第十三章、王都編Ⅱ

13-1.陞爵


 サトゥーです。窮地に追い詰められた主人公が、その危機を脱する為に秘められた能力を解放するのは物語ではよくある手法です。でも、現実ではそう上手くいかないようです。





 王国会議の初日、新年の「大謁見の儀」に参加する為にオレ達は王城の大謁見室に集まっている。

 今日は爵位の昇格や授与なんかが行われたり、大臣なんかの役職の発表がある日なのだそうだ。

 王国会議と名前が付いているのに、初日は特に会議らしい会議は無いとの事だった。


 今日の「大謁見の儀」に参加するのはサトゥーだけでなく、ナナシもだ。

 ナナシが登場するのは10分だけなのだが、その間、サトゥーも大謁見室にいないといけない。

 少々やっかいだが、なんとかなるだろう。


 オレ達のいる王城の大謁見室は今まで見てきた長方形の謁見室と違い、扇形をしている。

 コンサートホールや式場のような感じだろうか?


 少し暗い照明の大謁見室には千名を超える貴族達が整列している。

 これだけいても手狭に感じないだけの広さを大謁見室は持っていた。


 国王の玉座が置かれている場所が一段高くなっており、その背後にネオン管のような細いガラスの管で、高い天井まで伸びるオブジェクトが作られている。


 そして、小さなボリュームで音楽が流れ始め、オブジェクトが淡い光を帯び始める。


「国王陛下、ご入来」


 司会を務める高官が国王の入室を宣言し、国王が玉座に着席すると同時にオブジェクトが輝き、オブジェの陰にいた楽団が荘厳な音楽を奏で始める。

 たぶん、国王の権威を高める為の演出だろう。


 ――さて、周りの視線が玉座に集まったので、ナナシと交代しよう。


 次の瞬間、オレの姿は王城の控え室にあった。

 今まで使えなかったオレの「特殊能力アビリティ」の「ユニット配置」によるものだ。

 なぜか、この間の騒ぎの後から使えるようになった。


 理由と言えば、カミを倒した事か神剣の力を纏った事くらいしか思いつかない。

 残念ながら「ユニット作成」は使えないままだ。


 この「ユニット配置」だが、自陣においては自軍のユニットを自由に移動できる。

 しかも、魔力を消費せずにだ。


 まさにチートなズルい能力と言える。

 今のところ自陣と認められるのは各地の自分の屋敷と竜の谷、ムーノ市、ボルエナンの里、迷宮都市、公都、王都くらいだ。


 さて、扉の向こうに侍従が近寄ってきた。

「ユニット配置」について思いを馳せるのはこの辺にしておこう。


 なお、オレが本来いるべき場所には、ここへの移動と同時にサトゥー人形を配置済みだ。もちろん、「ユニット配置」を使って位置を交換したのだ。


 このサトゥー人形は前に迷宮都市の「蔦の館」で作った変装用のスーツで、中には自由骨格ゴーレムが入っている。

 会話は不能だし戦闘もできないが、仕草のトレースは完璧なので短時間の身代わりならば問題ない。

 偽装に特化してあるので、アリサ並みの「人物鑑定」スキルを持たない限り人形と本人の区別がつかないようだ。

 エチゴヤ商会で契約している顧問鑑定家にクロ人形で試して確認してある。


 さて、「早着替え」スキルで黄金鎧の勇者ナナシスタイルになったオレは、呼びにきた侍従に案内されて大謁見室へと入室した。


「我が王国を危機から救った英雄――勇者ナナシをここに紹介しよう」


 光魔法によるスポットライトに照らされて国王の傍まで歩み寄る。

 聖剣クラウソラスはミトに返したので、帯剣しているのはオリハルコン合金で作り直した模造品の方だ。


 貴族達の視線がオレに集中する。


 国王の前に立ち、貴族達に背を向けた状態で兜を脱いでひざまずく。

 顔には白い新作の仮面があるが、後ろの貴族達からは見えていないはずだ。


「勇者ナナシ、よくぞ民や我が王国を救ってくれた。その功績を讃えミツクニの家名を授け公爵に叙する」

「謹んでお受けします」


 微妙に国王がやりにくそうだが、いつもみたいな態度を他の貴族達の前で取るわけにはいかないからね。


 やがて、国王の体が白い燐光に包まれる。


「■■ 叙爵コンファリング・ピレージ


 国王の詠唱と共に光の粒子がふわふわと振りかかってきた。


>称号「シガ王国公爵」を得た。

>階級「貴族公爵」を得た。


 ステータスは自動で変わらなかったので、交流覧を変更して情報を更新する。


 再び、黄金の兜を被り、貴族の方を振り返る。

 タイミングよく勇壮な曲が楽団から流れ、事前の打ち合わせ通り背後の照明が暗くなる。

 オレが模造聖剣を抜いて魔力を篭めると、青い光が大謁見室を満たした。


「我が名はナナシ。魔族を討つ剣である。我が人の世の争いに関与する事はない。人の手に余る強大な魔族が現れれば、我が名を呼べ。我はその地に赴き魔族を滅するだろう――」


