13-15.王都見物、下町編

 サトゥーです。前世紀のマンガに希に登場する「ビラをまきながらパレードする集団」がなぜか記憶に残っています。大学の頃にサークル勧誘でマネしてみたところ、学生会から大目玉を食らった苦い記憶があります。

 ビラや紙吹雪の掃除が大変でした……。





 久々に、よく眠った。


 天蓋付きのカーテンの向こうから朝日が差し込んでいる。

 よほど眠りが深かったのか、カーテンを開けるルルやオレにくっついて眠っている幼女達がいつベッドに潜り込んだのか気がつかなかった。


 ……というか、緑魔族監視の為にオレだけが王都の屋敷で寝たはずなのに、なぜ皆がここにいる?


 アリサの魔力だと王都まで転移できないはずだから、たぶんアーゼさんに送ってもらったのだろう。


「おはようございます、ご主人様」

「ああ、おはよう」


 カーテンを開け終わったルルが、起き上がったオレに気付いて爽やかな声で朝の挨拶をしてくる。


「うにゅ~」

「おふあよー、なのれす」


 その声に目覚めたポチやタマがオレのお腹の上でコロンコロンと転がって、顎をオレの胸に乗せて挨拶をしてきた。


「マスターおはようございます、と挨拶します」

「おはようございます、マしター」

「マしター、おはよ」


 ベッドの端でシロやクロウと寝ていたナナが朝の挨拶をしてくる。

 寝ぼけたシロがナナのシャツの裾を掴んでいるせいか、引っ張られたナナのシャツが魅了効果を発揮している。


「むぅ」


 オレの耳を引っ張るミーアに魅了効果を強制レジストされたので、ミーアの方を振り返って耳から指を離させる。


「おはよ」

「おはよう、ミーア。それから、アリサ――」


 オレのシャツの裾をめくって、中に潜り込もうとするアリサの頭をポカリと叩く。


「――そのセクハラを今すぐやめないと朝食抜きだ」

「ゴシュジニュウムが不足しています。至急補給してください」


 起き上がったアリサが、寝ぼけた顔でオレの前に正座して馬鹿な事を言い出した。


「タマもふそく~」

「ポチも不足なのです」

「ん、不足」


 年少組の三人がアリサの横に並んで、一緒に正座する。


「あ、あの――私も、その……不足しています」


 ルルもおずおずとそう言って、4人の横に並んで正座して訴えてきた。

 年が明けてからほとんど構ってやれなかったから寂しかったようだ。


 詫びの意味も込めて順番にハグしてゴシュジニュウムとやらを供給した。


「むぅ、不平等」

「おっぱいのサイズ順に時間が違う」


「――気のせいだよ」


 コンマ数秒の違いを見切るとは、さすがはミスリルの探索者達だ。





「おはようございます、サトゥー


 武官が着るようなかっちりした軍服姿のゼナさんが折り目正しい仕草で朝の挨拶をくれた。

 彼女の胸元と肩にはセーリュー伯爵領の紋章が刺繍されている。


 執事に案内されてリビングに入ってきたゼナさんの珍しい衣装に皆が驚く。

 オレはむしろ彼女がオレに付けた敬称の方が気になる。


「おはようございます、ゼナさん」


 オレに続いてうちの子達も口々に朝の挨拶をする。


「ゼナたんってば、どーしちゃったの?」


 アリサだけはオレの服を引っ張って耳元で訝しげに尋ねてきた。

 オレは食堂に向かいながら、セーリュー伯爵との昼食会での事を皆に伝える。


「セーリュー伯攻めるわねぇ~。ムーノ伯爵にケンカを売っているようなものじゃない」

「そこは迷宮から産出する魔核供給を優遇する事で折り合いを付ける気だったんじゃないか?」

「あ~、それならアリかもね。クボォーク王国でも魔核不足で鉱山の精錬設備が動かせないって、よく大臣が愚痴ってたし」


 アリサとそんな会話をしながらテーブルに着く。

 なぜか、ゼナさんが入り口付近で直立したまま腰掛けようとしないので声を掛ける。


「どうかされましたか?」

「いえ、私はセーリュー伯爵の屋敷で朝食を戴いて参りましたので、ここで歩哨をしております」


 セーリュー伯爵からオレの従者として振る舞うように命じられているからか、ゼナさんが軍人らしい返事を返してきた。

 任務に忠実なのは尊敬できるが、ここまで気合いを入れられると正直やりにくい。


「では、お茶だけでも用意させましょう」

「で、ですが……」

