15-10.夢幻迷宮(2)


 サトゥーです。世の中には自分と同じ顔の人が三人いると言いますが、出会う確率から考えると、他人のそら似というのはもっと数が多いと思うのです。





「あ、あの、これは、その」


 鋼鉄ゴーレムの向こうに現れたリートディルト嬢の姿に、カリナ嬢がしどろもどろになる。

 だが、オレにはそれよりも気になる事・・・・・があった。


「ちょ、ちょっとご主人様、どうしよう?」

「どうもしないさ」


 少し動揺したアリサの言葉を軽く流し、ぽんぽんと彼女の肩を叩いてリートディルト・・・・・・・を指差す。


「――あっ」

「分かったか?」

「う、うん。わたしが代わりにやろうか?」

「いや、気持ちだけ貰っておくよ」


 あまりやりたくないが、子供達に押し付けるのは間違っている。

 オレが対処・・するべきだろう。


「サ、サトゥー」

「大丈夫ですよ」


 不安そうなカリナ嬢に頷いてから、彼女の前に進み出る。


「……う、うう」


 ゴーレムの残骸の影から呻き声が届く。

 おっと、こっちが先だね。


 オレは踏みつぶされて瀕死になっている冒険者達を無詠唱・・・の治癒魔法で癒やし、そのまま無詠唱の精神魔法で眠らせた。

 危急の用事が終わったので、リートディルト・・・・・・・に向き直る。


「あら? あなたが説明してくれるのかし――」


 最後まで言わせずにリートディルトの腹を蹴り飛ばし、後ろで棒立ちする従者の列にぶつける。

 さらにダメ押しの土魔法「螺旋石筍トス・ドリルストーン」で従者もろとも串刺しにした。


「ご、ご主人様?」

「サ、サトゥー?」


 オレの蛮行を見たリザとカリナ嬢が、後ろで動揺した声を上げた。

 他の子達も反応は違えど同様だ。


「うわ、えっぐ」

「なんくるないさ~?」


 反応が違うのはアリサとタマだけ。


 だが、二人以外の声が尻すぼみに消えていく。


「うひゃあ、ドッペルゲンガー・・・・・・ってあんななのね」

「のっぺらぼ~?」

「どろりと解けちゃったのです」

「マスター、情報提供を希望します」


 オレはログをチラリと見てから、仲間達に説明する。

 もっとも、アリサの一言がほぼ全てだ。


「さっきの魔物はドッペルゲンガーっていう人の姿と記憶の一部を盗み取るヤツなんだ」


 最初はアリサまで騙されていたが、ちゃんと鑑定すればすぐに判る。

 そもそも、マーカーを付けてある本物のリートディルト嬢がレーダー圏内に入ってきて、オレが気がつかないわけがないのだ。


「迷宮の中では知っている人に出会っても油断しちゃダメだよ?」


 オレの言葉に仲間達が元気よく肯定の返事をした。


 仲間達にああ言ったモノの、今まで会った人からも注意がなかったし、迷宮内にも他にいない事からして、高レベル冒険者の大量侵入に焦った「迷宮の主ダンジョンマスター」が新たに用意したのだろう。

 ドッペルゲンガー達や鋼鉄ゴーレムが現れたのは、長い回廊の先に大部屋が一つある通路で、終点の部屋には水攻めや麻痺などの罠が満載されていた。


 おそらく、さっきのドッペルゲンガー達に誘導させようとしていたんだと思う。


 なお、もう少し穏便な倒し方もあったのだが、仲間達が行動する前に倒しておきたかったので、あんな無茶な感じになった。

 仲間達が人の姿をした存在を殺す姿を見たくなかったんだよね。



「技の中に名前が入っているのはまずいわね」

「――うっ」

「どうして~?」

「格好いいのですよ?」


 アリサの苦言にカリナ嬢が口ごもり、タマとポチが擁護する。


「姿を隠していても、さっきみたいに技名のせいでピンチになる事があるでしょ?」

「う~っぷす~?」

「あっ、なのです」


 説明を受けてタマとポチが驚きの声を上げた。

 もしかして、今初めて気が付いたのだろうか?


