15-3.普通の村


 サトゥーです。子供の頃、何かのアニメかマンガの影響で「強襲偵察」という言葉が流行った事がありました。行った事のない近くの街まで電車で行って、未知の町並みをスパイになったつもりでウロウロしたのも良い思い出です。子供ゆえ、言葉の意味とは違ってましたけどね。





「マスター、前方に村を発見しました。疑似精霊による先行偵察を進言します」

「ん、シャドウ」


 イタチの着ぐるみスーツを着たナナとミーアが謎のハイテンションだ。

 せっかくの進言だが、事前偵察はすませてあるので必要ない。


「大丈夫だよ。友好的な村人だけみたいだからね」


 少し残念そうなナナとミーアの手を引いて村へと向かう。

 それに村人から刃を向けられたとして、このスーツ越しにダメージを与えるのは不可能だ。


「よー、旅の人ー」

「やあ、村の人。煙車の工事を見物に来たんだが、この近くかい?」


 オレは村の入り口にいた間延びした口調のイタチ人族の老人に話しかける。

 この村を訪問先に選んだ理由は、先に口にしたとおり、鉄道工事の現場から一番近い集落だからだ。


 この村はイタチ人よりも鼠人や兎人が多い。


 驚くべき事に、教区だけでなく、イタチ帝国の領地には貴族や奴隷がいなかった。

 ただし、臣民階級が一級から三級までに階層分けされているようだ。三級の市民が実質的な奴隷扱いかによって、この国を見る目が変わりそうだ。


 オレは潜入にあたって、この地方の一般的な酒売りを装ってみた。


「そんだー、音が聞こえるだべー? あの丘の向こうが現場だあー」

「ありがとう、村の人。売りもんで悪いが、一杯やってくれ」

「こんりゃ悪いなー」


 親切な老人に、素焼きの杯に注いだ清酒を手渡す。


「かー、こいつあ、うめーなー」

「そったら、うめぇだか?」

「ワシも一杯味見を」


 二人目以降は無料ではなく、イタチ帝国で一般的に使われている青銅貨で売りつけた。

 酒を売りながら、老人達と雑談の振りをした情報収集を行う。

 途中からはナナとミーアに酒売りを任せる。


「酒売りの人も食わんかね?」

「ああ、こりゃどうも」


 オレは口調を老人達に合わせながら、彼らが薦めてくれた干し肉を受け取る。

「教区」の都市で見たのと同じ、塩漬けにした魔物肉だ。


「これはこの村で作られているんで?」

「――うん? あんたどこの村から来なさった」

「あの山の向こうからですよ」


 オレが答えると、老人達の間に怪訝な表情が浮かんだ。

 しまった、何か失言をしたらしい。オレは尋問用の「思考劣化空間フーリッシュ・フィールド」を発動して、彼らを煙に巻く。


「それなら、仕方なかんべ」

「煙車が来てなきゃ、帝国軍の安い払い下げ糧秣は買えんからな」


 老人達の話によると、前の発酵臭の酷いカロリーバーは雑炊にして匂い消しの香草を入れると美味しくなるらしい。


「工事が進んで煙車がきたらええだなー」

「ん、だな。農作物を売って糧秣を買ったら、育ち盛りの子供らにも腹一杯食わせる事ができるようになった」

「皇帝様々だなや」


 教区と違って、辺境の農村では皇帝の評判が良いらしい。

 なお、農作物は煙車に乗ってやってきた商人が買い付けていくそうだ。


「なんだ、お前ら、若い衆が煙車路えんしゃろの工事まで出稼ぎに行っておるというのに、昼間から酒の匂いをさせよって」

「あー、村長ー。あんたも一杯やれー」

「ほう、清酒か……いくらだ?」


 値段を告げると「安い!」と村長が叫び、運んでいた酒甕を全て買い取ってくれた。

 そこまではいいのだが、なぜか村人達を集めての酒宴になってしまったのだ。


 収穫時期でもないのに、ずいぶん余裕のある事に少し驚きを覚えた。

 酒を楽しむ人達はツギハギの多い農村らしい服装だが、誰も彼も笑顔で健康そうだ。


「この村は豊かなのですね」


 いつもの口調に戻ってしまったが、それを気にする村人はいなかった。


「ああ、今の皇帝陛下になってから、七三だった税が四六に変わったからのう。こんな山村でも、そこそこ豊かに暮らせておるぞ」


 七公三民だった税金が四公六民になったって事かな?

