もう、魔王やめた! 無職魔王は働かない。~魔王なのに反逆されたので、同じく戦友に裏切られた勇者を仲間にして逆襲する……隠居しながら! ろくでなし魔王の自堕落で騒がしいほのぼのスローライフ!?~
トワスグナリ
プロローグ
第1話 終わりから始まる物語
「魔王カルナイン! 遂に追い詰めたぞっ!」
勇者アンジェリカ――『金色の戦乙女』などと呼ばれる少女。
戦場を駆る姿は、勇ましくも美しい可憐なる女戦士であり、まさに勇者の名に相応しいものだった。
「腹立たしい存在だ……我が居城はおろか、眼前にまで攻め入ってくるとは……」
人間どもとのしょーもない戦争なんて、さっさと終わらせたいのに……人間どもがこの『勇者』なる小娘に率いられてからというもの、やたらと善戦してきやがる。
「あはは! こんな女の子にしてやられちゃうなんて、魔王失格だねっ!」
不死王――魔王の俺を差し置いて、王を名乗る思い上がった馬鹿な側近。
不老不死の骸骨野郎は、狂気に蝕まれているせいか、魔王である俺の言うことを聞かない。
この馬鹿の台頭と狼藉を許したせいで部下に示しがつかなくなったのか、最近はイキった連中が事あるごとに叛逆してくるようになった。
「魔王様? この失態は、追放ものだよ?」
「やれやれ……外にも中にも敵だらけではないか……」
なにが言いたいかつーと……。
俺は随分と前から、しんどいだけの魔王生活を辞めたかった。
「我が魂よ! 闇を斬り裂く光刃と化せっ!」
考え事をしていた次の瞬間、勇者が魔法を発動させやがった!
「『天聖光明剣』!」
勇者の両手から、目が眩むような黄金の光が噴き出す!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
見えるすべてが、黄金の光に塗りつぶされるッ!
吹き荒れる魔力の爆風で、城の天井やら壁やら床が吹き飛んだッ!
「邪悪なる魔物が大地を覆い尽くして跳梁跋扈し、力なき人々は蹂躙され、世界は混沌の闇に覆い尽くされていた……」
なんかしんねぇけどはしゃいでる不死王が、芝居じみた仕草で意味わからんことを言ってる。
「男も女も老いも若きも、誰しもが絶望するなか……ひとりの少女が立ち上がった!」
激しい爆音と強烈な衝撃と眩い閃光が、すべてを覆い尽くしたッ!
「その者は、か細い腕に剣を取り、ともに戦う人々を導き、邪悪なる魔王を倒さんがため、各地に赴き凶悪な魔族と戦った!」
破壊力を内包した光の熱気が、我が居城を燃やし、溶かし、破壊するッ!
「そして、世界の命運を決める魔王と決戦の時――瀕死の重傷を負いながらも力を振り絞り、遂には魔王を討ち倒したっ!」
質量を持った魔力の衝撃で、城は城としての役割を失い、脆くも崩れ落ちるッ!
これまでの戦争を凝縮したかのような激闘は、永遠に続くと思われた――。
「なるほど。なるほど」
激烈な破壊と圧倒的な破滅のぶつかり合いの末――。
「珍妙な小娘が、なぜ『勇者』などと祭り上げられているのかが、理解できたよ」
戦場に立っていたのは――。
この俺……魔王カルナインだった。
とはいえ、体が半分ほど吹き飛んでしまったのだけれども……。
「なっ!? 全力を叩き込んだのに……倒せなかった……っ!? いや、半身になっても倒れないだとっ!?」
「あまり落ち込むな。今までの勇者のなかでは、健闘したほうだよ」
俺に一太刀を入れるどころか、半身を吹き飛ばしたんだ。
多少なりとも敵としての敬意をもって葬ってやるのが、せめてもの礼儀だろう。
「この魔王に傷を負わせたことを誇りに思い……死ぬがいい」
掌の上で魔力を凝縮させ、質量を持たせた後――。
「な……なんだ、その禍々しく強大な魔力の塊はっ!?」
「さようなら、勇者アンジェリカ。君の物語は、ここでおしまいだ」
魔力の塊を、勇者に叩き込むッ!
「ぐはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーっ!?」
俺の魔力の塊に押し潰された勇者が床にめり込み、そのまま動かなくなる――。
「あははーっ! さっすがは、『元』魔王様! 体が半分吹き飛んでも、余裕じゃないか!」
「さっきから、五月蠅い。黙っていろ、骨野郎」
不死王を黙らせた次の瞬間――。
心の臓に強烈な痛みが走ったッ!?
ズキリと鋭く痛む胸を見ると……。
胸から、大鎌の鋭利な刃が飛び出ていた……ッ!?
