13-2.新春のお仕事


 サトゥーです。社会人になってからは大晦日を会社で迎える事も多かったですが、元日は休みをもぎ取るようにしていました。やはり元日だけでも正月気分を味わわないとね。





「――以上、王国会議後のオークションまでは現金での売却のみを徹底する事。金の無い貴族には、来月から売り掛けの販売を検討していると伝えておけ」

「承知いたしました」


 オレは子供達を寝かしつけたあと、夜中にエチゴヤ商会に出向いて新年の訓示と方針の再確認を行なった。

 エチゴヤ商会本邸の最上階にある作戦会議室に集まったのは、支配人を始めとした商会の幹部をしている元探索者の貴族の娘達とポリナを始めとする工場の幹部達、それからクロの奴隷のネルとティファリーザの合計16人だ。


「クロ様、先日のナナシ様のご活躍に感銘を受けた貴族達から多数の面会を希望する手紙が届いております。中でも三公爵や八侯爵からの手紙には早めに返信をする必要がございます――」

「オレは会わん。支配人に任せる。主のナナシ様と共に他国に出征中だと伝えておけ」

「畏まりました。訪問の順序にご希望がございましたら――」

「一任する」


 オレの丸投げにも、嫌な顔一つせずに支配人が粛々と頷いた。

 この娘は門閥貴族のパワーバランスや折衝事に強いので、ややこしい交渉はオレが出張るよりも確実だ。


「クロ様、経理や事務処理、邸内の機密区画で奉仕を行う使用人が不足しております。また、邸内に侵入を試みる間者が増えているので、それに対処できる人員の増員をお願いしたいのですが……」

