第一章 私は石川静江ではありません

第2話 転生? 三百年前? つがい? 吸血鬼?

 その女性は静香に出会えた瞬間、あまりにも嬉しかったのか静香を抱きしめる。

 身長差が二十センチ以上あるせいで静香の顔が女性の胸にスッポリ埋まってしまう。


 女性の良い匂いと胸の柔らかい感触が静香を包み込む。


 いきなり抱き着かれた静香は嫌悪を感じ、その女性を押しのける。


「い、いきなりなにをするんですかー。変態ですかっ、あなたは」


 一瞬だけなぜか懐かしさを感じたが、いきなり抱き着いてきた痴女に静香は抗議をする。


「なぜそんなに我を拒絶するんだい。せっかく君に会えたのに」


 しかしその女性はなぜハグを拒絶されたのか分からないらしく、首を傾げている。


「それに静江って誰ですかっ。私は静香です。静江ではありません。人違いです」

「君は静江じゃないのか」

「違います。人違いです」


 それに静香は静香であり、静江ではない。


 だから静香はこの女性に勘違いをしていることを指摘するものの、この女性は納得していないらしく不服そうな表情を浮かべている。


 そもそもこの女性は静香を静江と勘違いしているのだから、明らかに人違いである。


 それに静香自身、この人との面識は一切ない。


 もし、こんなに印象的な女性に一度でも会ったら記憶のどこかに残っているだろう。


 それぐらいこの女性は身長も高く、胸も大きく妖艶で忘れられないぐらい印象的な女性だった。


「そっか。転生したから我の記憶を忘れているのだろう。我はメアリー・ブラッドリー。三百年前、君のつがいだった吸血鬼だ」

「……はぁ……?」


 目の前の女性、メアリーは一人で納得している。


 転生? 三百年前? つがい? 吸血鬼?


 この女性はもしかしたら、結構ヤバい女性なのかもしれない。

 きっとメアリーの中ではそういう設定で、中二病をこじらせてしまったまま大人になってしまったのだろう。


 静香は痛い子を見るような目でメアリ―を見つめた。


「思い出してはくれないか。三百年前、あんなにも二人で愛を誓い合ったのに」


 新手のナンパにしてはすぐにバレる嘘を吐くものだ。

 メアリ―は悲しそうに呟いているが、静香にこんな知り合いはいないし、メアリ―の妄想に付き合うほど静香も暇ではない。


「すみませんが、学校に遅刻するので失礼します」


 見ず知らずの女性に話しかけられて遅刻なんて、恥ずかしくて言えない。

 それにそんなことを言っても嘘だと言われて信じてもらえるわけがない。


 静香は軽く会釈をしてからメアリ―の横を通り過ぎようとすると、逃したくなかったのかメアリ―は静香の手を掴む。


 その力はあまりにも強く、ビクともしなかった。


「待ってくれ静江。いや、今は静香と言うんだな。君は間違いなく静江の生まれ変わりだ。でなかったら我に気づくはずがない」

「いや、言ってる意味が全然分からないですよ。普通、こんな印象的な女性だったら誰だって気づくでしょ。それに離してください。警察呼びますよ」


 意味不明なことを言っているメアリ―に静香は眉をひそめる。


 ガチでこの女性はヤバい。


 君は〇〇の生まれ変わりだとか、我に気づくわけがないってメアリーはかなり中二病をこじらせているようだ。


 変な女に捕まってしまったものだ。


 静香は無理矢理この手を振りほどこうとするものの、メアリ―の手は全く動かない。


「少しで良い。三百年ぶりにまた君に会えたんだ。もっとそばにいさせてくれ」

「いい加減にしてください」


 悲しそうに懇願するメアリ―を見て、一瞬だけ同情してしまった静香だったが、その女性の執念と力に恐怖を感じた静香は自分を守るために、メアリ―の股間を蹴り上げる。


「っ……」


 静香の蹴りは見事、メアリ―の股間にクリーンヒットしメアリ―は苦悶の表情を浮かべる。


 静香は力が緩んだ一瞬のスキも見逃さず、メアリ―から逃げ出す。


「待ってくれ静江、いや静香。話だけでも聞いてくれ」


 股間を押さえながらメアリ―は叫んでいるが、あんなヤバい女性とはもう二度と関わりたくなかった静香は振り返ることなく、全速力でその場から逃げる。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 身の危険を感じた静香はマラソン大会とか比べものにならないぐらい全速力で走った。


 そのせいで学校に着く頃には体中汗でベタベタで、肺もわき腹も痛く酸欠で、もうすでに一日分の疲労が溜まり最悪だった。




 脱兎のごとく逃げる静江……いや静香をメアリ―は股間の痛みをこらえながら見送った。

 メアリーは間違いなく静香が静江の生まれ変わりだと確信していた。


 でなければメアリ―の存在に気づくわけがないからだ。


 吸血鬼の能力の一つに認識阻害というものがある。


 簡単に言えば、実際にメアリ―が目の前にいたとしても人間は認識できないということだ。


 これは自分の意思でオンオフができるので、買い物とかする時はオフにして買い物をしている。


 しかし、ごく稀に認識阻害が効かない人間がいる。


 それが約三百年前に共に過ごした静江だった。


 そして静香という男の娘にもメアリ―の認識阻害は効いていなかった。


 見た目も静江と瓜二つで認識阻害が通じない。


 間違いなく、静香は静江の生まれ変わりだ。


 この三百年、メアリーは一人待ち続けていた。


 それは孤独という名の地獄だった。

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