13-5.王城にて
サトゥーです。やっかい事や問題は終わった気でいるときにこそ、大挙してやってきます。
開発終盤で「もうバグは取りきった」と発言するのはフラグだと思うのです。
◇
「ところで、ペンドラゴン卿は第一夫人を誰にするか決めたかい?」
王国会議の休憩時間に、そんな事を話題にしたのはトルマだった。
不穏当な発言をするから、オレに幼女を押し付けたい貴族達が遠くのテーブルから殺気立った目で見てくるし、公都の食いしん坊貴族さん達まで微妙な顔をしているじゃないか。
ちなみに名誉准男爵の彼がこの場にいるのは、シーメン子爵への伝言を届けにきたからだ。
「当分嫁を貰う気はないよ」
オレは正直にそう告げる。
アーゼさんを嫁にしたいのはやまやまだが、エルフは基本的に気が長いので10年くらい求婚しないと本気にしてもらえない気がする。
「そういう訳にもいかないだろ? 一代限りの名誉貴族じゃなくて永代貴族なんだから、国法で一年以内に子供ができなかったら次の妻を娶らないとダメだったはずだよ? うちの兄者もそれで第四夫人まで娶る事になったはずだしね」
――マジか?!
なんだその悪法は。
落命しやすいこの世界なら次代の確保の為に仕方ないのかもしれないけれど、結婚くらい自由意志でさせてほしいものだ。
トルマの話には続きがあって、上級貴族の場合は最低3人の夫人を持つのが普通で、夫人以外にも平均5人は妾を持っているらしい。
上級貴族で夫人を一人しか持っていないのは、ムーノ伯爵を含めて数人だけとの事だ。
リアルハーレムか……。
よく体力が保つものだ――って、そうか、そのせいでエチゴヤの精力増強剤があんなに飛ぶように売れていたのか。
他の錬金術師達が困らないように相当高額のボッタクリ値段設定をしたのに、王都に着いてから補充した分が既に売り切れている。
「王族を妻にしたいとか無謀な願いがあるわけじゃないなら、カリナでもお嫁さんに貰ってあげなよ。ペンドラゴン卿は年下が好きだと思うけど、第一夫人は年上の方が良いと思うよ」
「待たれよ、シーメン准男爵。無理強いはいかん」
カリナ嬢を売り込み始めたトルマを、ロイド侯が止めてくれた。
さすがは年の功だ。ただの食いしん坊貴族じゃ――。
「ところで、ペンドラゴン卿、わがロイド家の娘は多産で有名でな」
――前言撤回。
貴方までトルマと同じノリになってどうするんですか。
「トルマ叔父様、あまりサトゥーさんを困らせてはいけませんよ」
オーユゴック公爵の付き添いで登城していたセーラが、淑やかな微笑みで助けに来てくれた。
先ほどまで他の女性官僚達と談笑していたのに、友達甲斐のある良い子だ。
セーラがオレのすぐ横に腰掛ける。
……少し近くないか?
「ね、サトゥーさん」
せっかくの助け舟だ。ここは流れに乗っておこう。
「ええ、そもそも永代貴族に取り立てられるとも思っていませんでしたから、まだ結婚などは考えていません」
セーラに促されて、そう皆に告げる。
それで分かってもらえたのか、トルマ達の嫁斡旋行動が収まった。
自分の仲裁が上手くいったからか、セーラがやけにニコニコとした顔でお茶を傾けていた。
◇
さて、冷静になって考えてみたら、必要なのは跡継ぎのはずだ。
ならば、別に実子が必要とは限らないだろう。適当な養子を貰ってペンドラゴン家を継がせればいい。
ちょっと楽な気持ちに回復したので、さっきから聞き流していた王国会議の議題に耳を傾ける。
王国会議では王都の復興に必要な建材を確保する為に、買占めを行なっている商人達から強制接収するか、周辺領地からも輸入するかが議論されていた。
――おっと、そういえば支配人からも資材の件を言われていたっけ。
オレは昼休憩の始めに「
そうしている間にも王国会議午前の部が終わり、昼休憩となった。
公都の貴族さん達から昼食に誘われたが、先に宰相の開く昼食会に招待されていたので、断りを入れる。
なんでも宰相は新しく上級貴族になった者とは必ず会食をして、交流を持つ事にしているそうだ。
「ペンドラゴン子爵様、ご案内いたします」
見覚えのある宰相の侍従がオレを迎えに来てくれたので、彼の案内に従ってついていく。
もっとも、会ったのはクロとしてなので、気安く話すわけにもいかない。
少し気まずくなったところで、王城の中にある採光の良い会食室へと案内された。
宰相達が来るのはもう少し後なので、暇つぶしがてら窓からの景色を眺める。
ここからは桜の大樹がよく見える。
「――桜は好きかね」
「はい、桜はとても好きです」
声を掛けてきたのは、文官を従えた宰相だった。
いつの間に来たのやら。
それにしても、会食のはずなのに何か面接のような雰囲気だ。
「座りたまえ。今日の食事は他国から招いた料理人に作らせた物だ。口に合わないものがあったら遠慮なく残して構わん」
――ほほう、それは楽しみだ。
前菜は茹でたエビをトッピングしたサラダだ。
何の変哲も無いサラダだと思って口に入れた瞬間、ドレッシングの非常識さにやられた。
まさか、ドレッシングだと思ったのが透明なハチミツをベースにしたソースだったとはっ。
先入観さえなかったら、不思議なほど美味しかったのだが、なかなかインパクトがある。
宰相は澄ました顔で食べているが、ナナシとして何度も宰相と会った経験からわかる。
ぜったい、宰相はオレの驚いた反応を楽しんでいる。
次に出てきたのは白いサラサラとしたスープ。
香りはコーンスープっぽい感じだが、油断はできない。
オレは先ほどの経験を活かして、ほんの少しだけ口に含む――すっぱ!
