13-7.撒き餌

 サトゥーです。撒き餌というと子供の頃に防波堤でしたさびきを思い出します。撒き餌のオキアミを撒くと激しくイワシ達が反応して、少し怖いと思ったことを覚えています。





「ペンドラゴン卿、これは明後日からのオークションに出品される予定の品であろうか?」

「受付期間が終わっていましたので、再来月のオークションに出品しようと考えております」


 公都の老子爵がオレの前に置かれた宝珠を見て目を輝かせている。


 オレは王国会議終了後に社交サロンに寄って、血玉で作った宝珠を見せびらかしていた。

 もちろん、自慢や虚栄心を満たす為ではなく、昼休みに聞いた王城を荒らす盗賊達をおびき寄せる為のエサにする為だ。


 この血玉は迷宮下層の吸血鬼バンから貰った品の一つで、主に体力回復やスタミナ回復の魔法の道具の素材に使われる。

 オレみたいに使い捨ての魔法薬の素材に使う者はめったにいないらしい。


 一緒に貰った血珠の劣化版の魔法素材なのだが、この血玉自体もかなりのレア素材で、サガ帝国にある血吸い迷宮に出没する「血の従僕ブラッド・ストーカー」達のレアドロップ品としてしか市場に供給されないそうだ。


 もっとも、オレはバンやその配下の吸血姫達がお手軽に作るのを見ていたので、あまり貴重品という気がしない。


「ルビーかと思ったが、これは血玉ですな」

「まさか――ビスタール公がお持ちの血玉の首飾りはもっと赤茶色をしておりましたぞ?」

「血玉は明るい赤色の物ほど質が良いと聞き及びます」

「これほど澄んだ色の血玉なら、どれほどの値が付くか……」


 少なくとも贅沢品を見慣れた大国の上級貴族が目の色を変える程度には貴重品らしい。

 ……もっと手ごろな、拳大のルビーやエメラルドにしておけば良かったかも。


 思ったよりも反響が大きかったが、当初の予定通り噂になってくれるだろう。

 ちょっと目立ってしまったが、「階層の主」討伐や子爵に陞爵した事にくらべたら些細なものだ。





 さて、噂の拡散は貴族の側近やあの場にいたメイド達に任せるとして、オレの方は宝珠の保管場所の準備をしよう。

 王都についた時に作ろうと考えていた盗賊ホイホイは未だに着手していない。


 今晩のパワーレベリング場所の確認も兼ねて迷宮の中で盗賊ホイホイの建設を行おうと思う。

 まず、メモ帳に簡単な設計図を描き出す。

 迷宮都市の屋敷でも一度作ったので、それをちょっと改良したバージョン2だ。


 次は素材の準備をしよう。

 迷宮の非常に硬い壁を聖剣で切り出し、建材として使用する。

 接着には樹木型の魔物が出す強力な粘着液を大量に確保してあるので問題ない。


 ほんの三十分ほどで組み上がった盗賊ホイホイは、一辺7メートルの立方体の建造物だ。

 内部は立体的な迷路状の通路の組み合わせになっており、非殺傷系の罠が色々と準備してある。

 通路は立って歩くどころか這って移動するのがやっとの通気孔のような狭さで、行き止まりも用意しておいた。


 たぶん、普通に移動したら宝部屋まで一時間くらいはかかる計算だ。

 小動物を使役あるいは召喚できる盗賊なら易々と宝部屋まで侵入できるが、その対策に一定以上の膂力りょりょくが無いと宝を取り出せないように固定すれば良いだろう。


 後はこれを王都の屋敷の庭に埋めるだけだ。





 一旦、王城に帰還し、そこから馬車で屋敷に戻る。

 迷宮で時間を消費してしまったせいか、迷宮に行く前に我が家にあったゼナさんのマーカーがセーリュー伯爵の屋敷に移動していた。


 着替えを済ませてリビングで寛ぎながら、アリサにゼナさんの事を尋ねる。


「ゼナさんはもう帰ったのかい?」

「うん、伯爵からの呼び出しの使者が来たのよ」


 ふ~ん、何か緊急事態でも起こったのかな?