「大丈夫ですよ。今、この部屋に魔族が乱入してきても、座った姿勢からでも撃退できますから」


 前にリザが食事用のナイフで爆撃を迎撃していたし、他の子達の即応性もリザに匹敵するから大丈夫だろう。


「それにこの距離だと会話がしにくいですよ」

「はい、それでは失礼します」


 ゼナさんが空席に腰掛け、彼女の前にメイドが淹れ立てのお茶とお茶請けを並べる。相変わらずメイド達のスキルが高い。





「今日は下町の観光に行こうと思う――」


 朝食の合間にオレがそう切り出すと、皆からクラッカーを鳴らしたような歓声が上がる。


「でも、今日からオークションなのにいいの? 色々用意してたじゃない」

「ああ、オレが用があるのは三日目だけだよ」

「なるほど、男性用は三日目だもんね」


 ……何を言っているアリサ?


「がっこ~?」

「あっ! ……そうなのです。学校があったのです」

「休んでいいよ」


 仮入学みたいなものだし、一日くらい休んでも問題ない。


「い、いいのです?!」

「ああ、保護者のオレが許可するから大丈夫だ」

「わ~い」

「なのです!」


 一応、学校を休みたくない者は通学してもいいと伝えたが、そちらを選択した者はいなかった。





「うっわぁ、すっごい人混みね~」


 馬車から降りたアリサが唖然としたように呟く。

 今日のアリサは地味な町娘風の衣装だ。


「むぅ、いっぱい」


 憮然とするミーアはアリサとお揃いの衣装で、色合いだけが違う。


「いいにおい~」

「美味しそうな匂いがいっぱいなのです」

「蕎麦の匂いが多いですね」


 シャツにキュロット姿のタマとポチが、軍服姿のリザの両手に抱えられたまま目を閉じて鼻をひくひくさせる。


「少し香ばしいですから、ガレットなんかの出店もありそうですね」


 ルルの町娘ファッションもよく似合う。

 コスプレ会場で披露したら閉会までフラッシュが絶えないような可愛さだ。


「楽しみだと報告します」

「良い匂いだね、クロウ」

「シロ、ナナ様の手を放さないようにね」

「わかった」


 若奥様風の衣装のナナと手をつなぐシロとクロウは、ポチやタマと同じ半袖シャツとキュロット姿だ。


 今日はアリサの提案で平民風ファッションで揃えてみたのだ。

 ちなみにオレはチュニックにズボンという一般市民風の服装をしている。


 帯剣しているのは護衛として同行しているゼナ隊の4人だけで、リザが腰に青銅の警棒を下げている他は全員無手だ。

 ゼナ隊の4人は油断無く周囲に視線を飛ばしている。


「向こうに見える大きな建物がオークションの第二会場なんだよ」

「へ~、あそこでフロアマスター戦の戦利品がオクに掛けられてるの?」

「いや、高価な品は王城内にある第一会場の方だよ。こっちは平民向けの物が出品されているはずだ」


 オレ達がいる会場前の通りにはオークションに行く客を目当てに、千軒近い出店が出ている。

 多くはシートの上にガラクタを並べただけの露店だったが、中には魔法薬や軟膏などの薬品を売る店や魔物の部位を使った武具を並べるような店も混じっている。


 実にバリエーションに富んでいて見ていて飽きない。


「このオヤキが美味しいのです。ご主人様にも一口あげるのです」

「こっちのカタヤキも美味しい~」

「おおっ、このガレットもどきもなかなかね」

「干し柿」

「王都の串焼きは軟弱ですね。歯ごたえが足りません」

「ご主人様、この包み焼きの隠し味って何か判りますか? 醤油っぽいんですけど少し辛くて、それでいてほのかな甘みもあるんです」

「あの幼生体は迷子の可能性があります。保護の必要を認めます。マスター、回収許可を」


 うちの子達は食い気が優先のようで、小遣いで買った色々なおやつを両手に持って混み合う露店街を闊歩する。

 ナナの申請は当然のように却下しておいた。


「ぼぉ~?」

「凄いのです。口から炎なのです」


 露店の間には大道芸を見せる者達もいるので、楽しませてもらった人達には適当におひねりを投げ込んでおいた。


「あっちは兎回しがいるわよ」

「ん、勇壮」


 兎回しは兎人の調教師テイマーが騎乗できそうなサイズの兎に芸をさせていた。

 暴れ出したら危ないせいか、柵で囲まれた特設スペースが用意されている。


「にょろにょろいない~?」

「蛇の人がいないのです」


 ――蛇の人?


