13-31.魔王シン
サトゥーです。私が子供の頃に比べて、子供を叱る大人が減った気がします。悪い事をしたら悪いと教えてもらえない子供達は、どうやって社会道徳を学習しているのでしょうね。
◇
「おかり~」
「お帰りなさいなのです!」
タマとポチが飛びついてきたので、外していた仮面を素早く装備して、空けた両手で受け止めて一緒に地上に降りる。
この二人は上空に転移で戻ってきたオレを視認していたようだ。
ミーアもオレの登場BGMを流していたくらいだから、精霊光の輝きを見つけていたに違いない。
地上に降りたオレ達の前に、アリサが転がるように走ってきた。
「もう、どこ行ってたのよ! 『無限遠話』で呼んでも届かないし!」
「ごめん、ごめん。虚空の彼方で宇宙怪獣駆除をしていたんだよ」
アリサの遠話が届かなかったのは、攻撃魔法の余波で地上や世界樹に被害が出ないように使った空間魔法の「
これは禁書庫の資料を漁っているときに見付けた「
開発した時は本当に出番があるとは考えていなかったが、作っておいて良かったよ。
それはさておき、リザとナナも駆け寄ってきたので、そちらに向き直る。
「ご主人様、ご救援感謝いたします」
「マスター、新魔法は詠唱の効果ですかと問います」
「そうだよ。ほら、■■■
リザにタマとポチを預け、ナナの質問に首肯して詠唱を実演してみせる。
墓地の向こうの樹上からルルとミーアが手を振っていたので、「
「え? 今の何かヘンだったわよ? どうしてアレで詠唱が成功するのよ」
アリサがオレの詠唱にケチをつけてきた。
確かに抑揚に美しさが無い気がするが、ちゃんと魔法が発動して魔法欄に登録されているんだからいいじゃないか。
何事も完璧を求め過ぎてはいけないのだ。
「ま、待って。それよりも、どうして魔法無効化空間で魔法が使えるの?」
ヒカルがヘンな質問をしてきた。
そういえば、さっきの「
試しに魔法の矢を作り出すと、数秒で構成が崩れ始める。
魔王のユニークスキルを確認して、ミトが魔王を倒していなかった理由が判った。
どうやら、魔法戦主体のミトと相性の悪いユニークスキルを持っていたようだ。
――あれ?
詳細ステータスの確認ついでに名前を見て意外な事に気が付いた。
「これってシン少年じゃないか! どうして、勇者の彼が魔王になっているんだ?」
「それがさ~、よくわかんないのよ」
オレが尋ねてもアリサもヒカルも首を横に振るばかりだ。
シン少年の称号は「魔王」となっており、「勇者」は隠し称号に移動していた。
他にも隠し称号があり「人造魔王」「偽王」といったモノもある。
なんとなく彼の身になにがあったか推測できそうな称号だ。
一桁だったレベルが50まで上がっているのは気にしないでおこう。
「……勇者ナナシが二人?」
聞き耳スキルが拾ってきた声に目を向けると、シガ八剣のヘイムが死にそうなキズを負って顔を上げていた。
その近くにはなぜか気を失ったメネア王女とソウヤ少年が転がっている。
どうにも状況が判らないが、水魔法の「
「じゃ、ちょっとシン君に事情を尋ねてみるよ。ここだと王都の被害が怖いから、砂漠まで行ってくる」
その前に上級魔族を倒しておこう。
うちの子達のパワーレベリングに使う事も考えたが、強い魔物なら幾らでもいるのでここで変な色気を出す必要もないだろう。
オレは破壊魔法の禁呪「
「うそっ、今のって禁呪じゃ?」
「ああ、禁呪のわりに周辺被害がなくて便利な呪文だよ」
驚くヒカルに解説してやる。
これは王城の禁書庫で目録を探して見付けたものだ。
隣接亜空間まで灰にするので、前の桜餅魔族相手のときにあったら便利だった呪文だ。他にも非実体系の魔物を倒したり、結界を壊したりできるらしい。
単一対象の魔法なので、15回連続で使用していく。
