15-4.普通の街
サトゥーです。列車の旅は好きな方ですが、通勤電車には嫌な思い出しかありません。毎日限界まですし詰めにされていると、心まで摩耗していく気がするのです。きっと満員電車がなくなればサラリーマンのストレスも三割減くらいにはなるのではないでしょうか?
◇
「革命、なのです!」
「うっぎゃぁああああああ」
ズビシッと指差すポチの前で、アリサが紫色の髪を振り乱して叫ぶ。
「これがミンミンの五穀豊穣なのです!」
トランプを片手にポチがシュピッのポーズを決めているが、間違いすぎててどこから突っ込めば良いか迷う。
とりあえず、アリサは大富豪が弱いようだ。
「それを言うなら、『貧民の下剋上』だと訂正します」
「さすがはナナなのです! ポチもそう言おうと思っていたのです――本当なのですよ?」
ナナの指摘をポチが称賛する。
最後の方の言葉に迷いがあったので、きっと本当じゃないのだろう。
「サトゥー、もう出かけるの?」
「ああ、皇帝像付近に動きがあったみたいだから、ちょっと出かけてくるよ」
オレが腕に下げたイタチスーツに気付いたヒカルが声を掛けてきた。
どうやら、ヒカル達は神経衰弱をしているようだ。
「殿下は強いんですね」
「この遊びは暗記するだけですから、簡単なのです」
「ティナってば、一人勝ちだもんね」
「ええ、私もトランプは強い方なんですが、神経衰弱では殿下に勝てそうにありません」
ヒカルが王女を愛称で呼ぶ。ゼナさんはブツブツとカードの位置を復唱して暗記中らしい。
ポーカーでは無類の強さを誇るセーラも、暗記勝負の神経衰弱は弱いようだ。
「タマ、気を付けて行くのですよ」
「ポチの分まで頑張るのです」
「あいあいさ~?」
獣娘達の会話が終わったところで、オレはタマを連れて先日の村の近くまでユニット配置で転移した。
◇
「ふむぅ、手紙は本当であったか……こんなに早く穢れが溜るとは、この村の者は少し血の気が多すぎるのではないか?」
皇帝像の交換作業を見守る文官風の服を着たイタチ人が顎に手を当てて呟く。
実際の交換作業は、魔法使い風の男女が術理魔法で行なっているようだ。
「ホック様、固定化完了いたしました」
「皇帝像の瘴気度は設置期間相当です。魔力だけが突出して溜まっていたようですね」
オレ達の魔法道具から漏れた魔力のせいだろう。
あの魔法使い風の男女は、なかなか分析力が高いようだ。
「ふむぅ、マイアズマ紙が青色で、マナ紙が限界の紫色か……確かにお前達の分析通りだ。だが、せっかくここまで来たのだ。これはこのまま持ち帰ろう」
「そうですね。無駄骨は嫌ですし、研究員達にもたまには仕事をさせないと、帝国軍の連中から給料泥棒よばわりされますからね」
魔法使い達が短冊サイズのリトマス紙のような物を文官に手渡している。
どうやら、あれが魔力値や瘴気値の簡易計測道具なのだろう。
魔力はともかく、瘴気をどうやって測るのか知りたい。
彼らの言う研究員達の中に横流ししてくれる者がいないか探してみよう。
消耗品みたいだし、研究所の外で生産しているなら、出入り業者から普通に買えそうな気もする。
◇
「マギュバ市へのキップは1枚30スェン、子供は1枚20スェンだ」
「二人分頼む」
臨時駅でキップ売りをする車掌から、煙車の切符を購入する。
スェンはイタチ帝国の通貨の単位で、青銅貨1枚の事を1スェンと言うそうだ。
そういえば、貨幣に呼び名がある国は初めてかもしれない。
呼び方が一種類だと言語スキルが、●●銅貨のように翻訳してしまうのかもね。
覚えるのが面倒だから構わないけど、異国情緒が少し減る気がしないでもない。
