(4)新しい家族

 コンサータ公爵家との養子縁組が正式に調ってから、初めての休養日。シェーラは公爵家から差し向けられた馬車に恐縮しながら乗り込み、王都内にある公爵邸に向かった。


「公爵様、奥様。今日と明日、お世話になります」

 使用人達に出迎えられたシェーラは、応接室に入るなり、ソファーに座っていた公爵夫妻に対して深々と頭を下げた。対する公爵家当主のイムランと公爵夫人のソニアは、穏やかに微笑みながら言葉を返してくる。


「シェーラ、そんな悲しい事を言わないでくれないかい?」

「そうですよ。そんな他人行儀な言い方は止めて頂戴」

 巫女長のヒュミラに同伴して初めて訪問して以来、常に親しげに語りかけてくる二人に言われていた事を思い出した彼女は、僅かに口ごもりながら挨拶を言い直した。


「あ……。その、ええと……。お義父とう様、お義母かあ様。ただいま戻りました」

 シェーラの挨拶に、二人は満足そうに頷きながら話を続けた。


「ああ、お帰り。この前、シェーラが好きだと言っていた食べ物を、準備しておいたからね。それから新しい服もあるから、神殿に帰る時には持って行ってくれ」

「新しいと言っても、リオナの服を仕立て直した物なのだけど……。きちんと新調してあげられなくて、ごめんなさいね」

 ソニアはいかにも申し訳なさそうに、シェーラに謝罪してきた。しかしこれまで何度か顔合わせを兼ねてこの屋敷に出入りしていたシェーラは、公爵令嬢でこの度義理の姉になったリオナから譲られる予定の服なども見せて貰っており、慌てて首を振る。


「いえいえ、お義姉様の服ならこの前にも見せていただきましたが、生地も仕立ても上質の物で、全然傷んでいませんし古びた感じもしませんでした! あれを仕立て直していただいたなら十分です! ありがとうございます!」

「そう言って貰えると、気が楽なのだけれど……。当面、あなたの社交界デビューもおぼつかないし……」

「せっかく娘になってくれたのに、不甲斐ない親ですまないね」

 今度は夫婦揃って、落ち込んでいる空気を醸し出してくる。それに対してシェーラは、語気強く訴えた。


「とんでもありません! 私の社交界デビューなんて二の次三の次、はっきり言ってするだけ無駄です! そんな事より、来年に控えているリオナ義姉様の結婚準備に注力しましょう!」

 そこで、若干笑いを含んだ声が割り込む。


「そう言って貰えるのは嬉しいけれど、やはり最低限の事はしておかないとね。お帰りなさい、シェーラ」

「あ、お義姉様。ただいま戻りました!」

「シェーラ、元気そうで何よりだ」

「お義兄様もお元気そうで良かったです」

「それでは皆が揃ったし、お茶にしましょう」

「さあ、座って」

「はい」

 使用人に呼ばれたのか、いつの間にか応接室にやって来た義姉のリオナと義兄のバナンもソファーに座り、一家揃ってお茶を飲みながらの歓談となった。


「シェーラ。父上と養子縁組して初めての休暇だけど、神殿内の様子はどうだい? 自分で言うのもなんだが、我が家は社交界でも色々異質の存在だから、変に敵対視される可能性もあると思うし」

「ええと、それはですね」

 幾つかの世間話に続いて、バナンが神妙な顔つきになって懸念を口にした。それにシェーラが心配ないと答える前に、リアナがあっさり言い放つ。


「それは大丈夫じゃない? 家格だけの貧乏公爵家って、見下されるのがせいぜいよ」

「姉上。もの凄く今更ですが、そういうことを平然と口にしないでください」

「本当に今更よね。だけどサルファー殿下とシェーラの婚約が成立してしまったのは、さすがに色々と面倒だと思っていますけど。お父様、お母様。どうしてこのような事態になったのですか?」

 ただでさえ王太子派に睨まれているのに、面倒ごとを増やしてどうするのだと、リオナは少々非難を含んだ眼差しを両親に向けた。しかしその二人は、ほのぼのとした空気を醸し出しながら答える。


「どうしてと言われても……。王家からの要請だったし、我が家との縁談を受けてくれるような家は少ないし、シェーラの結婚相手としては良いかなと思って」

「殿下は優しくて気配りのできる良い子だし、きっと素敵な旦那様になってくれるわよ?」

(そうじゃないかとは思っていたけど、お二人揃って見事にあの腹黒王子の上っ面に騙されてるし、ほとんど何も考えずに王家からの要請を二つ返事で受けたとしか思えない)

 決して悪い人ではないし、寧ろ底抜けにお人よし過ぎて心配になるレベルだわと、シェーラは無言で額を押さえた。そんな彼女の内心が手に取るように分かったらしいリオナが、僅かに身体を寄せて囁いてくる。


「シェーラ。気苦労の種を増やしてしまってごめんなさい。両親は決して馬鹿ではないのだけどとんでもないお人よしで、騙されたり丸め込まれるのが日常茶飯事なのよ」

「それだけならともかく、騙されたり丸め込まれているという自覚すらないから、本当に困るんだよな。姉上が子供の頃から使用人を含めた周囲の人間の言動に目を光らせていなかったら、今頃は身ぐるみはがされていたぞ」

「お父様の教育係を務めていたラルフに、本当に感謝しているわ。『しっかりした奥様をお迎えできれば安心できると思いましたが、奥様も旦那様と同類では致し方ありません。私が引退する前に、お嬢様に必要な事を全て叩き込んで差し上げます。ご両親は人格者ではありますが、貴族としては失格でございます』と言われて、淑女教育なんてそっちのけで領地や屋敷の運営についてしごかれたのよ」

「……反面教師ってやつですね。お義姉様、ご苦労様です」

 シェーラを挟んでリオナとは反対側に座っているバナンも、沈鬱な表情で囁いてくる。それを聞いて、シェーラは公爵令嬢とは思えない苦労を重ねてきたであろうリオナに、心底同情した。


「本当にね……。もうすぐ結婚してこの家を離れるから、バナンだけに任せておくのはすごく心配で。これまでの諸々の事で重要な事柄は備忘録に纏めてあるから、これからシェーラもバナンを助けてくれると嬉しいわ」

「元平民の分際で、公爵家の内部の事に口を出すのは憚られますが、できる範囲でお助けします」

「ありがとう、シェーラ。頼りにしているわね」

 いかにも安堵した笑みを向けられて、(本当に大したことはできないと思うけど)と恐縮しながら、シェーラは曖昧に笑ってみせた。すると隣から、少々不満そうな呟きが漏れる。


「姉上……。私では頼りにならないと言うのですか?」

「そうは言っていないわよ。でもあなたは所詮、温室育ちの若造じゃない。時には冷静で客観的な意見を、第三者の視点からビシッと言って貰う必要があるってことよ」

「納得できない……」

(それを言うならお義姉様は温室育ちのお嬢様なのに、なんだか本当に切羽詰まった感じがひしひしと……。本当に幼少期から、色々大変だったみたいですね)

 公爵夫妻とは思えないくらい気取らなくてお人よしの両親と、何やら苦労性の姉と兄を得たシェーラは、少し前に絶縁した、もう十年近く行き来がなかった実の家族との差を思い、口には出さなかったものの少しだけ感傷的になっていた。











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