6.秘密の真相
6-1
一週間前、王太子から今現在のリデル家にはそぐわない、かしこまった招待状を受け取った。
ちょうど約束のひと月が経つ、本日午後のティータイムへの招待状である。
同伴者も一緒に、という但し書きから読み取れた何かは、恐らく気のせいではないだろう。
王宮へと向かう馬車の中。いつかと同じように、ダンテと二人で向かい合っている。
あの時の御者役はヘンリエッタが務めていたが、今は違う。でもきっと大丈夫。まだ時間はある。それに、ヴィクトリアは自らの従者を信じている。
「事件について、整理をしておきましょう」
冷静さを損なうわけにはいかない。ヴィクトリアは努めて泰然と口を開いた。
「重要なのは動機です」
ヴィクトリアの言葉に、ダンテが微妙な表情で首を傾げた。
「……証拠じゃなくて?」
「ええ、証拠はひとまず考えなくて大丈夫です」
「そう、なのか……? いや、うん。わかった。君が言うならそうなんだろ。えっと、動機な……うーん、動機と言ってもなあ。侯爵を殺したい奴なんてごまんといるだろ…………ん? いや、あれ?」
確かに、頭に疑問符を連ねているダンテの言う通りではある。侯爵を好ましく思わない者は多くいるだろう。
本来、貴族であるというその事実だけで、何か、あるいは誰かを踏みつけて生きているのだ。
ドッドソン侯爵はその上でさらに、高慢と他者への侮蔑を標準装備した人柄である。ヴィクトリアから見て過剰なほど、貴族としての尊大さを誇示し続けていた。例え相手が実弟や実子であろうとも。
その結果多くの恨みを買い常の警戒を余儀なくされようとも、揺らぐことなく、かどうかは知らないが、とにかく自身が信じる貴族であり続けた。
ドッドソン侯爵は、不器用なほど誇り高く在り続けたのだ。
殺害を企てるほどの者がどれだけいるかは分からないが恨む者、憎む者は数知れない。
「それはそうですね。私も含め、侯爵を好まない人物は多くいます。ですが、マクミラン商会を黒幕とするのであれば、その動機は絞られます」
ダンテが今度は反対側に首を傾げた。
「下手人殺害の件もありますし、黒幕はマクミラン商会とすべきです」
「うん…………うん?」
ダンテがうまく呑み込めなかったのが分かった。
そうなる気はしていたが、ここで呑み込めないのならばここから先へは連れて行けない。
「いいですか、ダンテ。一月前にもお話した通り、セオフィラスは間違いなく黒、真っ黒です。彼が黒幕。それは間違いありません。けれどそれは一旦忘れてください」
「え?」
「そもそも、セオフィラスと王太子殿下が共謀しています」
「は?」
「あの時、給仕から毒入りワインを受け取り、ドッドソン侯爵に渡したのは王太子殿下です」
あえて、ヴィクトリアは淡々とたたみ掛けた。
呆然とするダンテの足元に、受け止めきれない真実が、ひと月前は告げなかった真相が散らばってゆく。
「王太子殿下から渡されたものだからこそ、ドッドソン侯爵はそれが毒と分かっていても飲むしかなかったのです」
侯爵だから。
貴族だから。
王というものを、王族を、決して無下には出来ないから。
自身が信じるものに、ドッドソン侯爵は死の間際まで忠実であり続けた。
あの時王太子から下賜されたワインを受け取ったドッドソン侯爵が、口を付けるまでの僅かな間。侯爵の表情に過った絶望と、逡巡と、覚悟を、ヴィクトリアは全て見ていた。
その狂信的なまでの忠節を恐ろしいと思う。
だが、それが爵位を預かるということなのだろう。
多くの民がその爵位に平伏す。その権力に膝を折る。
その上に立つ以上、自身もまたその上に立つ者に絶対的な服従を余儀なくされる。
必要であれば、毒入りのワインすらも飲み干して見せるほどの忠節が求められるのだ。
「ですが、それは一旦、むしろ永遠に忘れてください。それについて言及すれば次は私たちが死にます」
「へ? え?」
ヴィクトリアはあの時、その傷ひとつ付けることを許されない、絶対的な権力に楯突いた。王太子の言葉を否定する。そこで斬り捨てられてもおかしくない行いである。
なんならヴィクトリアこそが、犯人だと断じられる可能性だってあった。
それでもヴィクトリアは爵位を取り戻すために、その首すらも差し出す覚悟で声を上げたのだ。
でも、この誠実で優しい幼馴染にそれを求めることはできない。
ついでに突発的な腹芸に向いてもいない。
「ダンテ。呑み込めないようでしたら、今すぐ馬車を降りることをお勧めします。相手は王太子殿下とセオフィラス。親類だと手心を加えてくれる相手でもありません。余計な言動は死を招きます。そう思っているべきでしょう」
ダンテはしばし戸惑うような表情を浮かべたが、目を閉じて一呼吸置いてから意を決したように居住まいを正した。
「……いや、分かった。すまん。大丈夫だ。続けてくれ。知っておいた方が迂闊な反応をせずに済む」
「行かない、という選択肢もあります」
「いや、大丈夫だ。行く」
「セオフィラスは苦手でしょう? 何も自らかかわりに行くこともないかと思いますよ?」
「そんなことは……………………あー……まあ、確かに苦手だけど、でも…………うー、その、ドッドソン侯爵はあんなでも俺の父親、だし。ことの顛末を見届けるのは息子としての、義務……みたいなもんだろ」
嘘を口にする時、そんなにも目を泳がせる人間もいない気がする。
本音は「ヴィクトリアが心配だから」。でも今それを言えば、ヴィクトリアが固辞することは理解している。
拙い嘘が、ダンテの誠実さで、優しさでもある。
その嘘が少しだけ嬉しくて、同じくらい、いや、ほんの少しだけ、本当に少しだけ、ヴィクトリアには複雑だったりもするのだが、それは今問題にすべきことではないだろう。
「……わかりました。では、続けますね」
とにかく、絶対について行く気だ、というのは伝わってきた。
「恐らく、セオフィラスと王太子殿下にとって何かがあったんです。ドッドソン侯爵殺害に至る何かが」
ダンテは、真剣な表情のまま今度は無言で頷いた。
「セオフィラスと王太子殿下、さらにドッドソン侯爵。その組み合わせであればマクミラン商会絡みでしょう。マクミラン商会は元々ドッドソン侯爵家で始まった商いではありますが、現在の規模になったのは商会がドッドソン侯爵の弟であるキャロル侯爵の手に渡ってからです」
数十年前の社交界で名を馳せたドッドソン家の三兄弟。
後に長男はドッドソン侯爵、次男はキャロル侯爵、そして三男はリデル伯爵と呼ばれるに至るわけだが、元々次男は侯爵ではなかった。彼が継いだ最たるものは、家業でもあったマクミラン商会である。
そこまでは、何の問題も無い。無かったはずだ。
ただ、その後に、次男には降嫁した王妹が奥方として与えられた。
転機があったとすれば、この出来事だろう。
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