「なんだ……これはッ!?」
真っ赤な鮮血が大鎌の刃を伝って、床に滴り落ちる。
「なんとここでっ! 王様交代だよ、魔王様っ!」
俺の側に控えていた不死王が、生気のない白骨の顔に満面の笑みを浮かべる。
「次の魔族の王様は、この不死王ちゃん様さっ!」
ふざけたことを抜かす不死王が、パチンと骨の指を鳴らした。
すると、やつが纏っている漆黒のローブが、金銀宝石で彩られた極彩色の服に変貌する。
「人間の貴族風の豪奢な服だけれども、よーく似合っているだろう? おしゃれで高貴なボクにぴったりだっ!」
おどける不死王は白い歯をカチカチと鳴らすと、俺に刺していた大鎌を乱暴に引き抜いた。
「そして、最後にこれをポンッと被れば――」
不死王がくるくると大鎌を回して、上空に投げる。
大鎌は空中で王冠に姿を変えると、そのまま下に落ちて、不死王の頭蓋骨のてっぺんに綺麗に着地した。
「名実ともに不死『王様』さっ!」
「ふざけやがって……貴様、何を考えているッ!?」
謀反を起こした不死王の胸元を掴みあげる。
しかし、不死王はニタニタと笑うだけで何も答えず、俺の手を払いのけた。
「かわいいかわいい勇者ちゃん。君は……ボクの天使だ」
猫撫で声を出す不死王が、力を出し尽くして倒れた勇者のもとに歩み寄る。
「勇者ちゃんは、勇ましくて逞しくて、優しくて面倒見が良くて、しっかりしているけど、ちょっとおちゃめな女の子。いつも天使のような笑顔を浮かべて、可憐で儚げで守ってあげたくなる女の子」
不死王は、力を出し尽くして朦朧としている勇者を抱きしめると、愛おしそうに頬擦りした。
「不死王、貴様……ッ! なにをふざけているのだッ!?」
「勇者様、違いますっ! こんなまがい物は、魔王じゃないっ! ボクは『本物の魔王』と戦いたいんだあああああああああああああああああああああああああーっ!」
俺を無視して一人で勝手に盛り上がる不死王が、血の気の失せた顔でぐったりとする勇者を抱き上げる。
「さぁさぁ! 参りましょう、勇者様っ! 邪悪なる魔王を退治して、この美しい世界を救うんだっ!」
芝居じみた茶番を繰り広げる不死王が、ピクリとも動かない勇者の手を掴んで、操り人形のように動かして遊ぶ。
「ええーっ!? 力を出し尽くしたせいで、体が動かないだってぇ~っ!? なーに、心配ご無用っ! このボクが、もう一度戦えるように蘇らせてあげるよっ!」
……気狂いめッ!
危険ではあるが使い勝手がいいからと、側に置いてはいたが……。
戦争の決着が着く状況で反旗を翻すとは、完全に予想外だッ!
「愛しの勇者様。死人の恋煩いを貴女に――」
不死王が生気のない白骨の手で、死にかけの勇者の胸を貫く。
次の瞬間、勇者の体が妖しげな紫の炎に包まれ、燃え上がる!
不死王が手を引き抜くと……意識を失っていた勇者が、両の目を見開いた。
「はぁはぁ……っ! 魔王を……倒してっ! 世界を救う……この私が……っ!」
不死王め! 俺が始末した勇者を、死霊術で黄泉還りさせたのか……ッ!?
骨野郎が、どこまでも舐めた真似しやがって……。
――殺そう。
「愚かな逆臣を殺して、この不愉快でふざけた茶番を終わらせる……死ね、骨野郎」
「え? 元魔王様? ボクは不死者だ、死なないんだよ。だから、死ぬのは……君さ!」
不死王の野郎が、白い歯をカタカタと鳴らして楽しげに笑う。
「……うんざりだ」
勇者に追い詰められるのはまだいい。戦争という状況下での我慢の許容範囲内だ。
だが、側近である不死王の裏切りは、我慢ならん!
大鎌で俺の胸を貫いたあいつの笑顔を見た瞬間……堪忍袋の緒が切れた。
というか、もうすべてどーでもよくなった。
もともと、魔王であること自体が、そんなに乗り気ではなかったのだ。
魔王とか、勇者とか、魔族と人間の未来とか、世界の行く末だとか、どーでもいい!
今すぐに、すべてを投げ出して隠居生活に入ろう。
有害な馬鹿どもが追って来られないように、世界の果てまで逃げよう。
そこで、のんびりと平穏な隠居生活を送るのだ!
