僕の絵本

冬眠

僕の絵本

 僕はふらりと本屋に寄った。

 ありふれたチェーン店だった。


 橋の棚からふらふらと本をのぞき込む。


 前ほしかった漫画が気づけば最新刊が出ていた。

 そして、話題のあの本も並んでいた。


 僕は普段行かない子供用のコーナーへと足を進めた。

 数人の子供と親らしき人が楽しげに本を選んでいた。


 僕は、一冊の本に目が留まった。

 このコーナーの端にあったその本は懐かしい雰囲気を漂わせていた。


 近づき、手に取る。


 小さなころに母親から飽きるまで読んでもらったあの本だった。


 タイトルは、「小さな勇者」


 小さな男の子の孤児が村の皆のためにお手伝いすることで、だんだんと村の人たちからの愛情が増していくという話だ。


 当時の自分と同じくらいのその少年に、僕は感情移入していたはずだ。

 とても楽しく愉快な話だった。

 もちろん、最後はお決まりのハッピーエンド。


 僕は、彼に憧れて、たくさんお手伝いをするようになったものだ。


 母親の絵本の読み方もとても上手かった。

 だから、目を輝かせていたに違いない。


 懐かしい。


 その一言に尽きる。


 あの頃と今はずいぶん変わった。

 感傷に浸ったその足で、僕は母親のもとに向かった。


「お母さん。今日懐かしい本を見つけたよ。」


 仏壇に向かって僕はそう告げる。


 お母さんはとても素敵な人だった。

 笑顔が絶えない家庭もお母さんのおかげだったはずだ。

 家族は欠けてしまうとこんなにも壊れてしまえることを僕は知った。


 僕は、ボロボロの部屋の真ん中でだらしなく過ごす父の背中に立つ。


「父さん。帰ったよ。」


「ああ…。」


 お母さんが亡くなってからこの調子だ。


 僕たちはきっと元には戻れないのだろう。

 彼女が生き返りでもしない限りは…。


 僕の手にはしっかりとナイフが握られていた。


「お母さん。もう、寂しくないよ。」


 父親を刺す。


 父親は悶えながらも、うれしそうに感じた。

 きっとそのはずだ。


 僕も後を追う。


 きっと、これでまた家族が揃うのだ。

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僕の絵本 冬眠 @touminn

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