「分かった。雇用を許可する。人選および給与額は支配人に任せる。結果だけ報告書に纏めておけ」

「ご信頼ありがとう存じます。ですが、機密区画なので通常の使用人ではなく、知識奴隷を購入したいと考えております」


 ふむ、奴隷か。

 マップで奴隷商の在庫を検索してみる。


 ネルやティファリーザを買った奴隷商人の所に、十分な人数がいるようだ。

 反逆罪で廃爵された貴族が何家もあったから、その家の家臣達が犯罪奴隷として売られたのかもしれない。


「よかろう、奴隷の購入を許可する。支払いは月末払いを持ちかけろ」

「支払い方法は問題ありませんが、奴隷の購入にはクロ様に足を運んでいただかないと主従の契約ができませんので……」

「主人はお前にしておけ」

「私で宜しいのですか?」


 エチゴヤ商会の予算から出す予定だから何の問題もないので、支配人の言葉を肯定してやる。


「最後に宰相様より、王都の復興について協力の依頼がきております」

「――協力?」

「はい、協力と申しますか、エチゴヤ商会への復興資材の発注でございます」


 支配人の横から差し出されたティファリーザの書類を一瞥する。

 市価の5割増しの価格になっているので割が良いが、期限がそれなりに早い。


「よかろう、受けておけ」

「クロ様、老婆心ながら――」


 支配人が現在の王都周辺では建材の買占めが発生しているので、市価の5割り増しでは希望数を確保するのが難しいと忠告してくれた。


「問題ない。建材は公都、ムーノ領、クハノウ領あたりから取り寄せる」

「ですが、それでは運搬費用が……」

「忘れたのか支配人?」


 運搬をオレがやれば問題ない。

 たぶん、現地で購入すれば市価の2割程度で確保できるはずだ。


 現地の商人に建材の確保だけさせれば、手間も無いだろう。


 それで仕事関係の話が終わったので、年始の宴会となった。

 支配人の指示で、階下に用意されていた豪華な料理や酒が作戦会議室の巨大なテーブルに並べられる。


 ――そうだ、皆が酔っ払う前に、もう一つ伝えておかなければ。


「皆、聞け。明日の晩、夜二刻の後から特別任務を与える」


 夜二刻は日暮れから6時間くらい経った頃だ。

 オレの言葉を全員が聞いている事を確認して、続きを伝える。


「一刻ほどで終わるが、その後は仕事にならない可能性が高い。その日の仕事は集合前に済ませておけ」


 最初の「特別任務」でざわっとした割に、続きの言葉の後は部屋に静寂が降りてしまった。

 新年早々に深夜残業の話で不満が出たのかと思ったが、特にそういう雰囲気ではない。どちらかというと好意的な様子だ。

 まったく、ワーカーホリックなヤツラだ。


 どんな衣装がいいかと支配人に尋ねられたので、好きな衣装でいいと伝えておいた。

 仕事の衣装なんて大して変わらないだろうに、変な事を聞くヤツだ。


 その時、レーダーに青い光点が映った。ペンドラゴン邸の玄関先だ。

 オレは皆に用事ができたので先に帰ると伝えて「ユニット配置」でペンドラゴン邸の私室に戻った。


 肝心の「幹部連のレベルアップの為に迷宮へ連れていく」という目的を伝え忘れたのに気がついたが、別に危険があるわけでもないので当日でいいだろう。





「ご主人様、お客様です」

「ああ、ルル。寝ていたのに悪いね」


 私室に戻ったオレは早着替えで自分の服に着替える。

 玄関のノッカーの音で皆起きてしまったようだが、寝ていいよと伝えてルルとリザだけを連れて階下に降りる。

 玄関を開けると、ふわりと淡い金色の髪が視界に飛び込んできた。


「サ、サトゥーさん! ぶ、無事で良かった」


 オレに抱きついてきたのは迷宮都市にいるはずのゼナさんだ。

 震える手でオレを抱きしめて「良かった。本当に良かった」と涙声で繰り返している。


 その背後にはリリオ嬢を始めとしたゼナ分隊の三人の少女達もいた。どうやら、複数の馬を乗り継いでやってきたらしく、彼女達も馬も息絶え絶えだ。


 ぶるん、と聞きなれた鼻息に視線をやれば軍馬や乗用馬の間に、貫禄のある馬車馬が二頭ほど混ざっていた。

 迷宮都市の屋敷に残してきたギーとダリーの二頭だ。

 よく見れば他の馬達もうちの屋敷の馬達だった。留守番のミテルナ女史から借りたのだろう。


「はい、安心してください。うちの子達は誰も怪我をしていません。さ、皆さん、お疲れでしょう。客間を用意しますので、汗を拭いて休憩してください」

「すぐに客間を用意してきますね」

「では馬は私が厩舎に連れていきます」


 オレの言葉に反応して指示するよりも先に、ルルとリザが行動を起こす。

 抱きついたまま泣き出したゼナさんをあやしながら、ゼナ隊の三人を邸内に招く。


「大変だったみたいだけど、この辺には被害がなかったのね」

「ええ、運が良かったようです」


 イオナ嬢に答えながら、応接室へと四人を案内した。


「もしかして魔王が出ちゃったり?」

「いいえ、桃色をした丸い上級魔族や多数の魔物だけです」

「――上級?!」


 リリオ嬢の冗談めかした言葉に素直に答えたら、横に座ってルルの淹れたお茶を飲んでいたゼナさんが跳ねるように振り返った。


「ああ、ご心配なく。勇者ナナシ様とその従者の黄金騎士団が全て倒してしまわれました。私達にはまったく出番がありませんでしたよ」

「よかった……」


 ゼナ隊の面々によると、迷宮都市で一緒に訓練を受けていた神官が突然、王都の危機を報せる神託を受けたのだそうだ。


「まったく、いきなり魔法を使って走っていこうとするゼナっちを止めるのは大変だったんだから」

「も、もうリリオったら! それは内緒にしてってあれほど!」


 たしか風魔法の「風早足ウィンド・ウォーク」は馬よりも速く走れるけど、筋肉疲労が激しいから、マラソンみたいな距離を走るのには向いていない。


「それで勝手ながらミテルナ殿にお願いして、お屋敷の馬をお借りして皆で押しかけた次第です。私どもが無理を言って強引にお借りしたので、ミテルナ殿には寛大な沙汰をお願いいたします」

「大丈夫ですよ。そのくらいの裁量は彼女に与えてあります」


 イオナ嬢がミテルナ女史の独断を代わりに謝罪してきたが、特に問題はないので笑顔で返した。

 ルルが部屋の用意ができたと伝えてくれたので、スタミナゲージが枯渇寸前で疲労の溜まっている彼女達を寝かせる事にした。


「ゼナっちは少年のトコで寝てもいいのよ?」

「もう! リリオのバカ!」


 オレのベッドは広いのでゼナさん一人くらい増えても大丈夫だが、みんな一緒なので、リリオ嬢が期待しているような色っぽい事は起こらないよ。

 彼女達と客間の前で別れる前に「心配してくれてありがとうございます」とゼナさんにお礼を告げた。





「え? 王国会議に出席ですか?」

「ええ、昨日の『大謁見の儀』で子爵に陞爵しょうしゃくしたので出席が義務付けられていて朝から登城しないといけないんですよ」


 オレ達と一緒の朝食の席で、王都見物に同行できないとゼナさん達に詫びる。

 ゼナさんが「し、子爵?!」と呟いて表情を固まらせたのは仕方ないだろう。迷宮都市で再会したら名誉士爵になっていたのに、さらに王都で再会したら3階級特進して子爵にまでなったのだから。