後味は悪くないが、すっぱいのが苦手な人間には辛そうだ。
「異国の料理は口に合うかね?」
「ええ、実に刺激的な美味しさです」
これはリップサービスではなく本心だ。
食事の後にでも料理人に会って、どこの国の料理か教えてもらおう。
そんな感じで宰相のビックリメニューは、どれも見た目と味のギャップがあったものの総じて美味かったので不満はない。
宰相の質問に当たり障りの無い返事をしつつ、色々な食事を楽しむ。
そしてメインで出てきたのは、子豚サイズのイモムシの丸焼きだった。
香りは豚肉のテリヤキっぽい。
給仕の人がイモムシの外皮を切り分けて皿に盛ってくれる。
最後にトロリとしたイモムシのジェル状の身をソースのように外皮の切り身に掛けて完成らしい。
……いや、これは盛り付け後に出した方がいいんじゃないか?
ま、これもきっと美味しいだろう。
迷宮都市で暮らす前のオレだったら絶対に拒絶していたと思うが、迷宮内で色々と魔物の肉を食べた今では、このくらい許容範囲だ――たぶん。
ここは宰相の舌を信じよう。
オレは意を決して、給仕の教えてくれた通りに外皮にソースを絡めてから口に運ぶ。
――美味い。
外皮がパリパリなのにそのすぐ内側がジューシーで、割と面白い食感だ。
それに甘辛いソースがよく合う。
「――合格だ」
上機嫌そうな宰相が左右の文官にそう小声で呟いたのが聞こえた。
しまった、これは何かの試験だったのか?
途中で顔を顰めるなり、最後の料理を食べずに済ますなりするべきだった。
美味しい料理を食べるのが楽しくて、つい完食してしまった。
これではロイド侯やホーエン伯を食いしん坊貴族なんて呼べなくなってしまいそうだ。
◇
宰相との昼食会の後、昼からの王国会議が始まるまでに30分ほど時間があったので、オレはこっそりとエチゴヤ商会に来ていた。
「クロ様、この三人を派遣員に選びました」
支配人の傍らには旅装束を調えた3人の貴族娘達がいる。
この娘達には「相場」や「交渉」などの頼もしいスキルがある。以前にはなかったはずだから、昨日のパワーレベリングの成果だろう。
「良い人選だ」
オレは短時間で準備を整えさせた支配人を労い、娘達にこれからの目的を指示する。
「お前達の任務は、王都復興の建材の買いつけとエチゴヤ商会の仮支部の確保だ。建材は現地引渡しで安く買い付けろ。輸送は考えなくていい。仮支部はさほど立派な建物でなくても構わないから、今月中に引渡し可能な物件を選べ」
「「「はい! クロ様」」」
オレは元気良く答える娘達を連れて、公都へとユニット配置で移動した。
ここで一人降ろし、再びユニット配置でムーノ市へと移動して次の娘を降ろす。
最後のクハノウ市までは2回の帰還転移で移動した。
「ク、クロ様、ちょっと休憩させてください何か眩暈がします」
どうやらユニット配置よりも帰還転移の方が乗り心地が悪いようだ。
気分が良くなるまで付いていてやりたいところだが、あと20分ほどで午後の会議が始まってしまう。
オレは近くの茶屋まで貴族娘を運び、そこの個室を借りて彼女を楽な姿勢で寝させてやった。
「クロ様……」
「ここで暫く休め。夜二刻になったら迎えに来るので、それまでに任務を終えるように」
変に色気のある声で見上げる娘に、努めて事務的に告げて茶屋を去った。
密室でハタチ過ぎの美人に迫られたら、理性がヤバイのだよ。
◇
『だから! 「竜の瞳」が盗まれたと言っておるのだ!』
「落ち着いてください、殿下」
午後の会議に向かっていたオレは、「聞き耳」スキルが回廊の向こうから拾ってきた声が気になって、寄り道をしてしまった。
……また「殿下」か。少々食傷気味だ。
そこには妖精語を捲くし立てるレプラコーンの少年と、妖精語がカタコトしか分からない感じの文官の姿があった。