 後でエチゴヤ商会の方で何か情報が入っていないか聞いてみるか。


 庭で遊んでいたタマとポチがリビングの窓から顔を出す。


「えもの~?」

「ご主人様、不審者を捕まえたのです」


 どうやら早くも噂が効果を出し始めたようだ。

 オレは勝手口から庭に向かい、二人が捕まえた賊を検分する。


 AR表示によると犯罪ギルド「手長猿」の一味らしい。

 王都に到着した時にオレ達の馬車を襲った連中の残党だろう。


 マップを検索したら屋敷から下町に逃げる光点があった。

 マーカーだけ付けて食後にでも捕縛しに行こう。


「さて、不審者君。誰の命令で侵入したのか話してもらおうか?」

「ふ、ふんっ。俺様が喋ると思うのか?」

「もちろん、喋るさ――」


 遮音魔法と目隠しの土壁を作って尋問を行う。


「――やれ」

「かくご~?」

「地獄の苦しみが待っているのです」


 オレの指示でタマとポチの拷問が始まる。

 遮音空間内で不審者の笑い声・・・が響き渡る。


 楽しそうに擽るタマとポチを手伝う為に「気体操作エア・コントロール」の魔法で空気の流れを抑制しておく。これで酸欠度もアップするだろう。


 不審者が折れたのは1時間後だった。

 思ったよりも口が堅いやつだったみたいだ。


「――ビスタール公爵の乗った飛空艇から運び出された宝珠を盗み出せって、お頭から命じられていたんだ。ここの子爵がその宝珠らしき物を持ってるって話を聞いて――」


 息も絶え絶えに不審者が語る。

 ふむ、王都に到着した日に襲われたのも、宝珠狙いだったのか……。


 前に捕縛したのは実行部隊のリーダーだったらしい。

 マップでこいつらの頭目を検索する。


 ……該当なし?