「はい、確かに。マギュバ市から先に行くなら、向こうの駅にある切符売り場か、次の煙車の車掌から切符を買ってくれ」
イタチ人の車掌が切符を渡しながら、そんな情報をくれた。
わりと大らかなシステムらしい。
オレは車掌に礼を言って、タマと二人で2両編成の煙車に向かう。
「二等市民は一般車両しか乗れないから、煙車のすぐ後ろにある貴賓車両には行かないようにしてくれよ」
「ああ、わかったよ」
オレは車掌の注意に首肯して、一般車両へと乗り込んだ。
こちらは自由席らしい。近隣の村からマギュバ市へ行商に向かう村人達が大きな荷物を網棚に上げている。
「いた~」
「静かに」
「あい」
オレ達は転移魔法で先回りしていたので、皇帝像を運ぶ文官達は今ようやく到着したようだ。
彼らを待っていたのか、彼らが乗車するなり発車の汽笛が鳴った。
マップで追跡して、彼らがマギュバ市に到着してから転移で追いついた方が効率的なのだが、
ここでは簡易検査もなかったので、マギュバ市に到着してから再確認を予定している。
「がたんごとん~、がたんごとん~」
やはり、子供は汽車の走る独特のリズムと窓を流れる景色に惹かれるものらしい。
さっきから、タマが窓に釘付けだ。
「もうすぐトンネルです。皆さん窓を閉めてください」
車掌が前の車両の扉から顔を出してそう叫んだ。
周りの客がガタガタと窓を閉め始める。
窓? ――音が反響してうるさいからかな?
「あんた達、もうすぐトンネルだで窓を閉めんさい」
オレが理由に頭を悩ませていると、隣の席にいた鼠人族のおばちゃんが身を乗り出して窓を閉めてくれた。
ここの窓は全てガラスが嵌められている。
「トンネルで窓を開けてると、煤で顔が真っ黒になるだよ」
「そうだったんですか、ありがとうございます」
「ええだよ、一つ開いてたら、みんな真っ黒だでな」
オレが煙車初心者だと知ると、おばちゃんの怒気が消えた。
どうやら、誰もが同じような事をするそうだ。
「山~? 穴空いてる~」
「あれがトンネルだよ」
閉じた窓に頬をベタリとくっつけたタマが、前を必死に見ながら教えてくれた。
ガラスが割れるから、あまり力を入れすぎないようにね?
オレはこっそりと窓に「
「まっくろ~」
トンネルの中は照明が無いようだ。
恐らく先頭車両のヘッドライトで進むのだろう。
トンネルの壁は土魔法の石化ではなく、コンクリートのようなモノで施工されていた。
「あんた知っているかい? こんトンネルはね――」
物知りのおばちゃんによると、トンネル自体は帝都から土魔法使い100人がやってきて一気に開けたらしい。
科学偏重ではなく、都合の良い箇所は魔法を使うハイブリッドのようだ。
思わぬ情報源の登場を生かし、ルルの作った焼き菓子を誘い水にして、おばちゃんからイタチ帝国辺境の色々な話を聞かせてもらった。
◇
「まもなくう~マギュバ市ぃ駅ぃ~。まもなくう~マギュバ市ぃ駅ぃ~。マギュバ市駅への到着は3番ホームとなります。ガジュマ市への便は2番ホームからとなりますのでお間違えないようにご注意ください」
先頭車両から顔を出した車掌が、独特の抑揚と口調で都市への到着を告げる。
途中の無人駅二つを経由したものの、一時間ほどで都市に到着した。
これなら、物流も相当早そうだ。
「まち~?」
「見えてきたね」
森を抜けると、白く高い壁に囲まれたマギュバ市が見えた。
汽笛の音が二度鳴り、煙車の到着を都市へ報せている。
「「「きゅぽー」」」
タマや周りの子達が汽笛の声マネをしている。
煙車の走る騒音が大きいせいか、子供達の声マネを疎ましく思う大人はいないようだ。
煙車がゆったりと左に曲がりながらマギュバ市へと向かう。
そのお陰で煙車が都市へ入る様子がよく見える。
