第21話 なんであなたが励ますんですか

「今日は楽しかった。ありがとう春香」

「いや、こちらこそ来てくれてありがとう。それで入部する決意は固まった?」

「悪い。入部は遠慮させてもらうよ。やっぱり静香たちがいないとあまり楽しくなくてな」

「そっか……それは残念だな。今日はありがとうメアリーさん。気が変わったらいつでも入部してくれ。いつでもウェルカムだから」


 部活見学というか体験が終わり、春香にお礼を言うメアリー。

 改めて春香から勧誘を受けたメアリーは、申し訳なさそうに断る。


 メアリー自身、バレーをしている時はずっと生き生きしていたし楽しかったことは間違いない。


 だが、静香と一緒にできないことが不満だったらしくメアリーは女子バレー部には入部しなかった。


 断られた春香も残念そうな表情を浮かべたが、メアリーに気を使わせないために笑顔を振舞い、後片付けに戻る。


「お待たせ静香」

「ううん。それよりも良かったんですか、入部断って。とても楽しそうでしたよ」


 後片付けと着替えを終えたメアリーが静香たちの元へとやってくる。

 運動後のせいか、体は汗ばんでおり汗と制汗剤の匂いが漂ってくる。


 静香はなぜ入部を断ったのか気になり、疑問をぶつける。


「静香たちが入部できないからな。だから断った。それ以外ない」


 メアリーは静香たちとすることに重きを置いており、それで断ったらしい。


「運動はしょうがないですよ、基本男女別々でやるものですから」

「そうらしいな。なら我が男子の方でプレーをすれば良くないか。そうしたらもう少し手加減しなくても済むしな」

「そういう問題じゃなくてですね。男子だったら今度はメアリーさんがプレイできませんよ。それに手加減していたんですか。あれで」

「あっ……、ん……」

「メアリーさんは見栄っ張りなんだよ~。本気を出してない俺、格好良い的な?」


 帆波の言うとおり、男女には肉体的な差があるため基本運動は男女別で行われる。


 だから女子バレー部には静香たち男の娘は入部できない。


 なら男子バレー部に入部しようとするメアリーを帆波は呆れ顔で性差を諭そうとする。


 そこでメアリーが手加減していたことを知り、驚愕する。

 メアリーのプレイはバレー初心者とは思えないほど上手く、前オリンピックで見た女子選手の技術と同等かそれ以上の技量があったように見えた。


 それは失言だったのか、メアリーは罰の悪い表情を浮かべ、天音が苦笑いを浮かべながら誤魔化そうとしていた。


 ちなみにこの時、天音はメアリのお尻をつねっていたらしい。


「……今のは静香に良いところを見せたくての見栄だ……」


 メアリーの歯切れが悪いことからこれも嘘だと分かる。

 本当にメアリーは嘘が分かりやすい。


「でも本当に良いんですか。とても楽しそうでしたよ」

「本当に良いんだ。静香の隣にいれることより幸せなことはないからな」


 やりたいことがあるならやるべきだと静香は思う。

 高校生という期間は、人生でたった三年しかない。

 高校生を終えたらもう二度と高校生にはなれない。


 バレーをしている時のメアリーはとても楽しそうで、静香はやるべきだと思ったがメアリーの意思は変わらなかった。


 メアリーにとってバレーよりも静香の隣にいる方が重要らしく、なぜか静香を抱きしめてきた。


 運動していたせいか、メアリーの体温は温かく汗と制汗剤の混ざった匂いがした。

 その匂いを嗅いだ瞬間、不快どころかむしろ懐かしさを覚えた。

 胸の柔らかい弾力が頭を包み込む。


「すまない。嫌だったよな」

「……いえ、別に」


 友達以上のスキンシップをしてしまったことに慌てて気づいたメアリーは、静香から離れる。


 懐かしさを感じていた静香は返事を返すまで一拍遅れてしまった。


「静香、メアリーの汗の匂いで興奮してたな~。へんた~い」

「そんな性癖があったんですかっ。初耳です」

「静香ちゃんは女の子の汗の匂いが好き……」

「そんな性癖ないから帆波ちゃん。月ちゃんも真に受けないで。天音ちゃんも変なこと言わないで」


 天音が変なことを言ったせいで、帆波と月が真に受ける。

 勝手に変な性癖があることを捏造された静香は慌てて弁明をする。


 そのおかげか分からないが、静香とメアリーの間にあった重たい空気がいつの間にか霧散していた。


「……天音に騙されるなんて、一生の不覚……」


 天音に騙されたことがよっぽどショックだったらしく、帆波は一人落ち込んでいた。


「ドンマイ」

「なんであなたが励ますんですかっ」


 わざとやっているとしか思えないほど、天音は帆波の肩を叩き油を注ぐ。

 そんなに煽られたら帆波じゃなくても声を荒げるだろう。


「愉快な人たちだ」


 そんな四人をメアリーは一歩引いたところから見守っていた。


 まるでお母さんだ。


「ほらー、早く帰らないと下校時間すぎちゃうよー」


 バレー部部長の春香がまだ体育館で駄弁っていた五人に注意喚起する。


 まだ四月ということもあり、七時を超えると辺りも暗くなる。


「なんか夜遅くまで学校にいると、妙にワクワクするよね~」

「分かる~。夜の学校で非日常的でワクワクするよね~」


 帰路につきながら、天音と静香は夜の学校で感じた高揚感について語り合う。


 いつも見ている昼間の学校とは違い、夜の学校はなんだか非日常的で好奇心が掻き立てられる。

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