第8話 人は死んだらもう二度と生き返らない
「似ているよ。もし今、静香が『私は静江です。メアリーさん覚えてますか』と言えば信じてしまうくらいにはな」
帆波と静香の会話に戻って来たメアリーが肯定する。
その声は慈愛に満ちていたとても優しく、なにかを思い出すかのように懐かしそうな表情を浮かべていた。
「ちょっと聞いてよ~。メアリーってすぐ怒るし怖いんだよ~。小姑だ小姑」
「それは天音が騒がしくてちょっかいかけるからでしょ」
「帆波がメアリーの味方をしているっ。なにに懐柔されたの~」
天音の文句を一蹴する帆波。
きっと天音からメアリーにちょっかいをかけて怒られただけだろう。
こういうのは軽くあしらうのが吉である。
「はい、オレンジジュースだ」
「ありがとうございます」
メアリーからオレンジジュースを受け取り、静香は軽く頭を下げる。
「天音ちゃんってやっぱり凄いよね。初対面でもあんなに臆することなく話せて」
「天音ちゃんは社交的だからね」
「もっと褒めるが良い。帆波も褒めて良いんだぞ。社交的な私を」
「はいはい、凄いですね天音は。社交的で誰とでもすぐに話せて」
「全く心がこもっていなーい」
飲み物コーナーから戻って来た月は天音の誰とでも打ち解ける姿を見て羨ましそうに呟いた。
静香も同調すると、嬉しかったのか天音は尊大な態度をとる。
称賛の強要する天音が面倒臭かった帆波は適当に褒めると、それが気に食わなかった天音はまた文句を言う。
帆波も天音もいつも通りである。
「とても仲が良いんだな。君たちは」
そんなやり取りを見ていたメアリーは薄っすらと笑い、とても嬉しそうだった。
「お待たせしました。フライドポテトです」
「揚げたて~。おいしそう~」
頼んでいたフライドポテトが届き、それを見た天音は今にも涎を垂らしそうな表情を浮かべている。
揚げたてのフライドポテトの匂いに静香も唾液腺が反応し、口の中に唾液が広がる。
この時間帯、育ち盛りの高校生はお腹ペコペコである。
「いただきます」
それは静香も例外ではなく、火傷しないようにフライドポテトを冷ましてから一口頬張る。
外はカリッ、中はホクホクしていておいしい。
「あっつ、揚げたてだからあっつ」
「冷まさないで食べるからそうなるんです」
「天音ちゃん、ジュース飲んで口の中冷やして」
熱々のフライドポテトを冷まさないで食べた天音は悶絶している。
そんな馬鹿な天音を見て帆波は呆れ、月は心配そうにジュースを天音に渡す。
「全く、冷まして食べないと口の中が火傷するぞ」
メアリーにまで心配されていた。
「おいしそうに食べてる顔も静江そっくりだ」
静香を見ているとどうしても静江のことを思い出してしまうのだろう。
おいしそうに食べている静香を見ているメアリーはどこか遠い景色を見ているようだった。
「でもお前は静江ではないんだよな」
「……えっ」
予想外なメアリーのセリフに静香の口から変な声が出てしまう。
今まで散々『静香』のことを『静江の生まれ変わり』だと言っていたのに、一体どういう風の吹き回しだろうか。
他の友達もメアリーの予想外なセリフに反応し、メアリーを見つめる。
「静香があまりにも静江に似ていたせいで気が動転していたのかもしれない。人は死んだらもう二度と生き返らない。静江は生まれ変わってももう一度我のつがいになりたいと言っていたが死んだことがない我は生まれ変わりが本当にあるのかも分からぬ。それに我を初めて見た静香の反応は初対面の人の反応だった。すまなかった静香。おかげで目が覚めた」
時間が経ち、少しずつ冷静さを取り戻したメアリーは改めて静香は静江ではないと気づいた。
メアリーは今までの非礼を詫びるように頭を下げる。
それはきっと喜ばしいことだ。
静香は静江ではない。
静香視点、それは分かりきっていたことだ。
だけど、どうしてだろう。
誤解が解けたのに、逆に静香の心はモヤモヤする。
「世の中には自分に似た人間が三人いるらしいからな。もしかしたら静江に似ている人がもう二人いるのかもしれないしな」
非礼を詫びたメアリーが明るく声を出すが、それが空元気だということは火を見るよりも明らかだった。
「メアリーの誤解も解けたことだし、これで一件落着だね」
空気が重くなったことを察したのか、天音が明るくこの話題を締めようとする。
「でも静香に出会えたおかげで希望が持てた。もしかしたら静江の生まれ変わりに会えるかもしれない。その希望が持てただけでも今は十分だ。ありがとう、静香」
「いえ、……誤解が解けたのならそれは良かったです。私もメアリーさんが静江さんの生まれ変わりに出会えることを微々ながら応援してます」
メアリーは静香にお礼を言うが、静香はそれを素直に受け取ることができなかった。
メアリーが勘違いを認めたことは素直に嬉しい。これで付きまとわれなくて済むだろう。
メアリーは赤の他人だ。
だから静香がなにかしてあげる義理はない。
だけどなぜ心がざわつくのだろう。
その後、五人はフライドポテトを食べながらメアリーと静江の思い出話を聞いたり、他愛もない雑談をした。
最初は話が通じないキチガイだと思っていたが話せば話すほど、普通に会話ができると分かり、最後の方は静香だけではなく帆波たちもメアリーの警戒心を解いていた。
ほんの少しだけ、メアリ―といて居心地が良いと静香は思った。
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