エロ本バトル

くにすらのに

エロ本バトル

 18歳の三月。私は高校を卒業した。成人年齢が引き下げられて高校生の身分を失った今、完全にオトナの仲間入りを果たしている。

 タバコは元々吸うつもりはないし、臭いがあまりにも苦手すぎる。お酒も二十歳になってから。

 今できる唯一のオトナなこと。本屋さんでエッチな本を買う!


 あえてのエロ本。


 スマホで検索すればクラスメイトの裏垢が出てきて、生々しい無修正の画像や動画が見放題だ。


 フィルタリング機能はずいぶん前に解除してもらってスマホでのエロ探求を阻む者は誰もいない。

 だからこそ、いつも通っている本屋さんでエロ本を買う心理的なハードルを乗り越えたい!


 それに四月からは地元を離れて大学に通う。もうこのお店に来ることはない。どんなに恥ずかしい想いをしても店員さんの間で笑い者になって、しばらくするうちに忘れ去られる。


 ある種のヤリ逃げだ。


 R-18と書かれたカーテンをくぐると同じ店内なのに独特の空気が漂っていた。男性客しか利用しないせいかちょっと汗臭い。


 表紙にはそこまで過激な写真は使われていないものの、煽り文が想像をかきたてる。小〇生はあきらかに小学生だし、顔立ちはたしかに幼い。だけど数年前の自分と比べて胸の発育が良すぎる。大きい子はいたけど、さすがに幼く見えるオトナの人だろう。町の本屋さんに違法な物は置いていないはずだ。


 さすがに初めて買うエロ本がロリ系なのはマニアック過ぎる気がして、オーソドックスな巨乳特集の一冊を手に取った。

 今まで見てきたどの胸よりも大きい。自分にぶら下がっているからこそその大きさが凄まじいことを実感する。


 さあ会計だ。狙い目はあのお姉さん。あえて女性店員さんに会計してもらうことで乗り越えるハードルを高くする。


 長い黒髪と黒ぶちのメガネはいかにも読書好きな書店員という印象を受ける。そんな人にエロ本というのはなかなか申し訳ない気持ちにはなるけど、商品として陳列されているんだからお姉さんだって何度も手に取ったことがあるはずだ。


 売り物をレジに持っていくだけ。セクハラではない。


 他の雑誌で隠したりせず、堂々のエロ本一冊。私はこのスタイルでお姉さんに勝負を挑んだ。


「キミ、まだ高校生だよね?」


「え?」


 制服で来るような愚行は犯していない。だってもう卒業したんだから。


「よく学校帰りに寄ってくれてるよね。顔、覚えてるよ」


「昨日卒業したんです」


 お会計するくらいで会話なんてしたことがないのに顔を覚えられているのは意外だった。だったらもう少し早く声を掛けてくれてもいいのに。そしたらここでエロ本なんて買わなかったよ。


 平日の昼間ということもあり私以外にお会計をするお客さんはいない。レジにはお姉さん一人だけだ。そんな状況を利用してお姉さんはどんどん言葉で攻めてくる。


「そっか。おめでとう。でも知ってる? 三月三十一日までは高校生なんだよ?」


「……もう成人してます」


「ダーメ。こういうのはちゃんとオトナになってから」


「大目に見てくださいよ。あと一か月くらい変わらないじゃないですか」


「でも行政指導とか面倒臭いし。どうしてこんな物を?」


「オトナになった記念です」


「まだ高校生のくせに。なんか可愛い」


 今まで見てきたお姉さんのどの笑顔よりも自然で、魅力的で、挑発的な視線に心が惹きつけられた。これが本物のオトナだ。エロ本を買うくらいでは到達できない人生経験の差を見せつけれた。


「えっと……買えないなら戻してきます」


「私が戻しておくよ。ちゃんとオトナになったらまた買いに来てね」


「地元を離れて大学に通うからもう来ないと思います」


「そっか、残念」


 エロ本はレジの下に回収されて、他に買う物もないので回れ右して出口へと向かう。


「私、女の子が好きなんだ。キミは他の子の体には興味あったりする?」


 足早に立ち去るはずがこの一言で地面に接着されたように止まってしまった。


「帰省した時に興味があったら、また来てよ。もうしばらくはここで働いてると思うから」


 振り向いたり、頷いたりはできなかった。この場で返事ができるほど簡単なお誘いではない。


「高校生に手を出したら犯罪だからね。オトナの恋愛、考えてみて」


 正直、春を迎えるのが恐かった。

 地元を離れての一人暮らしに大学生活。オトナとして生きていけるのか不安で不安で、だから気晴らしにエロ本を買ってみようと思った。


 私はこの春、オトナになる。こんなにも春が待ち遠しいのは人生で初めてだ。

 

 もう来ないと決めたはずなのに、まだ引っ越す前なのに、もう帰省した時にこの本屋さんに来ることが楽しみになっている。

 お姉さんの完全勝利。私はすっかりハメられてしまった。

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