「改名を勧めると助言します」

「そうですね……」


 ナナが平静な声で発言し、リザが言いよどむ。


 オレとしてはカリナ嬢のうっかりは許容範囲なので、矯正する予定はなかったのだが、仲間達はそう思わなかったようだ。


「サ、サトゥーも変えるべきだと言ったりしないですわよね?」

「ええ、大丈夫ですよ――」


 オレが肯定するとカリナ嬢が安堵の表情を浮かべる。


「――偽装が必要なミッションの時はお留守番をしていればいいんですから」


 にこやかな表情でフォローしたのに、カリナ嬢の顔には「裏切られましたわ」とモノローグが付きそうな表情が浮かんでいた。


 ――解せぬ。


「それじゃ、カリナサマも同意したって事で――」


 意気消沈するカリナ嬢の横で、アリサが新技名募集を始める。


「第一回ぃ~、カリナキック新技名ぇ~、命名大会ぃ~」


 妙な抑揚を付けているから、きっと何か元ネタがあるのだろう。


「ここは無難に『おっぱいキック』かしら?」

「アリサ、マジメになさい。『ジャンプキック』でよろしいのでは?」

「『イナズマ・フォール』が良いと提案します」

「むぅ、急降下蹴撃」


 アリサのふざけた発言をリザが窘め、ナナやミーアが無難な名前を提案する。

 そして――。


「にくあたっく~?」

「ハンバーグの方が強そうなのです。ハンバーグキックが良いのです!」


 ――タマとポチのそんな発言をきっかけに料理名風の技名ばかりとなり、命名大会は途中閉幕となってしまったようだ。





「ここがフィギュアの見付かった場所?」


 アリサが迷宮の中にある神殿のような場所で首を傾げる。

 アニメフィギュアとのギャップを感じているのだろう。


「違うよ、その神殿の中に隠し通路があって、その先らしい」


 神殿の中に入ると、いくつもの石像が飾られている。


「うわっ、星鬼娘にラブリーモモ、それに宇宙の戦士ランダムのメカ娘バージョンまである。ここ作ったヤツってそうとう年季の入ったマニアね」


 アリサが感嘆の声を上げているが、オレはこの中の半分も元ネタが判らなかった。

 興奮するアリサの手を引いて俺達は隠し扉を抜けた。


「霧が濃いですね。タマ、ポチ、周辺警戒をなさい」

「あいあいさ~?」

「らじゃなのです」


 タマが耳に手を当てて集音強化し、ポチは目を閉じてクンクンと周囲の匂いを嗅ぐ。


 やがて、霧の向こうに建物の陰が見えた。

 ここが灰色の岩が立ち並ぶ幻の街らしい。


「灰色の岩街って感じね」

「ああ、石化したアキバみたいだね」


 ここはさほど広い場所じゃないようだが、いくつかのビルやアスファルト風の地面が石を削ることで再現されている。

 見覚えのある町並みに、見知らぬ名前の看板――恐らく、この街の実物サイズ模型を作ったのは、オレと似た日本に住んでいた転生者、あるいは転移者なのだろう。


「こっちのアップライト筐体も、中身は空ね」

「そうみたいだな」


 どうやら、ここには他に特筆すべきモノはないようだ。


「ご主人様!」

「マスター、発見したと告げます」


 ルルとナナの声の方に行くと、半分石になったマンガ本が転がっていた。

 その横にはいくつものできそこないのフィギュアが積み上げられている。


 どうやら、石を物質変化させて作り上げていたらしい。


「ご主人様、あれ!」


 アリサが指差す先には毛筆で書き殴ったような文字が書いてあった。


「『カエリタイ』か――」


 乱筆で読みにくいが、カタカナで確かにそう書かれてあった。


 元の世界へと通じるゲートではなかったが、ここに転生者もしくは転移者が来た事は確実のようだ。

 もしかしたら、この迷宮にいる魔王が武器を生み出したのと同様の方法で作った物なのかもしれない。





「そういえば、本物のくっころさんも迷宮にいるの?」

「ああ、中層辺りを探索しているよ」


 迷宮に入った時に既にそんな場所にいた。


 きっと、昨日の乱入事件からさほど間を置かずに迷宮へ突撃したのだろう。

 無理な行軍をしているのか、リートディルト嬢のスタミナ・ゲージが半分以上なくなっている。


「――あれ?」

「どうしたの?」


 マップに表示されたリートディルト嬢の状態が「恐慌」になっていた。

 彼女のいる部屋を空間魔法の「遠映リモート・ビュー」で見てみると――。


「なんだか大変な事態になっているみたいだ」


 遠映リモート・ビューの魔法がオレの脳裏に映す映像と音声は、パニック映画さながらの阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


『う、うわっ、スライムの中に何かいるぞ』

『ま、魔術師殿? 魔術師殿がどこにもおられません!』

『へ、蛇がスライムの中にいるぞ!』

『リートディルト様だけでもお逃げ下さい!』

『貴様らを置いて逃げるわけにはいかん』


 先ほどのオレ達を嵌めようとした罠と同じような部屋で、リートディルト嬢一行がスライムの海に沈んでいる。

 しかも、その中にはスライムと共生する「粘液蛭スライム・リーチ」という名前の触手状の魔物がおり、巻き付いた相手を拘束して共生するスライムに引きずり込んで窒息死させるみたいだ。