 金食い虫の科学兵器の開発をしている軍事国家なら税金は重いと思ったんだが……どうやら違うようだ。


「皇帝ばんざーい!」

「「「皇帝ばんざーい!」」」


 一人が音頭を取ると、村人達が酒杯を片手に声を合わせたあとガハハと笑い出す。


 酒が全て売れて暇になったミーアが、地面に胡座をかいていたオレの膝の間にポスンと収まり、おもむろにリュートを奏で始めた。

 楽しい曲調に時折不協和音が混ざる「よっぱらいってイヤね」の曲だ。


 ミーアの横では、宴会料理を摘まみに来た子供達を抱えたナナがいる。


「マスター、幼生体を確保したと報告します」


 ナナが両手に抱えた子供達は嫌がる様子もなく、ナナが与えた堅焼きセンベイに夢中だ。


「綺麗な嫁っ子とかわいい娘さんだなー」

「ん、夫婦円満」

「そっかー、それなら、娘さんも安心だなやー」


 老イタチの言葉に、ミーアが満更でもなさそうに答える。

 きっと、自分の事を嫁と言われたと思っているんだろうが、残念ながらそれは勘違いだと思う。


 でも、わざわざ指摘してミーアを不愉快にさせる事も無い。


 リュートの曲を「楽しい宴」に変えたミーアの頭を撫でながら、村人達との会話に交ざり直す。


「酒を売りにきておいてなんですが、畑仕事を休んで大丈夫なのですか?」

「あー、大丈夫だー。皇帝様が農薬を配ってくれたんだー」

「お陰で面倒な害虫取りをせんですむようになっただよ」


 むむむ、農薬か……用法用量を守っているのか少し心配だ。


「草刈り兎もくれたしなー」


 兎と聞いてミーアの視線がこちらを向いた。

 きっと興味があるのだろう。


「どんな兎なのですか?」

「作物に目もくれずに雑草だけを喰ってくれる働きモンの兎だー」


 老人の一人が畑の隅を指す。

 鼠サイズの小さな兎だ。


「種蒔きの時期や芽吹きの季節は小屋に入れておかんと、ゴザンのとこみたいに雑草ごと喰われちまうがなー」

「ワシが村を代表して失敗してやっただよ」


 なるほど、生えてきたばかりの草を食べる習性があるのか。


「おかげで、農作業が楽になっただよ」

「ヒマになった分、若いモンは村の外に畑を増やしてるんだー」

「えーでん、なんちゃらで、増やした畑はそいつのモンになるゆーて、若モンがしゃかりきだなや」


 墾田永年私財法みたいなのかな?


 それを聞いたナナが子供達を抱えたまま、首だけをこちらに向けて会話に入ってきた。


「村の外は魔物が危険だと警告します」

「大丈夫だー。魔物も盗賊も帝国軍が来て倒してくれたしのー」

「盗賊じゃのうて、虎人の解放軍じゃろ?」

「武器をちらつかせて村の食いモンを奪うようなやつらは盗賊で十分じゃ」


 なんとなく、マップで周辺地域を検索してみたが、村人達のいうとおり村の周辺には魔物がおらず、近くの山麓にもレベル一桁の弱めの魔物しか徘徊していなかった。


「今でも月に一度は巡察騎士が来てくれるしなー」

「刀狩りじゃ、いうて村の剣や槍を持っていかれた時は、村のモンもそりゃあ怒ったもんじゃが――」

「代わりに農具をくれたしのー」

「こんな立派なのが貰えたら、文句を言ったら罰があたるってんだ」


 頑丈そうな鉄製の農具を持った老人が、わざわざ自慢の鉄製農具を見せてくれる。


「井戸にカシャカシャも付けてくれたしよー」

「カシャカシャじゃなくて、揚水機だろうが!」

「いいじゃねぇか、カシャカシャでー。揚水機なんて言っているのは格好付けのお前だけだー」


 どうやら、井戸の手押しポンプまでつけたようだ。

 なかなか善政を敷いているらしい。


 教区を見てからじゃなかったら、無条件に皇帝を尊敬してしまいそうだ。


「なんだと!」

「もういちど言ってみろ!」


 さっきからいがみ合っていたイタチ人の老人達が、年甲斐もなくお互いの襟元を掴んでにらみ合っている。


「まったく、イタチはけんかっ早くていかん」

「そう言うなー、血が上りやすいのはご先祖様からだー」


 呆れたようにぼやく兎人の老人に、最初に出会ったイタチ人が同族をフォローする。

 殴り合いに発展しそうな村人を見かねた村長がようやく重い腰を上げた。


「このバカモン共が! ケンカをするなら皇帝陛下の前でやらんか!」


 清酒の入った瓶を片手に村長が叫ぶ。

 このまま殴り合いに乱入しそうな勢いだ。

 イタチ帝国の外で出会ったイタチ人達は合理的で理知的な人間が多かった気がするんだが、ここの村人を見ていると、そういう者達が例外に思えてしまう。


 それにしても――皇帝?


 こんな田舎の村に転移門があるわけないし、何かの隠語だろうか?