消費魔力が一回あたり300ポイントも必要なので、途中で電池代わりの量産聖剣から魔力を回復した。
「む、無詠唱で禁呪を?」
ヒカルが驚きの声を漏らしたように、なぜか禁呪もメニューの魔法欄から普通に使える。
数分から数十分を掛けて詠唱する禁呪を一瞬で行使できるのは、なかなかチートだと思う。
空間魔法の「
一緒についてこようとするアリサ達を手で制する。
「わ、わたしも一緒に行く」
「ダメだよ。魔王は色々と普通じゃない攻撃をしてくるから、みんなは王都で待っていて。それに緊急事態で飛び出してきたなら、色々とフォローがいるだろう?」
オレがそう言うとミト以外が引き下がった。
勇者のミトなら連れていっても大丈夫だが、彼女にはしてほしい仕事があるので口を開く前に依頼する。
「ミトは王城に行って魔王を排除したと伝えてきてくれ」
「それは彼を倒してからでも――」
「ねぇ、ご主人様! この前の翡翠みたいに彼も元の人間に戻せないかな? 殺すんじゃなく、元に戻すのは無理かな?」
ミトの言葉を遮ってアリサが必死にまくし立てた。
そのアリサの様子をミトが諦念のまざった複雑そうな顔で見ている。
こいつも王祖ヤマトをしているときに色々なモノを見てきたのだろう。今度一緒に酒でも飲んで愚痴や苦労話を聞いてやろう。
「初めからそのつもりだ。絶対に戻せると保証はできないけど、可能な限り手を打ってみるよ」
「う、うん。ご主人様ならきっとできるわ。信じて待ってる!」
オレはそう請け負って目尻に涙を浮かべたアリサの頭を撫でる。
万が一の保険を作るためにも、彼には是非とも人間に戻ってもらわないとね。
皆を希望する場所にユニット配置で転移したあと、オレはストレージから範囲拡張特化型の魔法の杖を取り出す。
見た目は枯れ枝の沢山生えたエメラルド色の木だ。
世界樹の虚空に生えた枝を加工したモノなので木という表現もあながち間違っていない。
王都の住民に向けて精神魔法の「
これは民衆のパニックや不安を抑える為に、精神魔法の「
マップで効果を確認したあと、オレはシン君が待つ砂漠へとユニット配置で移動した。
◇
ギラギラ照りつける太陽と乾いた空気の中に、シン君を閉じ込めた封縛氷棺が待っていた。
空間魔法と氷魔法の複合魔術によるものなので、熱で溶けるようなヤワな存在ではない。
にもかかわらず、ギシギシと封縛氷棺の中から音が聞こえる。
やはり魔王はこれくらいでは封印されてくれないようだ。
よく見ると内側から紫色のオーラが滲み出始めていた。
結界や魔法みたいに触れないかと手を伸ばしてみたが、スカスカと手がすり抜けてしまった。なんとなく「神の欠片」を聖剣で斬った時みたいだ。
彼が無理をして魔王化が進んだら困るので、こちらから魔法を解除してやる事にしよう。
おっと、その前にもう少し周辺被害に配慮しなくていい場所に移ろう。
オレは空間魔法の禁呪「
ゴブリン姫のユイカがユニークスキルで作る異界ほど閉鎖性に優れていないが、それは比べる相手が悪いだろう。
デフォルトの亜空間は中身が何も無いので現在の地形を転写する設定にしておいた。
亜空間の広さは現在の砂漠と同じ広さがあるので、たとえ戦いになっても大丈夫だろう。
大量に消費した魔力を量産聖剣から回収して、亜空間へと移動する。
元の世界への出入り口を閉じた後、シン少年の封縛氷棺を解除した。
彼と一緒に閉じ込めていた「魔晶柱」という厄介そうな回復アイテムはストレージに回収しておく。
白い氷片を撒き散らしながら、シン少年が現れる。
「こ、ここはどこダ? 俺の魔法で王都が砂漠になったのカ?」
オレを睨みつけてシン少年が素っ頓狂な推測を口にする。
困った事に彼の呂律が少し怪しい。
これは魂の器が壊れる初期段階らしいので、彼に力を使わせないようにしないといけない。
