第2話
どうやらこの『BL喫茶』、ウェイターは皆カップルという設定らしく、二人一組で接客するきまりらしい。そうだ、BLってアレだ、ボーイズのラブのやつだ。なんかC組の遠藤がいっつも騒いでるやつだ。
……ていうか、それって、俺達のことじゃねぇか!
ちょ、おい、大祐さん?!
当然のように俺は大祐さんとバディを組まされ、中曽根から、「この場では『先生』じゃねぇっすから。学生の体でお願いします」と、どう見たって無理がありすぎる役を与えられてホールに投げ込まれた。覚えてろよ中曽根。週明けはお前だけ特別メニューにしてやるからな。
「学生の体って言われても……」
ぽつり、と愚痴をこぼすと、大祐さんは「いやぁ、何だか若返った気分で新鮮ですね、寿都君」と楽しそうである。まぁ、燕尾服姿の大祐さんはひたすら眼福ではあるし、彼が楽しそうなのは良いことなんだが。
いや、恥っず! 俺、二十八なんだけど!? あと正直、この燕尾服、ちょっと胸回りと腿がきついしな?!
「似合ってますよ、寿都君」
「そりゃどうも……」
どう見てもあんたにゃ負けるがな。うわ、あっちのテーブルのJKもこっち見てぎゃあぎゃあ言ってる。すげぇだろ、俺の彼氏。恰好良いよな? 良い男だろ? だけどこいつ、俺に抱かれる側なんだぜ?
そんなことを考えて、一人悦に浸っていると、つい、と指先で脇腹をなぞられた。ちょ、やめて。変な声出そうになるから。普通こういう時って肘で突かね?
「人のこと横目でじろじろ見て。いま何を考えてます?」
「いっ、いや、何も……」
「ま、だいたい想像つきますけど。――さ、行きますよ、お客様――じゃなかった『お嬢様』のご来店です」
「『お嬢様』ぁ!? えっ、そういうコンセプトなんすか?!」
「さっき生徒はそう言ってましたよ。『お帰りなさいませ、お嬢様』って」
生徒が出来るものをまさか教師が出来ないなんてことはないですよねぇ? なんて流し目を送られれば「も、もちろん」と返すほかない。
出来る、はずだ。俺なら。接客は学生時代にやったことはある。ラーメン屋だけど。
「おかえり、なさいませ。お、おおお嬢様」
俺なら出来る俺なら出来ると気負いまくって放った第一声は、盛大に噛んだ。うわだっせぇ、と冷や汗をかいていると、それをリカバーするかの如く、スマートに割り込んで来たのは俺の設定上の相手役である。いや役っていうか、ガチの相手なんだけど。
「私達が丁重におもてなしをさせていただきます。あくまでも二番目として、ですけどね」
そんでこの人はそういうこと言っちゃうから! それじゃ何だ、一番目は誰なんだよ、俺か?! お、俺か。俺だよな……。何これ、もうどこまでが役なんだよ、こっわ!
「こちらの席へ、どぞ!」
おかしい。接客経験はあるはずなのに、と我ながら首を傾げてしまうほどガチガチである。あれ、俺右手と右足一緒に出てねぇか?
「寿都君。緊張して敬語が取れてしまっていますよ。お客様にタメ口で話すなんて、いけませんよ。後でい~っぱい練習しましょうねぇ」
ぞくりとするような笑みと共に、人差し指で顎を持ち上げられると、はるか向こうのテーブルから「キャーッ! 生の『顎クイ』初めて見たー!」という声が上がった。何、これそんな技名あるやつなの? 確かに、数センチとはいえ身長の低さを指摘されているようで屈辱的というか、精神的ダメージを受けるやつではあるけど。
ていうか!
「
さっきから脇腹なぞったり、意味ありげな視線を送って来たり、いまの、その……アゴクイ? とかだって! 俺らの関係がバレたらどうすんだあんた!
さすがにそこまでは言えないが、察しの良いあんたならわかんだろ、という思いを乗せて両手を掴み、俺の目よ、いまこそ口程に物を言え! とばかりにギィィ、と睨みつける。
と。
「寿都君。そんなに触らないでください。どれだけ触っても、何も出ないですよ」
嘘つけーいっ! あんたなんかもう色々出るだろ! 俺を恥ずかしがらせるなんか、その、具体的にはよくわかんねぇけど、さっきの技みたいなのが!
