すったもんだで!③~どうして学生に混じってウェイターをやらにゃならんのだ!~

宇部 松清

第1話

「あっ、寿都すっつ先生いた! 助けてくださいぃぃぃ!」


 俺が顧問を務める体操部の二年生が、そんなことを言いながら駆け寄ってきた。本日は文化祭初日、教師陣は各店を冷やかしながらの見回りである。


「どうした中曽根なかそね。トラブルか?」

「もうトラブルもトラブル。イマージェンシーっす! 先生の力が必要なんです!」

「マジか。どうした」

「こっち! こっち来てください!」

「ちょ、おい、引っ張るな!」


 ぐいぐいと袖を引っ張られて、連れていかれた先はそいつのクラスである。確かここはBL喫茶だったか。何だっけ、BLって。


「……えっ、何だこれ」


 大盛況なのである。

 我が校の文化祭は、飢えた野郎共がどうにか他校の女子生徒の気を引こうと学力考査の数十倍頭をフル回転させて企画を練るため、地元の新聞に取り上げられるくらい毎年盛り上がるのだが、この空間だけ盛り上がりっぷりが桁違いだ。耳をつんざく女子高生の黄色い声で眩暈がする。


 ただまぁ、それも、納得ではある。

 なぜなら――、


「お待ちしてましたよ、寿都先生」

「何やっ……! てんすか、門別もんべつ先生」


 危うく「何やってんだ、大祐だいすけさん!」と怒鳴りつけそうになるのをぐっと堪える。落ち着け寿都太一たいち。ここは職場だ。生徒の目もある。


 だけど、バリッと燕尾服を着た恋人が、いつもと変わらぬ艶っぽい笑みを浮かべて立っていれば、そんな声も出そうになるというものだ。俺は悪くない。


「生徒から頼まれたんですよ。急に買い出しに行かなくちゃいけなくなって、人手が足りないって」


 生徒の頼みとあらば仕方ないですよねぇ、と言いながら、レンタルらしい燕尾服それの襟をくいっと引っ張る。控えめに言って最高すぎる。えっ、燕尾服がここまで似合う養護教諭ってこの人以外に存在すんのか? クソっ、いますぐ押し倒してあのシャツのボタンをむしり取ってしまいたい!


「ですけど、さすがにいい年した大人が一人でこんな恰好するの、恥ずかしいじゃないですか。寿都先生も道連れにしてくれるなら良いですよ、って交換条件出したんです」

「俺がOKしなかったらどうするつもりだったんだよ」 


 更衣室代わりにしている空き教室で着替えを手伝ってもらいながら、ぶちぶちと文句を言う。


 どう考えても客の大半はあんたに釘付けだったじゃねぇか、と。


「何だかんだ言って優しい寿都先生ですからね、生徒の頼みは断れないと思いましたし、それに――」


 こんな恰好の私を見たら、悪い虫がつかないようにってそばで目を光らせてくれると思ってましたし? と囁いて、いたずらっぽい笑みを浮かべる。畜生、読まれてやがる。もちろんだこの野郎、なんてつい口が滑る。


体操部中曽根を向かわせたのも大祐さんの差し金だったんだな」

「そりゃそうですよ。部員のお願いなら、ついつい聞いちゃいますもんね、寿都センセ?」


 『特に可愛い』と強調したのは、休日の練習時、俺があいつらにこっそりアイスの差し入れをしていることを指摘しているのだ。ちなみに冬は缶のコンポタか汁粉だ。

 いや、毎回じゃないぞ、さすがに!? 給料日後だけ! あいつらもちゃんとわかってる! 俺も昔はそうしてもらってたし、マジでそういうのでもないときっついんだって!


 だけどそれを言うならあんただって、「まぁ、熱中症で倒れられたら私の仕事も増えますし?」とか言って、こないだポカリ差し入れてくれただろ。同罪だ! ってそうじゃねぇか。


「ていうか、よく俺のサイズあったな。大祐さんはまだしも」


 百七十八の高身長ではあるものの、大祐さんはすらっと細身だ。それと比べて俺はというと、上背こそ大祐さんに数センチ負けるものの、身体の厚みに関しては、生徒達からも『筋肉ゴリラ』だの『筋肉ダルマ』などと陰口を叩かれるほどである。大会に出るほどのやつではないにせよ、細マッチョの域は軽く超えてる。


「私のところにサイズの相談をしに来た子がいましてね、当日は何が起こるかわかりませんから、どのサイズも借りられるだけ借りたら良いんじゃないですかとアドバイスしといたんです」

「何が起こるかわからないって……まさかこういうことか?」

「何が起こるかわかりませんよねぇ、ほんと」

「おい、最初から狙ってなかったか? おい」


 俺ら以外に誰もいないとはいえ、一応声は抑えめにしつつも、それでもつい怒気混じりの声が出る。


「ほら、あんまり時間かけすぎると怪しまれますよ? ただでさえ私、いろんな生徒をとっかえひっかえなんて不名誉な噂があるんですから。寿都先生も餌食になったなんて、武勇伝が増えたら困ります」

「それは事実だろうが、畜生」


 そう返すと、そうでした、と口の端を緩める。その余裕綽々の態度にカチンと来て、素早くその細い腰を引き寄せ、唇を奪った。


「覚えとけよ今夜」


 どうだ不意打ちしてやったぞ、あんたがこういうのに案外弱いの知ってんだからな、と勝利を確信してニヤリと笑う。


 が。


「良かった。そのつもりで、昨日の晩にローストビーフ仕込んでおいたんです。食べ頃ですよ」


 読まれてた! クソっ!


 パチン、と膝を叩いて悔しさを紛らわせていると、さっさと戸の方に向かっていた大祐さんがこちらを振り返った。


「まぁ、食べ頃なのはですけど」


 それだけ言って、「先戻ってますね」と出て言ってしまう。


「えっ、ちょっ、だけじゃない、って……? えっ? 大す……じゃなかった門別先生!?」


 慌ててそれを追いかけて、勢いよく戸を開ける。するとそこにはしてやったりといった表情を浮かべている大祐さんが立っていた。


「寿都君、いまからは先生じゃなくて『先輩』とでも呼んでいただきましょうか。さ、お客様をおもてなししませんと」

「ぐぅぅ……!」

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