 範囲攻撃系のスキルでスライムを倒しているが、ゲームのように死骸が消えるわけではないので、解決になっていない。

 さながら、スライムを利用した水攻めのようだ。


 なお、スライムはレイク・スライムという名前で、普通のものとは違い魔物の一種らしい。


『この程度のスライムなど、焼き払ってくれる!』

『馬鹿者! ここは地下だぞ!』

『このまま食われるくらいなら窒息死の方がマシだ!』


 まずいな……やけになった魔法使いが上級の火炎魔法を唱え始めた。

 あんな閉鎖空間で使ったら、全員大火傷くらいでは済まないはず。


『諦めるな! この程度の敵に後れをとるような我らではない!』


 絶望のあまり狂乱する仲間達をリートディルト嬢の涼やかな声が諫める。

 リートディルト嬢が両手の魔剣に魔力を流し、赤い輝きが仲間達を照らした。


宮殿騎士テンプル・ナイトの本気は――』


 そして、キリッとした表情のまま両足に絡みついた粘液蛭スライム・リーチ達に、レイク・スライムの中へと一瞬で引きずり込まれてしまった。


 あまりのポンコツっぷりにリアクションに困ってしまう。


『リートディルト様の仇!』


 魔法使いが上級魔法を放ち、血涙を流しながら叫んだ。


 いやいや、まだ死んでないから。





「うわっ、エロいわね」


 空間魔法で引き寄せたリートディルト嬢達を床に並べる。


 ここは先ほどのドッペルゲンガーと対峙した場所の先にあった部屋の一つだ。

 もちろん、罠部屋の方ではない。


 アリサが言うように、鎧や衣服が乱れたうえに白濁した粘液にまみれたリートディルト嬢は、18禁な世界の住人に見えてしまう。

 白濁粘液の正体は、火魔法で加熱されて変質したスライムの残骸だ。


 リートディルト嬢と女魔術師はルル達に介護を任せ、むくつけき男達はオレが一纏めに治癒魔法と生活魔法で原状復帰する。

 半数ほどは上級火魔法で黒焦げになっていたが、本人のレベルや耐性、それから装備や補助魔法のお陰でギリギリ死者もなく生存していたのだ。


 スライムに溺れて窒息していた者は、オリジナル魔法の「人命救助:呼吸」で回復させた。

 今のところ活躍の機会はないが、心臓に電気ショックを与える「人命救助:AED」というのもある。


「こ、ここは――」

「お気づきですか?」


 一番最初に目を覚ましたリートディルト嬢が掠れた声で呟く。


 彼女達の乱れた着衣は、可能な範囲でルル達がなんとかしてくれた。

 無理な動きをするとまた破れてしまうので、迂闊そうなリートディルト嬢には注意が必要だろう。


「――生きているのか」


 リートディルト嬢が顔の前に伸ばした指を見つめ、辛そうに半身を起こそうと身をよじる。

 身体に力が入らないようなので、彼女の背中を支えて起こしてやる。


「良かった、みんな無事か……」