 そんなオレの疑問はすぐに晴れる事になる。





「いくぞ、ゴザン!」

「来い、バンガ!」


 上着を脱いだ二人の老イタチ人が、見事なテレフォンパンチで殴り合う。

 お互いにクリーンヒットした二人が、よろめき後ろに尻餅をつく。


 ゴザン老人はふらつきながらも立ち上がったが、バンガ老人は脳震盪を起こしたのか上手く立てないようだ。


「どうした、バンガ!」

「立てよ、バンガ!」

「皇帝陛下に笑われるぞ!」

「そうだそうだ! 皇帝陛下の前で無様を見せるな!」


 周りの村人が応援というか、バンガ老人をはやしたてる。

 彼らの言う皇帝陛下とは、村の広場に置かれた黒曜石のような石で作られたイタチ人の像の事だった。

 左目に赤い石を右目に青い石を嵌めてあり、村人が吼えるたび妖しい輝きを強めている。


 ……どうみても、邪神像だ。


 実際、村人達は気がついていないが広場の土の下には魔法陣が埋め込まれ、広場の村人達が熱狂の叫びを上げるたびに、魔力とスタミナを吸い上げている。


 オレ達自身から吸収しようとする分は普通にレジストしていたのだが、装備品から漏れる魔力はレジスト対象になっていなかったらしく、結構な量の魔力が皇帝像に流れてしまった。


 そのせいか分からないが、皇帝像から赤いオーラのような輝きが漏れ始めている気がする。


「うぉおおおお!」

「どぅりゃあああああ!」


 なんとか起き上がったバンガ老人が雄叫びを上げると、ゴザン老人もそれに答えて雄叫びを返す。

 先ほどのテレフォンパンチも酷かったが、今度は二人とも腕をグルグル回して、駄々っ子パンチで応酬する気のようだ。


 きっと、オレの知らないイタチ人族の様式美があるに違いない。


 バゴゴンとお互いの拳を相手の頬にめり込ませた二人が、白目を剥いて両者ノックダウンと相成った。

 まったく、老人同士のケンカじゃないね。


「ガキの時分から、くだらん理由でケンカしよって」

「あの頃と違って、今は皇帝陛下の像があるからいいじゃねぇか」

「そうだー、あの頃はケンカが始まったら何度かに一回はどっちかが死んでたー」

「イタチは血を見ると歯止めが利かないから怖いだよ」


 ――あれ?


 もしかして皇帝の像って、村人同士がケンカで無駄に死なないようにする脱力装置だったりするのか?


 それにしても、魔力を吸収させるような高価な魔法装置を村々に設置するのは莫大なコストが掛かるはず。

 オレの知る合理的で利己的なイタチ人が、善意だけでそんな施しをするっていうのはどうにも違和感がある。


「村長ー、皇帝陛下が赤く光ってるだよー」

「ふむ、今回は穢れが溜まるのが早いな。いつもは一年くらいは保つのに……まあいい。明日、煙車の現場に行く若い衆に街への手紙を持たせよう」

「交換の像を持ってくる役人様がモトン様だとええだな。あん人なら土魔法で土手を修繕してくれるだ」

「おいおい、一級市民様を牛馬代わりに考えるのは感心せんぞ」


 ふむ、彼らの会話からすると、一級市民は目上の者として扱われているが、貴族というほどの特権階級でもないようだ。


 オレ達は村長に暇乞いし、煙車の工事現場へと足を向けた。





「マスター、筋骨隆々の男性ばかりだと告げます」

「むぅ、カチカチ」


 ミーアは工事の騒音に早々にギブアップし、ナナは子供達がいない事で興味をなくしてしまいメンバー交代となった。

 交代要員はアリサとヒカルだ。


「煙車は見たまんま汽車ね」

「そうね……煙車路も枕木を置いた線路みたい」


 線路の敷設工事の運搬にも、煙車の輸送力が活躍しているようだ。


 工事現場では獣人や鱗族の男達だけでなく、普通の有人ゴーレムやブルドーザーやショベルカーにしか見えない工事用ゴーレムが活躍していた。

 後者は内燃機関ではなく、普通にゴーレムの一種らしい。

 思ったほど、科学万能ではないようだ。


「さっき見てたけど、やっぱり皇帝像っていうのが妖しいと思う」

「だよねー、あそこまで妖しいアイテムはそうそう無いよ」


 この件に関してはオレもアリサやヒカルと同意見だ。


「なら、次は皇帝像の運搬先を追いかけてみようか」


 追跡と言えば忍者だろう。

 先ほどの村から皇帝像が運ばれるルートをタマと追跡しようと思う。


 はたして鬼が出るか蛇が出るか……。


 オレとしては「泰山鳴動して鼠一匹」っていうのが理想だ。

 やっぱり、世の中平和が一番だと思う。



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