「じゃあ、俺から
ああそうかい。そっちがそう来るなら、こうだ。そうか、俺が関わらなきゃ良いってことなんだな? おおん? 俺だってな、大祐さんのことはちょっとわかりかけてきたんだ。あんた案外、寂しがり屋なんだよな。俺が離れようとすると、ちょっと拗ねるんだよ。離れるってのは、もちろん別れるとかじゃなくて、物理的な話だけど。
それが証拠に――、
「ずるいですよ。買出しに出かけた子が戻ってくるかもしれないから、わざわざ寿都君呼びを続けているのに。下の名前でおねだりしたくなってしまうでしょう」
そんなことを言って、俺の手を頬に当て、瞳を潤ませている。恐らく、この場の『お嬢様』達は演技だと思ってるだろうが、俺にはわかる。これは演技もあるだろうけど、割とガチなやつだ。
クソ、さっきまで色気全開の年上彼氏だったのに、何だよこの可愛さ。
マジで今夜覚えとけな。
その後、俺達が接客した『お嬢様』はオムライスと紅茶を注文し、それを運んだ辺りで買い出しのやつらが戻って来た。よし、これでお役御免だ。
「先生、マジ助かったっす! どうすか、もう少し働いて行きません?」
どうやらかなりの集客効果があったらしく、中曽根がへらへらと揉み手をしながら交渉してきたが、冗談じゃない。それに一応教師陣には校内の見回りという職務もある。そう告げて着替えをしに向かおうとすると、大祐さんが、テーブルの上のスマホに気が付いた。
「先ほどの『お嬢様』の忘れ物ですね。いまなら間に合うかも。ちょっと行ってきます」
「そんじゃ俺は着替えてから見回りに戻ります」
「わかりました。ではまた」
また、という響きに、心臓がどくりと跳ねる。
俺達はこの職場ではそこまで接点のない間柄だ。お互いに担任を受け持っているわけでもないし、多少保健体育の授業で関わりがある程度というか。この学祭でもこれといって大きな仕事を任されているわけでもない。二人共、校内パトロールが主な仕事だ。大祐さんは保健室のある一階を、俺はイベント会場になっている体育館を重点的にお願いしますね、と言われているから、まぁすれ違うくらいはするけれども。
だからつまり、彼の言う『また』というのは、今夜のことを指しているのだ。また連絡します、なのか、またウチで、なのか。いずれにしても。
ローストビーフ仕込んだって言ってたっけな。えっ、ロースビーフって家庭で作れんの?!
いや、それもそうだけど。
『まぁ、食べ頃なのはローストビーフだけじゃないですけど』
それ以外に何が食い頃なのかなんて、尋ねなくてもわかることだ。
ここ最近は学祭準備で忙しかったもんな、うん。
サッと着替えて、中曽根に燕尾服を返却する。まとめてクリーニングに出すらしい。また今度、こういうバリっとしたやつ着てくんねぇかな、などと思ったのはここだけの秘密だ。
さて見回り再開だ、と意気込んで歩き始めたところで、女子生徒が何やらスマホを覗き込み、「マジ尊い」「これもうガチのやつじゃん」「上げよ上げよ」と騒いでいるのが見えた。嫌な予感がする。そう思って、マナー違反と思いつつも、チラリとその画面を見てみれば、ビンゴ。ウチの学生の隠し撮りだ。どう見たって本人達の了承を得ていないやつである。しかもこれはあれだな、C組の白雪姫のやつだな。すげぇ、こうして見ると普通にカップルにしか見えねぇ。って感心している場合じゃない。
「ちょいとお嬢さん達、楽しそうなところ悪いんだけどな?」
一応お客さんだから、にこやかに、出来るだけにこやかに、優しい声を出したつもりだった。
が、悲しいかな。何せ俺はウチの学生共から『筋肉ゴリラ』だの『筋肉ダルマ』だのと陰口を叩かれ、恐れられる体育教師なのである。ある程度免疫のあるウチの生徒ならまだしも、初対面の女子生徒には刺激が強かったらしい。
「す、すみませんでした。いますぐ消します」
「スマホ叩き割りますから、命だけは勘弁してください」
「見逃してください、家には私の帰りを待つ三歳下の妹が」
などと言ってガクガク震えながらスマホを差し出して来た。
待って。君達の目に俺はどう映っているんだ? えっと割らなくて良いけど、見逃しはしません。
きっとこんな時、大祐さんだったらもっとスマートにやれるんだろうな。
そんなことを考えながら、その写真を消去した。
すったもんだで!③~どうして学生に混じってウェイターをやらにゃならんのだ!~ 宇部 松清🐎🎴 @NiKaNa_DaDa
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