「お前たちの頭目の名は?」

「ロ、ローポ」


 今度はその名前で検索するが見つからない。


「どうやら拷問が足りなかったようだな」


 ポチに指示して安物の青銅剣を指で折らせる。

 それを見て顔面を蒼白にした不審者が潔白を主張した。


「ま、待ってくれ! 俺は嘘を言っていない!」


 真に迫った表情だが、盗賊の言葉を真に受けるわけにはいかない。

 タマとポチの二人に拷問再開を指示しよう。


『ご主人様、ルルが蟹鍋の準備ができたって言ってるわよ』

「わかった、すぐに戻る」


 音声が届かないので、アリサが空間魔法で連絡してきた。


 盗賊を拷問するよりも鍋の方が重要だ。

 俺は盗賊を縄で縛って土壁の中に放置する。縄抜けして逃げ出したとしても、盗賊の本拠を襲うときに一緒に再捕縛すれば良いだろう。


「さぁ、二人とも晩御飯にしよう」

「あい!」

「はいなのです!」


 オレは二人を連れて屋敷に戻った。





 夕飯の時に皆から王立学院でのできごとを教えてもらう。


「まったく、ミーアったら生徒じゃなくて先生になっているんだもん。びっくりしたわよ」

「ん、さぷらいず」


 ミーアが勝ち誇ったような微笑でアリサにピースサインを向ける。

 元々、学院には研修教員枠で入ってもらう予定だったので問題はない。


「しゃてい~?」

「そうなのです。ご主人様、ポチの話も聞いてほしいのです」


 タマに促されてポチが騎士学舎でのできごとを語ってくれる。

 なんでも、二人に舎弟ができたそうだ。


 そして、〆の蟹雑炊を平らげた後にアリサが言いにくそうに切り出した。


「それでさ――」


 言い淀むアリサ。


「何をやらかしたんだ?」

「怒らない?」

「内容によるな。さっさと話せ」

「うぅ、そんなに悪い話じゃないのよ……」


 なら、なぜそんなに言いにくそうにする。


「王女様とお友達になったの」

「メネア王女か?」


 王立学院で思い出す王女と言ったらメネア王女くらいだ。

 アリサがふるふると首を横に振る。


「違うの。システィーナ殿下」


 ――また、殿下か。


 だが、システィーナという名前には聞き覚えがある。

 ……そうだ、禁書庫の無愛想な王女様がそんな名前だったはず。


 なんでも、アリサと魔法の話がきっかけで仲良くなったそうだ。


「でさ、王女様のお茶会に誘われたの」

「へ~、良かったじゃないか。ミーアも一緒かい?」

「ん」


 ミーアがこくりと頷く。

 アリサがぽそりと「ご主人様も」と呟く。


「もしかして、オレも王女のお茶会に誘われているのか?」

「う、うん」


 なるほど、言い辛そうにしているはずだ。


 システィーナ王女といえばレッセウ伯との婚約解消でフリーになっている。

 オレがお茶会にお邪魔したら、彼女の伴侶の座を狙っていると周囲に誤解されそうだ。


 もっとも、アリサがそんな事に気がつかないとも思えないし、よっぽど王女と気があったのだろう。

 ここは多少の風聞くらい受けてやろうと思う。


「そんな顔をしなくていい。王女のお茶会に参加するよ」

「……いいの?」

「ああ、別に下心があるわけじゃないし、貴族の奥方主催のお茶会の延長だと思えば問題ないさ」


 それに、中級魔族がレッセウ伯爵領で暴れたせいで、領主の妻の座を得られなかったシスティーナ王女が「殿下」の可能性も低いだろう。


 ――婚約解消したくて、レッセウ伯爵領を半壊させたなら話は別だけどさ。





 夕飯後、盗賊ホイホイを庭に設置してから、クロの姿で犯罪ギルド「手長猿」のアジトを襲い、その場にいたメンバーを全員捕縛する事に成功した。

 万が一逃げられた時のために、近くの給水塔の天辺にアリサとタマを配置していたのだが、無用に終わってしまった。


 捕縛が完了したところで、不意に謎の気配が生じた。


「――我が手足を襲うとは命知らずなヤツめ」


 銀光と共に飛んできた刃を横に飛び退いて避ける。

 いつの間にそこに現れたのか、両手に曲刀を持った緑装束の男が立っていた。


 AR表示による名前は「ローポ」、レベル66となっている。


 ――変だ。さっき検索した時にはいなかった。


 双曲刀による攻撃を受け流しながら、ヤツにマーカーを付ける。

 ヤツの剣術はそれなりに上手いが、「先読み:対人戦」スキルのあるオレの敵じゃない。


「なるほど、腕に自信があるようだ――」


 余裕ぶって呟く男が再度連撃を掛けてくる。

 今度は攻撃を受けずに避け、奴が刀を返す前にヤツの緑装束の覆面を切り裂く。


 それは見知った顔だった。

 魔神の部分召喚を成した「自由の光」の幹部、「蜃気楼」ポルポーロと同じ顔だった。

 ポルポーロにローポ、名前も似ている。ヤツの親族かもしれない。


 さて、剣で遊ぶのはそろそろ止めて、いつもの掌打で無力化しよう。


 ――突然、ヤツが奇行に出た。


 なんと、自分の曲刀で自分の胸を突いたのだ。

 傷口から噴出した血が霧状になって襲ってくる。


 ――なぜか、危機感知が反応した。


 オレは血を浴びないように後ろへと飛びずさる。

 血を浴びた地面が強い酸を浴びたように白煙を上げて焼かれていく。


 ヤツの姿が無い。

 白煙がほんの一瞬、ローポの姿を隠した隙に部屋の外に逃げ出したようだ。


 部屋の中にいた捕縛したはずの「手長猿」のメンバーは全員殺されている。

 たぶん、口封じだろう。手足とかいっていたくせに切り捨てるのが早い。


 鉄臭い部屋の中でマップを開く。


 ――いない?


 ヤツを示すマーカーがマップに映っていない。


 もしかして、影魔法を使っていたのか?

 オレはそう考えてマップのマーカー一覧を確認する。


 ――バカな。


 そこにもローポの名前は載っていなかった。

 影魔法の中やユイカのユニークスキルで作った結界内でも、マーカー一覧には記載されていたのに……。


 何かオレの知らないユニークスキルの類を持っていたのかもしれない。


 勇者か魔族か魔王か……。

 少なくとも本物の「殿下」の関係者と考えていいだろう。


 オレは遺体以外のアジトの物品を全回収して帰宅した。

 この中に「殿下」へと繋がる情報がある事を祈って。

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