彼のユニークスキルは名前的にパッシブ系のはずなので、回数制限のあるアクティブ系より「魂の器」への負荷は少ないはずだ。
「ここがどこか知りたいかい?」
「言エ!」
オレを恫喝するためにシン少年が使った「
「馬鹿ナ! 魔を司る俺の魔法を消すダト?」
続けて上級魔族の召喚を始めたが、頭が見え始めた時点で「
「うおのれぇ、埒外の転生者めぇ」
シン少年が吼えるが魔力を使い果たしているので、ただの負け惜しみに聞こえる。
しばらくは戦うどころか自己強化魔法すら使えないだろう。
シン少年が魔力を回復しようとして、はじめて「魔晶柱」がなくなったのに気がついたらしく、キョロキョロと周囲に落ち着きなく視線を彷徨わせる。
オレはその様子を窺いながら、腕を組んで思案する。
こらえ性のない子供のようだし、答えをエサに情報を引き出そう。
「話してあげるから、落ち着きなよ。ここは異界だよ」
「異界だト? どういう事ダ」
オレの曖昧な答えに、シン少年が問いを重ねてきた。
「亜空間って事さ」
「あ、亜空間? ……という事は神代魔法の『
亜空間から魔法名を看破したのは彼の「
神代魔法という名前は「神々が人と暮らしていた頃に作られた魔法」という事だと思うが、紛らわしいので新しいカテゴリーを追加するのはやめてほしい。
「君は質問ばかりだね。偶にはボクの質問にも答えてほしいな」
「ふん、何が知りたイ」
――あれ? やけに素直だな。
「君を魔王にしたのは誰だい?」
「魔王になったのは俺の意志ダ」
誰かに強制された訳じゃないのか?
「そうじゃなくて、君が魔王になる為に協力した者の事さ」
「俺に魔王珠を寄越したのはうちのクソオヤジ、ダ」
――魔王珠?
王都の宝珠盗難騒動で本当に狙われていたのは、その魔王珠とかいう品だったみたいだ。
マップで検索してみたが、彼の周りや既知のエリアに魔王珠というのは存在しなかった。
それにしても人を魔王にするアイテムか……。
まさか、彼の言うクソオヤジって、魔神だったりしないよな?
「クソオヤジって、お父さんの事をそんな風に言っちゃダメだよ」
「俺と母さんに散々迷惑を掛けたあげく、死んだ後でまで異世界で魔王をやっているようなヤツの事はどうでもイイ」
良かった。どうやら、魔神じゃないらしい――。
自分と同じ魔王を量産するような魔王だったら嫌だが、シン少年の「偽王」という称号や狗頭と話したときの情報から推測して、彼の父親は自分の持つ「神の欠片」を魔王珠という形でシン君に与えたのだろう。
それにしても、どうでも良いといいつつ、ちゃんと解説してくれるシン君は根が善良にできているようだ。尋問が楽で実に良い。
彼との話し合いが終わったら、彼の父親の所へも顔を出さないとね。
「今度は俺の質問に答エロ」
ターンエンドか。
まあ良い。しばらく問答ができそうだ。
◇
「――あのクソオヤジをぶん殴れるくらい強くなりたかっタ」
長々とした問答を要約すると、シン少年が魔王珠を使った理由はコレだった。
他にも、この過酷な世界で生き抜く力が欲しいなどの副次的な欲求もあるようだが、一番キモとなるのはそちらの方らしい。
結果をすぐに求める少年らしい考え方ともいえるが、結果のために手段を選ばないにも程がある。
「なら勇者になればよかったのに」
「ふん、勇者になれるのはパリオン神に選ばれて召喚された選ばれたエリート連中ダ。俺みたいに底辺を這い蹲る人間になれるのは魔王くらいダ」
いやいや、普通は魔王にもなれないから。
それにしても失敗だった……。
今更だが彼に会った時に勇者の称号の話をしていたら、彼が魔王になる事も無かったわけか。
ま、本当に今更だ。
予知能力の無い人の身じゃ、あの時点でそんな事が分かる訳がない。
――そうだ!