「……不死王。お前は、誰かの幸せを奪わないと、心に平穏が訪れない邪悪な魂の持ち主だ」
不死王は自らの欲望を満たすために、他者の運命を弄び、破壊する。
それは、仕える王である俺ですら、例外ではない。
「ひどいなぁ、心外だよ……まぁ、その通りなんだけどさっ!」
奴は、弄び。虐げ。嬲る――。
退屈をしのぐために、安全な立場から死刑を観覧する貴族のように。
好奇心と嗜虐心を満たすために、虫を嬲り殺す子供のように。
生きとし生けるものから、すべてを奪い去る死のように。
「しかし、すごいなあっ! お城は、ぜーんぶ吹き飛んじゃったのにッ! 勇者ちゃんの全力の魔法を喰らっても、元魔王様は体が半分も残ってるよッ!」
「まず謝れ、骨野郎がッ! 死にかけの勇者をわざわざ蘇らせて、この俺を破壊しようとしやがってッ! どういうつもりだッ!」
「魔力を物質化させて、欠損した肉体の補強をしたのかな? やっぱり、魔王だけあって魔法を扱うのが上手いなぁっ!」
「おい、骨野郎、聞いてんのか? 俺をズタボロにして楽しかったか?」
なぜこの状況で、こいつが裏切ってきたのかが、まったく見当がつかない。
とはいえ、狂気に蝕まれているしもとより性格が悪いのだから、理由を尋ねたところで答えはしないだろう……。
いずれにせよ、もうこいつには関わりたくない。
「ひとつひとつ丁寧に時間をかけて積み上げた人生と決別して、新しい物語に踏み出すのは、とても億劫だし、とても不安だし、とても勇気がいるよね……」
一人ではしゃいでいた不死王が、不意に真面目な調子で語りだした。
道化ぶるまいが収まったのは、少々厄介な雰囲気だ……。
「でも、この物語は終わらせよう」
これ以上、面倒なことになる前に……この骨野郎をぶっ殺すッ!
「終わるのは、お前だッ!」
魔力を物質化させて無数の刃を創り、不死王に向ける!
「この状態でも勝つと思っているから、そういう口が利ける。この状況で絶望していないから、そんな態度が取れる。この不幸に翻弄されないと平和ボケしているから、そのような意思を持てる。自分を信じて、魂に希望を孕ませているから――」
骨野郎が! わけのわからねぇことを好き勝手ほざきやがって……ッ!
「不死だろうが、死ぬまでぶっ殺すッ!」
「とんだ思い上がり元魔王様だとは思わないかい、勇者ちゃん?」
剣を構えた勇者が、俺の背後に立っていたッ!
しまったッ!?
不死王に気を取られていた!
「元魔王様、人間の『魂の物語』を舐めすぎ。破滅して終わるその時まで、運命は続くんだよ?」
死にかけの勇者なんぞ、まったく意識していなかったッ!
「魔王おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
魂ごと全身を振るわせて絶叫する勇者が、渾身の力で剣を振う!
俺の視界が――斜めにズレる。
「わはは! 魔王退治、完了!」
不死王が、不愉快な声で嗤う。
「なんだ……これは……?」
刹那の空白の後――。
奇妙な浮遊感を伴って、意識が落下した。
「満身創痍でほぼ死んでる勇者ちゃんだけれども、同じく死にかけの君の首を刎ねるぐらいわけないよ。ご覧の通りね」
俺を見下ろす不死王が、にやにやと嗤う。
溺れる子供を安全な橋の場所から見ているような下卑た目で、にやにやと嘲笑う。
「はぁ……はぁ……っ! やった……やった……! 私が……やったんだ……っ!」
俺の頭上で、死にかけの勇者がわんわんと泣き崩れる。
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
この俺が……こんな小娘に……?
側近に裏切られ、窮地に貶められた……?
体を半分破壊され、首を切り落とされただと……?
「やったね、勇者ちゃん! 魔王を倒したよっ!」
不死王が俺を見下し、楽しげに笑う。
「骨……野郎……殺……ス……ッ!」
「わはは! ボクは不死王だ、不死なんだよ? 殺せやしないよ!」
「ころ……ス……!」
「わはははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
不死王が俺を見下し、愉快そうにげらげら嗤う。
「そんなことより、勇者ちゃん! やり切った感全開で倒れている場合じゃないよっ! 魔王を倒したからって、物語は終わりじゃないんだっ!」
あ~……うんざりだ。
魔王と勇者の物語なんざ、もう終わりだよ……。
ここで、みーんな終わり……。
「魔王退治の冒険は終わっても、人生の物語は続くんだっ!」
続くか、ボケが。終わりだ、終わり。
もう、絶対にこいつらみたいな有害な異常者どもには、関わり合いたくない。
こいつらみてーな著しく有害な連中がいない場所に行って、のんびり暮らそう。
いや、暮らそうではなく――暮らす。
今すぐに実行し、世界の果てでのんびり隠居暮らしだ!
「さあ! 新しい冒険を始めよう!」
たった今、現時刻において!
俺は、隠居生活に入ることを決定した!
「勇者ちゃん。そして、新魔王様――」
その前に……やられたら、やり返す。
大事なことだ。
やられっぱなしは、性に合わん。
ムカつくやつらに復讐を果たし、スカッと爽やかに隠居生活に入る。
「新生活、おめでとう。先代魔王の俺からの贈り物だ――」
「げっ!? なんだ、この魔力の暴走は!? まさか、自爆っ!?」
ざまぁないね。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
プロローグおしまい!
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