煙車は専用の門があるようだ。
「げーとおーぷん~?」
金属の格子が上に巻き上げられ、その内側にあった重厚な扉が左右に開いていく。
外壁の上では毛並みを真っ黒にしながら煙車を見物する獣人の子供達でいっぱいだ。
煙車は都市内をしばらく徐行し、古式ゆかしい駅舎へと入る。
昔の東京駅を小さくスケールダウンしたような駅で、思ったよりも立派な建物だった。
◇
「ごみごみ~?」
「なんだか混んでいるね」
改札を抜けると出迎えの人でごった返していた。
懐かしいラッシュアワーを彷彿とさせる人混みだ。
そんな人混みの間を、物売りの少年少女が声を上げながら歩いている。
その中に――。
「新聞~ 今週の新聞だよ~」
――まさかの新聞売りがいた。
4枚しかない薄い新聞で5スェンは割高な気もするが、とくにふっかけている訳でもないようだ。
「……やっぱり活版印刷か」
チャレンジャーすぎるだろ、イタチ皇帝。
まったく、どうして神々の禁忌に触れずにいるのか知りたいもんだ。
記事はマキワ王国への出兵に関する内容が主だった。
カガク特車隊のウサン特尉のインタビュー記事が載っている。
記事によると、イタチ帝国の辺境に宣戦布告もなしに侵略を開始し、暴虐の限りを尽くしたマキワ王国への報復戦争だと書かれてあった。
間違いなくでっち上げだろう。
あれだけ高レベルの魔物が溢れた魔物の領域を踏破して戦争をしかけるような国力や戦力はマキワ王国にはない。
特殊な属性杖を持つ四領主が、テロ活動を行ったのでも無い限り不可能だ。
あの領域の魔物はオレ達がかなり数を削ったが、戦争抑止の側面もあったので完全掃討はしていない。
1~2年もあれば軍事行動の邪魔になる程度には増えるはずだ。
戦争の準備には時間が掛かるし、自軍を一方的に倒したのが竜騎士だと知れば進軍を躊躇うだろうからね。
「みっけ~」
タマに袖を引かれて新聞から顔を上げる。
文官達が公用車に乗って駅から出てきた。公用車は自動車黎明期のフィルムで見た細いタイヤのオープンカータイプのヤツだ。
走って追いかけたら目立つので、彼らの目的地が都市中央の行政府だと見当を付けて、転移で先回りしておく。
違ったら、そちらに移動し直せばいい。
「良い眺め~」
「そうだね」
この都市の中央部は少し高台になっているので、都市の様子がよく見える。
マップで少し検索してみたが、神殿は路地裏に七つほどあるだけで、神殿には神聖魔法が
神聖魔法が使える神官は領内に一人もいない。
もちろん、神聖魔法のギフトやスキルを持つ一般人もだ。たぶん、教区へと強制移住させられたのだろう。
その代わり病院が大通り沿いに幾つもあり、水魔法や土魔法などの回復魔法が得意な魔術師が詰めていた。
神殿の傍に建っている事が多い孤児院も、ここでは公立の孤児院しかない。
皇帝は時間をかけて神殿を市民に不要なモノにしていきたいようだ。
「せーふく~?」
タマがピコピコと耳を動かしながら、興味深そうな視線を通りの向こうに向けた。
その通りには学生服らしき装いの子供達が闊歩している。
AR表示によると、帝立の幼年学校の生徒らしい。
マップ検索してみると、シガ王国の王都よりも校舎の数が多い。
人口に比べればまだまだ少ないので、義務教育化はできていないようだが、科学技術を下支えするための土壌は少しずつ進んでいるみたいだ。
「きた~」
タマがくいくいと袖を引く。
文官達の乗った車が行政府に到着したようだ。
「さて、行こうか」
「あい!」
タマが白い煙と共にピンクの忍者装束に変身する。
うん、なかなか忍者しているね。
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