 ゼナさんが落ち着くのを待って話を続ける。

 彼女達はオレの無事を確認したらすぐに迷宮都市に戻るつもりだったようだが、馬の回復に二日はみないといけないので、リリオ嬢やルウ嬢の勧めで王都見物をする事になった。

 建前としては「視察」となる。


「では、リザに案内を頼めるかな?」

「はい、畏まりました。ゼナ様、私ではご主人様の代わりは務まりませんが、誠心誠意ご案内させていただきます」

「いえ、お手数をお掛けします」


 オレの頼みにリザが快諾し、ゼナさん達の案内を任せる事になった。


「名誉女准男爵の案内なんて贅沢よね~」

「ちょっと、アリサ」


 アリサのからかうような言葉と、ルルの窘める声が食堂に響く。


「女准男爵ですか?」

「はい、昨日、爵位を賜りました」


 ゼナさんの驚きの声にリザが粛々と伝える。


「うっそ! 蜥蜴人族が貴族?!」

「やっぱ、ミスリルの探索者になったからか?」

「ちっ、ちっ、ちっ、リザさんの偉業はそれだけじゃないんだなぁ~」


 リリオ嬢の少し失礼な物言いやルウ嬢の素直な驚きの声に、アリサが自慢げに言葉を返す。


「なんと! あの生ける伝説、シガ八剣筆頭の『不倒』のゼフ・ジュレバーグ卿と勝負をして勝っちゃったのよ!」

「すごい!」

「マ、マジで?」

「シガ八剣ってシガ王国最強の剣士集団だろ?」

「俄かには信じられませんが、それが事実なら名誉女准男爵の位を授かるのも頷けます」


 アリサの大げさな発言に、ゼナ隊の娘さんたちが様々な反応を返す。

 素直に称賛の言葉を返したのはゼナさんだけだ。


「しかもシガ八剣に誘われたのも断って、ご主人様の家来でいる事を選んだのよ~」


 アリサが薄い胸を張って自慢する。

 最後に「わたし達も全員『名誉士爵』になったの!」と告げたが、リザのインパクトが強すぎて「ふ~ん」みたいな反応しか返ってこなかった。


 オレは話を変えるべく、アリサに声を掛ける。


「アリサ、悪いけど今日から迷宮都市に戻るまでの間、王立学院に行ってくれないかな?」


 本当は王立学院をオレが直接視察して、授業内容の確認やヘッドハンティングする教師をチェックに行きたかったのだが、王国会議で行けなくなったのでアリサに代わりを頼もうと思ったのだ。


 ――だが、アリサの反応は予想と少々違った。


「よっしゃー! 学園編ね! 武闘大会、迷宮探索と並ぶ三大エターと言われる学園編に突入するのね! うぉおおお、滾ってきたあ!」

「アリサ、お行儀が悪い!」


 椅子の上に立ち上がって叫ぶアリサを、ルルが叱りつける。


「しかたないんやぁ~」

「お客様の前よ?」

「ゆるしてつかぁさい」


 反省のポーズをするアリサをルルが小声で叱っている。


「学園~?」

「育成校なのです?」

「そんな感じかな。迷宮課もあるけど、文学や魔法学なんかの授業もあるよ。皆も行ってみるかい?」

「行く~」

「行きたいのです!」

「はい!」

「行きたい」


 元気良く答えたのはタマ、ポチ、シロ、クロウの四人だけだ。

 シロとクロウが行くなら保護者としてナナも行かせるとして、ルルとミーアはどうかな?


