撃沈はそれほどに衝撃的な事件であった。


 由利島沖海戦において、実質的に「ユーライアラス」「ストーンウォール」の二隻を単艦で仕留めたのが、幕府海軍の「天陽丸」であった。

 同時代の人々に東洋のワスカル、などと称されたこのフネこそが、その後の日本海軍の在り方を規定することになる。



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