勇者でもある事を教えたら、魔王への未練をなくして人間に戻る事に同意してくれないかな?
説得の一つとして誘導してみるか。
「君は勇者の資格を持っているよ」
「詐欺師はそうやって相手の欲しい言葉を囁いて、人の心に付け込むってバアちゃんが言ってタ」
お婆さんの言葉は正しいが今回の場合は事実だ。
「なら、自分で調べてみればいい。自分の称号を確認する魔法くらい使えるだろう?」
「ああ、そうだナ」
シン少年が詠唱を始めたので、それを耳コピする。
鑑定スキルの魔法版みたいな呪文だ。
>「模倣:魔術」スキルを得た。
おお、なかなか良さそうなスキルだ。
有効化しておかねば。
「……本当に勇者の称号がアル」
「何か心当たりはないかい? 圧倒的強者を倒すと手に入る事があるらしいよ」
前に「不死の王」ゼンが言っていた話だ。
「アル……。王都に魔物が大量出現した時に、孤児院のガキどもを庇って魔物と戦った……鉈を振り回して殺されそうになりながら…空から落ちてきた光る矢や見えない魔法の砲弾が魔物を倒すのを手伝ってくれなかったら、俺は死んでいタ」
ああ、赤縄の魔物が大量出現したときか。
たぶん、シン少年の言っている魔法はオレが使った「誘導矢」や「誘導気絶弾」の事だろう。
「だけど、オレはもう魔王ダ――」
シン少年の声に悔恨が宿る。
説得するなら、このタイミングかな?
「やり直せばいいさ。オレは魔物に変わった生き物を普通の鳥に戻した事がある。魔王だってきっと元に戻せるさ」
翡翠が神鳥になったように、シン少年も神人やハイ・ヒューマンとかになってしまうかもしれないが、その時は
オレの言葉を聞いたシン少年が俯いて、口の中でモゴモゴと独り言を繰り返す。
――やっぱり信じられないか。
オレは
「ほ、本当にやり直せると思うカ?」
「ああ、勿論さ」
シン少年の震える声に、胡散臭いほど朗らかな笑顔で応える。
仮面を着けたままだから、彼からは見えないけどね。
「――なんて言うと思ったカ! この偽善者メ!」
シン少年が魔法で出したダイヤモンドのように輝く剣で斬りかかってきた。
AR表示によると竜破剣は素の聖剣エクスカリバーを上回るほどの性能を誇るらしい。
先ほど、彼が小声で唱えていた禁呪「
前に狗頭が言っていた魔神の使う魔法剣だと思う。タナボタで呪文をゲットできるとはラッキーだった。
凄まじい性能だが、使い手がヘボいと意味がない。
「ば、ばかナ! 真剣白刃取りダト?!」
両手で挟みこんで動きの止まった竜破剣に膝を叩き込んで破壊する。
耐久力はたいした事がないようだ。
この魔法もまだまだ改良の余地がありそうだ。呪文をたっぷり魔改造して、オレ好みに染めてやろうと思う。
「非破壊属性の魔法剣ヲ――破壊シタ?!」
シン少年が大げさに驚いている。
大体、そんな属性があったら壊せるわけがないじゃないか。
他にも狗頭が言っていた「神舞装甲」も気になるが、彼に無理をさせて魔王化が進行したら本末転倒なので自重しよう。
竜破剣も詠唱中に止めたかったのだが、彼の切り札を潰してからの方が説得がしやすいと思って最後まで使わせてみたのだ。
けっして、聞き覚えのないコードが興味深くて止め忘れた訳ではない。
――ないのだ。
竜破剣の使用で再び魔力切れのはずだから、当分次の魔法は使えない。
今のうちに説得しよう。
「さて、魔王を辞めるか人生を止めるか、好きな方を選んでいいよ」
シン少年にオレは朗らかな笑みを向けた。
もちろん、少し脅しただけだ。アリサに約束したように彼を殺す気はない。
ぐぬぬ、と声を漏らしながら、シン少年が次の手を必死で考えているが、そうそう打開策など浮かばないだろう。
さて、これで後は彼から「神の欠片」を取り除けば万事解決。
まさにハッピーエンドだ!
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