「そういえば、年末に観光したときには沢山見かけたのに一人もいないわね」

「この間の騒ぎで、使役するヘビ達が魔物に食べられたのではないかと推測します」


 不思議そうに見回すアリサに、ナナが自分の予想を告げている。


 ああ、蛇使いの事か――。


 マップ検索してみたが、なぜか「蛇使い」は一人・・もヒットしなかった。

 獅子舞みたいな季節限定の見世物とかだったのかな?





 ミーアとアリサが歩き疲れたようだったので、露店が途切れた所にできている休憩用の広場に場所を確保し、小休止をとる。


「ゼナさん達も少し休憩してください」

「いいえ、任務ですから」


 ――なかなか頑なだ。


 もっとも、さっきから定期的にレーダーに赤い光点が映るような状況では無理もない。

 無理に警備をやめさせるのも悪いので、オレはリンゴ水にハチミツを溶いた冷たい飲み物を4人に配って労っておいた。


 なおオレ達に害意を持つ者達はレーダーで見つけ次第、常時展開している「理力の手」で捕まえて、路地裏へ投げ飛ばしているので実害は出ていない。


「あーーーーーーーーっ!!」


 ミーアから分けてもらった干し柿を握りつぶしたアリサが絶叫をあげる。


「アリサ。唐突な叫びはやめてくれ」

「アレ! アレ見てよアレ」


 オレの窘めをスルーしてアリサがオレの肩を掴もうとピョンピョンと跳ねる。


 ――なんだろう?


 オレが腰を落として視線を合わせると、珍しくセクハラ無しにオレの耳元に口を寄せて小声で囁く。


「アレ、あの白髪頭! あの子の称号見て」


 アリサの指さす方に視線を送る。

 なんとなく予想していた通りに、そこにはゴミ拾いの仕事をしているシン少年の姿があった。


「ああ、言ってなかったっけ」

「し、知ってたの? ――っていうか前に学院で会った時はあんな称号なかったわよ? も、もしかして転生者とか?」

「転生者なら髪の色が違うだろ?」

「あっ、そっか。そうだよね」


 少し落ち着きを取り戻したアリサに、勇者シンに関する事を簡単に伝える。

 大道芸人達の音楽や雑踏に紛れるように小声で話したので、ゼナさん達に聞かれる心配は無い。


「ふ~ん、記憶喪失の現地産勇者か……」


 アリサが腕組みして少し思案した後、くりんとこちらに紫色の瞳を向けて尋ねてきた。


「ねぇ、あの子も魔王と戦えるくらい育てるの?」

「いや、そっちはハヤト達、召喚勇者がいるし、シン少年の育成はジュレバーグ卿に押しつけようと思ってる」

「そっか、女の子じゃないもんね~」


 うんうんとアリサが納得したように頷く。


 ……いやいや、性別で育成をするか否かを決めたりしないぞ?





