TSUNAGU

きみどり

777文字版(KAC2023)

「ちょっとここで待っててね」

 そう言って母親はつかつかと歩き去り、本棚を曲がったところで視界からいなくなってしまった。

 母親の消えた角を、小さな男の子はじっと見つめ続けた。しかしやがて、ゆっくりと自分の置き去られた場所へと視線を移す。


 平積みされた色とりどりの絵本。本棚にもまるで展示会みたいに表紙が並び、楽しげなパネルの装飾が施されている。

 本屋の児童書コーナーだ。


 少し離れたところには円形のソファーが置いてあって、親子が何組か座っていた。

 一冊の絵本を肩を寄せあって覗き込んでいる親子。父親とその膝の上でふにゃんとしている乳児。混じり合う読み聞かせの柔らかな声。


 ソファの方をチラチラ見ながら、男の子は本棚に沿って歩いて、くるりと裏側へ入った。これでもうソファは見えない。


 左右を棚で囲まれたそこには、女の子がひとりだけいた。男の子よりも少し年上で、絵本の背表紙がぎっしり詰まった本棚から、一冊引き出しては戻し……を繰り返している。

「なにしてるの?」

 思ったままに男の子が問うと、女の子が手を止めた。

「絵本をえらんでるんだよ」

 女の子は明るく笑った。

「ねえ、いっしょに探そう。君も絵本買ってもらいなよ」

 でも男の子は表情を曇らせる。

「かってもらったこと、ない」

「えーっ! あのね、『買って』って言えばいいんだよ」

「でも、じぶんでえほんよめない……」

「かんたんだよ。ママやパパに『読んで』って言えばいいんだよ」

「……そっかぁ!」

 男の子の顔がパアッと輝いた。




「ママ、これかって」

 自分を迎えに来た母親に、男の子は絵本を差し出した。母親は、仕舞いかけていた財布と購入したての文房具を持つ手をピタリと止め、男の子をまじまじと見つめた。

 そして、少し泣きそうな顔になって、微笑んだ。


「そうね」


 男の子がスキップし、母親の手に自分の手を滑り込ませる。

 母子はお互いに、その手をギュッと握った。

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