「私は王城の料理人の方から招待状を戴いているので、そちらにお邪魔しようと思っています」


 そういえば年末の夜会の時に、成り行きでルルと一緒に王城の料理人達と料理勝負のような事をしたっけ。

 ルル一人で行かせるのは不安だな。


「ナナ、悪いけど、ルルの護衛に付いていってくれないか?」

「マスターの命令を受諾」


 ナナがあっさりと頷いてくれたので、ミーアの予定を確認する。


「ミーアはどうする?」

「行く」


 難しい顔をしていたミーアだが、一人で屋敷に残っても意味が無いのでアリサ達と一緒に王立学院へ行く事になった。





 登城の馬車にゼナ隊の四人を乗せて、セーリュー伯爵の王都屋敷へと送った。

 さすがに、王都まで来ておいてセーリュー伯爵の無事を確認しないわけにもいかないだろう。


 門番に来訪を伝えたところで、丁度、王城に向かうために馬車に乗ったセーリュー伯爵一行がやってきた。


 ゼナさん達が馬車から降りて、セーリュー伯爵の馬車の横にひざまずく。


「マリエンテール家のゼナか。後ろの娘達も見覚えがある」

「王都に起こった災害を聞きつけ、迷宮都市から馳せ参じましてございます」


 セーリュー伯爵の言葉にゼナさんが緊張した声で返す。


「うむ、大儀である」


 大雑把な労いの言葉を返した伯爵がオレの方に視線を向ける。


「して、ペンドラゴン卿の馬車で出向いたのはいかなる理由か?」


 伯爵が問い掛ける相手はゼナさんだが、訝しげな視線はオレを向いている。

 そこに屋敷の中からもう一台の馬車がやってきた。


「伯爵様、いかがなされた」


 馬車の中から出てきたのは三十過ぎの赤毛の貴族。

 オレと目が合うなり、貴族の男が破顔する。


「おお、サトゥー殿ではないか?!」

「これはベルトン子爵様、ご無沙汰しております」


 彼はセーリュー市の迷宮騒動の時に、蜘蛛のエサにされそうなところを助け出した貴族だ。


「ベルトン、知り合いか?」

「はい、迷宮で私や娘の危地を救ってくれた恩人です」

「ほう? ムーノ伯爵の家臣が、例の事件に巻き込まれたとは報告を受けていないが……」


 伯爵が記憶を手繰るように自分の髭をしごく。


「サトゥー殿はムーノ伯爵に仕えておるのか?」

「はい、少々ご縁がございまして。事件の後にムーノ伯爵に名誉士爵に取り立てていただきました」

「ほう、大した出世ではないか!」


 ベルトン子爵が豪快にバンバンとオレの肩を叩いて祝福してくれる。

 この人は魔法使いのはずなんだが、騎士や戦士みたいな喜び方だ。やはり、火とか炎の属性の魔法を使う人は豪快になるんだろうか?


「間違えるなベルトン。ペンドラゴン卿は昨日陞爵し今は貴様と同じ子爵だ」

「な、なんと?!」


 訂正する伯爵に子爵が驚きの声を上げた。

 どうやら、ペンドラゴン卿がサトゥーと同一人物だと繋がっていなかったようだ。ま、知り合いの行商人がミスリルの探索者になっているとは思わないよね。


「旦那様、そろそろ登城なさいませんと」

「うむ、そうだな」


 馬車に同乗していた執事っぽい老人が、時計の魔法道具を片手に伯爵に忠告する。


「ゼナ隊の者達よ。無断で任地を離れた件は、お前達の忠義に免じて不問とする。屋敷に部屋を用意させる。迷宮都市に戻る前に、しばし羽を伸ばしていけ」

「はっ、ご厚情感謝いたします」


 軍人モードのゼナさんは凛々しいな。

 伯爵とベルトン子爵が王城に向かったので、オレもゼナさん達をセーリュー伯爵の屋敷に残して王城へ向かった。

 オレを王城に降ろしたら、馬車は取って返してゼナさん達を乗せてリザの待つペンドラゴン邸に向かう予定だ。


 本日の王国会議――。


 王都復興の責任者選定とビスタール公爵領へと出征している三騎士団の報告で終わった。


 三時間毎に休憩時間があるのだが、その度に自分の娘や係累の娘を売り込みにくる貴族達が多いのに閉口した。

 売り込みにきていたのは王国会議に出席する上級貴族達だけではなく、その為だけに登城した下級貴族までいた。


 二度目の休憩時間からは、ロイド侯やホーエン伯が派閥の貴族達で守ってくれたので平和になったが、料理大会にどんな料理を出すのかをわくわく顔で尋ねてくるのでやはり休憩にはならなかった。


 彼らの矛先を逸らすためにも、一度、ムーノ伯爵の滞在する迎賓館で晩餐会でも開こうと思う。

 さすがにペンドラゴン邸は、上級貴族達を招くには手狭すぎるからね。


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