「離してぇ――」


 アリサの妄言に脱力したタイミングで幼い子供の悲鳴を聞き耳スキルが拾ってきた。

 悲鳴の出所は路地裏に消えようとする怪しい風体の男が抱えるズダ袋らしい。


 視線を巡らせると、既にダッシュ開始の姿勢で固まっているポチとタマの姿が目に入った。

 二人の体は悲鳴を上げた子供の方を向き、視線だけがオレにロックオンされている。

 どうやら、オレの指示待ちらしい。


「行け! ポチ!」

「はいなのです!」

「あ~い――」


 一瞬でポチとタマの二人が瞬動で姿を消した。

 二人はコマ落としのアニメのように、男の前に現れる。


 オレがポチだけに指示を出したのに途中で気がついたタマが、次の瞬間に移動前の位置に復帰し、ご丁寧にもダッシュ開始の姿勢を取り直して顔をこちらに向ける。


「――っ。タマはいらない~?」

「そんな事ないよ」


 うるうるとした目でオレを見るタマに、もう一つの犯罪現場を指さす。

 犯罪は二カ所で行われていたのだ。


「タマはあっちだ」

「あいあいさ~、にゃん」


 楽しげな声と残像を残して、タマがもう一人の誘拐犯を取り押さえに向かった。

 リザとナナにも二人のサポートに向かわせる。


「え、ええ? あの、いったい何が?」

「ゼナっち、アレ!」


 状況を理解できずに慌てるゼナさんに、リリオがポチが取り押さえた男を指さしている。

 ゼナ隊の他の二人――イオナ嬢とルウは騒ぎの隙をついて悪さをしようとする者がいないか警戒しているようだ。


「誘拐のようですね。ゼナさん、すみませんが衛兵を呼んできていただけませんか?」

「は、はい――」

「私とルウで行ってきます。ゼナさんとリリオは子爵様の傍にいてください」


 慌てて駆け出そうとするゼナさんを制して、イオナ嬢とルウの二人が露店街の手前にあった衛兵の仮設詰め所に駆けていった。


「悪人を捕まえたのです」

「タマも捕まえた~?」

「マスター、被害者を保護しましたと報告します」

「こちらも保護しました」


 ポチとタマが気絶した男を運んできてオレの足下に転がす。

 ナナとリザがそれぞれ被害者の子供を連れてきた。


 ズダ袋の中から助け出されたのは、裕福ではなさそうな身なりの小学生くらいの幼女達だ。

 流行しているのか、どちらの子も白い布を腕に捲いている。


「おい、アンタ! チナとオルナを離せ!」

「シン兄ぃ」

「シン兄ちゃん」


 どうやらシン少年の知り合いらしい。

 少年の登場に気がついた幼女達が泣きながらシン少年に飛びつく。


 AR表示の詳細情報を確認したところ、幼女達はシン少年と同じ孤児院の所属だと判った。


「この子達の知り合いかい?」

「ああ、そうだ」


 シン少年が子供達を庇うようにオレの前に立つ。


「なら、その子達は任せたよ。オレはこいつらを尋問するから」

「こ、こいつらを助けてくれたのか?」

「おふこ~す」

「そうなのです」

「あ、ありがとう。疑って悪かった。おい、お前達もお礼を言え」

「たすけてくれてありがとう」

「ありがと」


 シン少年に促された子供達がポチとタマの二人にお礼を言っている。


「人混みは危ないから、来るなって言っただろ?」


 シン少年が掠われそうになった子達を叱る声をBGMに男達を尋問する事にした。


「でも、院長先生が行っていいって」

「院長が?」

「うん、この白い布も院長先生が捲いてくれたの」

「お祭りで迷子になっても見つけられるように、目印・・なんだって」

「あのケチな院長が?」


 そういえば、シン少年の孤児院の院長には人身売買の疑いがあったっけ。


「さて、犯罪者君。君たちに聞きたい事が二つある――」


 二人は犯罪ギルドの一員ではなく、食い詰めたスラム街の者達だったので、少し脅しただけで簡単に口を割ってくれた。


「ほ、本当だ。腕に布を巻いた子供・・・・・・・・・を掠ってこいって言われただけなんだ」


 ――黒だな。


 孤児院長が誘拐事件の黒幕、あるいは黒幕の片棒を担いでいるらしい。


「この先の路地裏にいる男の所まで連れていったら、大銅貨1枚くれるって言うから……」


 そんな端金はしたがねで誘拐を――って、スラム街の住民にとったら端金じゃないな。


 今回のオークション関係であぶく銭が山ほどあるから、スラム街の住民用のハローワーク設置とか雇用の創出とかをしてみるか。

 面倒なので、詳細な計画書はエチゴヤの幹部に丸投げしよう。

 オークションが終わったら二人ほど暇になるから丁度良い。


 オレは少し逸れた思考を修正し、男達への尋問を続ける。


「誘拐を命じた男が誰か判るか?」

「ああ。黒いフード付きのローブで顔が見えなかったけど、若い男の声だった」


 ふむ、金で雇われたヤツから聞けるのはこのくらいか。


「マスター、この男が証言した場所にいた悪人を捕らえ、幼生体を保護しましたと報告します」


 腕に黄色い布を巻いた幼い少年を小脇に抱えたナナが、薄汚れた誘拐犯を引き摺って戻ってきた。

 さすがに衆目が集まっていて居心地が悪い。


 この少年の所属はシン少年とは別の孤児院のようだ。

 どうやら、誘拐犯と結託する悪徳院長は一人ではなかったらしい。


 さて、悪徳院長達を牢屋に招待しないとね――。


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