レプラコーンの少年は白を基調としたキンキラの衣装を纏い、それに合わせたようなゴテゴテした装飾品を帯びている。
文官の言葉にあったように、大陸南西部にあるレプラコーンの国の王族だ。実年齢は365歳なので見た目ほど幼いわけではなさそうだ。
なお、妖精語は妖精族の共通語ともいうべきエルフ語の下位互換言語なので、オレは問題なく理解できる。優美なエルフ語を木訥な感じにした言葉だ。
『何かお困りですか?』
『おお! 貴殿は妖精語が分かるのだな。部屋に置いてあった「竜の瞳」が盗まれてしまったのだ!』
『宝石か何かですか?』
『違う! 「竜の瞳」は我が国伝来の宝珠だ。竜の持つ森羅万象を見破る鑑定の魔眼を使用者に与えるのだ』
――今度は宝珠か。
最近、何を見聞きしても魔族関係のものに深読みしてしまう。
このままだと枯れ尾花を見てもレーザーで焼き払う事になりそうだ。
オレは気を取り直して、彼の言葉を文官に伝える。
「また、盗難事件ですか!」
文官の言葉に首を傾げる。
「王城でそんなに盗難があるのか?」
オレは文官にそう尋ねながら「竜の瞳」をマップで検索してみたが、どこにも存在していなかった。
転移で持ち去られたか、アイテムボックスに保管されているかのどちらかだろう。
「……い、いえ、そんな事は」
文官がしどろもどろに失言を誤魔化そうとする。
『何を話しておる! 我が国の秘宝なのだぞ! はよう捜索隊を出さぬか!』
レプラコーンの少年が必死に訴えるので、他の盗難事件の事は後回しにして少年の要求を文官に伝える。
彼の言っていた「竜の瞳」は、使用者に「物品鑑定」のスキルを一時的に付与する事のできるアーティファクトで、効果中の使用者の虹彩が縦に割れて金色に変わる事から、この名前が付いたそうだ。
なお、少年と雑談している間に知ったのだが、一日三回までスキルを付与する事ができ、一回あたり1時間ほど効果が持続するそうだ。
色々な手配が終わった後、先ほど失言をした文官を問い詰めたところ、ここ二日ほどの間に王城で3件の盗難が発生しているのだそうだ。
いずれも宝珠のような形状をした宝石っぽい外見の品が被害に遭っているらしい。
――宝珠っぽい品か。
前に桜餅魔族か「自由の光」の斥候が「殿下」を孵化させるのに必要だと言っていた品も宝珠だったはずだ。
やはり、「殿下」の関係者が暗躍しているのだろうか?
王城の宝物殿にあった宝珠はオークションが始まるまでオレが預かる事になっている。
その事を知らない連中が、宝珠っぽい物を物色しているのではないだろうか?
それにしても、「殿下」とは何者なのだろう?
ここは大国の王都だけあって、「殿下」という尊称を受ける人間が100名以上いるのでマーカーを付けて追跡するには少し多い。
昨日のアリサとの会話のついでにマップ検索した時にも、怪しそうな存在はヒットしなかった。
現在の王都に魔王信奉者の「自由の光」や「自由の翼」の残党はもういないし、シガ八剣の暗殺を企てたパリオン神国の関係者も出国した後だ。
これがマンガやラノベだったら主人公と接触した人物で絞れるのだろうが、現実ではそう便利な法則など適用されない。
もし適用されるなら、アリサが接触したソウヤという日本人顔の庶子の王子が「殿下」なのだが……。
桜餅魔族や「自由の光」の発言は国王や宰相に伝えてあるし、「殿下」の絞込みは彼らに任せるとして、オレの方でも罠の一つでも設置して犯人をおびき出してみるか。
オレはどんな罠が良いか思案しながら、時間ぎりぎりに午後の王国会議第二部へと滑り込んだ。
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