 自分の近くに寝かされた仲間達を視界に収めて、リートディルト嬢が安堵の吐息をついた。

 声の掠れたリートディルト嬢に水の入ったカップを差し出す。


「ああ、すまない――」


 カップを傾けたリートディルト嬢と目が合う。

 弛緩していた彼女の表情が一瞬で変わり、大きく目を見開いた。


「――お前は、サトゥー!」


 リートディルト嬢が口から水を溢れさせながら、瞬動まで使って勢いよく後退る。

 お約束通りに、応急処置を施しただけだった彼女の鎧と服が動きに耐えきれずに飛び散った。


「ひゃあぁ――」


 慌てて手で薄い胸部を隠す。

 オレは格納鞄から取り出した布を傍らで見物していたタマに手渡す。


「任せた」

「あい~」


 タマがしゃがんだ状態で瞬動を発動し、リートディルト嬢の前に移動する。

 もしかして、さっきのリートディルト嬢の動きをマネしたのだろうか?


「使う~?」

「か、感謝する」


 彼女が布を巻き終わったのを確認してから、警戒させないようにゆっくりと歩み寄る。


「先ほどは驚きました。この部屋で休憩していたら、急に空中からリートディルト様達が現れたのですから」

「――空中から、現れた?」


 オレが詐術スキルの助けを借りて捏造した話を聞いて、リートディルト嬢が信じられないと言うように眉を顰める。


「ええ、優秀な空間魔法使いの方がいらっしゃるんですね」

「い、いや、私の部下に空間魔法使いはいない」

「では、イタチ帝国の緊急脱出系の魔法装置でしたか。そのような貴重なモノを下賜されるとは、皇帝陛下は宮殿騎士団テンプル・ナイツを大切にしているのですね」

「あ、ああ――そうだな」


 無理やりいい話系に持ち込んで丸め込めた。

 ここは上層もいいところなので、普通に考えて中層にいた彼女達の危機を救えるはずがないからね。





「では失礼いたします。出口は近くですがお気を付けて」

「ああ、貴公らも気を付けろ。この迷宮はどこか他と違う――」


 目を覚ました仲間達を率いてリートディルト嬢が出口に向かって歩を進める。


「サトゥー、宮殿騎士団テンプル・ナイツに興味は――いや、貴公はシガ王国の重鎮であったな。先ほどの支援と治療に感謝する。礼は後日改めて」


 リートディルト嬢はオレを勧誘したそうにしていたが、途中で思い直して最後まで語らずに去っていった。

 気のせいか、彼女の視線が和らいでいたように思える。


「ちょっと~、ぽこぽこフラグ立てるの止めてよね」

「ん、八方美人」

「そうだね、気を付けるよ」


 アリサとミーアの苦情を軽く流し、オレ達は迷宮行に戻った。

 今日の目的地は勇者の中継基地だ。


 オレは迷宮で無双する仲間達の勇姿を眺めながら、勇者との再会記念にどんな日本料理を振る舞うか、頭を悩ませていた。


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