 シガ王国の典礼室が考えた原稿通りの演説なんだけど、自分の口から出る中二病っぽい言葉が地味にメンタルダメージを与えてくれる。

 五分ほどの演説を終え、勇者ナナシはここで退場となる。


「――では、我は我を必要とする地へと赴こう」


 その場から天駆でふわりと大謁見室を浮き上がる。

 十分に浮上したところで、王城の中庭に浮かべておいた全長30メートルほどの飛空艇を「ユニット配置」で室内に出現させる。


 意表を突かれた貴族達の間から、ざわめきが巻き起こる。


「おお、あれはジュールベルヌ?」

「サガ帝国の勇者の船と同型か!」


 そんな声が貴族達の席から聞こえた。

 最初の声はムーノ男爵だ。


 オレの飛空艇の外殻は勇者の船と同じボルエナン製だから、似ていて当たり前だったりする。


 オレは滞空状態の飛空艇の中に乗り込み、少しの間を置いてから飛空艇ごと「ユニット配置」で王城の中庭に転移した。


 さて、ナナシの出番は終了だ。

 オレは飛空艇の自動航行装置をスタートさせ、王都を一周してから公都方面に向かうコースを取らせる。

 巡回速度は馬が走る程度に抑え、艦首展望室を開いて皆の黄金鎧を着せた自由骨格ゴーレムに王都の人達に手を振るように指示しておいた。


 これでオレ達と黄金の騎士達を同一視する者も減るだろう。

 なにせ、オレ達が参加する儀式中に、勇者ナナシと黄金の騎士達がパレードした事を王都の人達全員が目撃したのだから。


 オレは一連の準備が終わった時点で、「ユニット配置」を使って大謁見室へと戻った。もちろん、交流欄の値や服装は元に戻してからだ。


 ミトが王都にいればナナシ役を押し付けたのに、ヤツは天竜と共にフジサン山脈にいるようだ。





「領主レオン・ムーノ。汝を伯爵に陞爵しょうしゃくする」

「謹んで拝命いたします」


 新年の儀式は進み、ムーノ男爵の陞爵の儀式が行われていた。

 シガ国語でのやり取りの後に、王錫を持った国王の詠唱が行われる。


「■■ 陞爵コンバート・ピレージ


 聞いた事のない合言葉コマンドワードだ。


 国王の詠唱が終わると、ムーノ男爵と国王の周りに光の環が現れ、外周が繋がって無限記号のような形を作る。

 しばらく光の環が周囲を照らす。

 やがて光の環が蒸発するように天と地に消えていく。


 そして光が消えると、ムーノ男爵の称号や階級が「伯爵」へと変わった。


 儀式が終了し、ムーノ伯爵が陛下に一礼して席に戻っていく。

 そういう規則なのか拍手や歓声などは起こらなかった。その代わりというわけでも無いのだろうが、楽団が盛り上がるような荘厳な曲を流してくれていた。


 続いて故レッセウ伯爵の嫡男が「襲爵しゅうしゃく」の儀式を経て、新しいレッセウ伯爵になった。


「サトゥー・ペンドラゴン士爵、御前へ」


 進行役の高官に呼ばれて、席を立つ。

 てっきり、爵位順に呼ばれると思ったのだが、准男爵位を持つジェリルよりも先に呼び出されてしまった。


 オレは少し嫌な予感を覚えながら国王の前にひざまずく。


「サトゥー・ペンドラゴン士爵を子爵に陞爵しょうしゃくする」


 ……マテ。


 名誉男爵か准男爵あたりに内定してたんじゃなかったのか?

 一代限りの名誉士爵と永代貴族の子爵じゃ、町内会の会長と国会議員くらい違うぞ?


 ナナシの時やムーノ伯爵の時のような意思確認などもなく、国王の詠唱が始まる。


「■■ 陞爵コンバート・ピレージ


 国王の詠唱と共に光の粒子がふわふわと振りかかってきた。

 さっきの伯爵達の時とはエフェクトが違う。


>称号「シガ王国子爵」を得た。

>階級「貴族子爵」を得た。


 驚いたのはオレだけではなく、下級上級を問わず貴族達の間を罵声とざわめきが飛び交っている。

 見たところ、罵声を上げているのはビスタール公爵の子飼いの門閥貴族達のようだ。


 気持ちは分かるが、文句は国王に言ってほしい。





 男爵になったジェリルに続いて、何人もの貴族達が昇格の儀式を受けた。


「ペンドラゴン家家臣、リザ」


 続いてミスリルの探索者達の「叙爵じょしゃく」の番になる。


 シガ八剣の第一位に勝ったせいか、リザが一番初めだった。

 騎士服を正装に選んだリザが、緊張した面持ちで国王の前に歩んでいく。


「ペンドラゴン家の奴隷リザを、キシュレシガルザ名誉女准男爵に叙爵じょしゃくする」


 ――名誉女准男爵バロネテス


「■■ 叙爵コンファリング・ピレージ


 国王の詠唱が終わり、リザの名前が「リザ・キシュレシガルザ」に変わる。

 キシュレシガルザはリザの部族の名前だ。そしてリザの「サトゥーの奴隷」という称号と階級「奴隷」が消え、「ペンドラゴン家家臣」「シガ王国女准男爵」の称号と階級「貴族女准男爵」が新たに増えた。


「リザ・キシュレシガルザ名誉女准男爵よ、その無双の槍術で民草を守れ」

「御意」


 これまでで初めて国王が、義務的なセリフ以外を口にした。


 続けて、ナナ、ルル、アリサ、タマ、ポチの順で「名誉士爵」の位を授かった。

 ただし、アリサとルルの階級は「奴隷」のままだ。


 事前にニナ女史を介して、アリサやルルの「強制ギアス」の事を伝えて、特例として認めてもらってある。

 普通なら全員で「授爵じゅしゃく」を辞退するべきなのだが、リザの一件があったので、こんな特例が認められたのだ。


 宰相情報では「強制ギアス」のスキルを持っていると知られているのは、鼬人族の皇帝と西方諸国の「闇賢者」と呼ばれる魔術士だけらしい。

 詠唱の宝珠を手に入れたら、「強制ギアス」スキルを貰いにどちらかの国に行こうと思う。


 他にもパリオン神国のザーザリス法皇とやらも、儀式魔法の「祈願ウィシュ」で「強制ギアス」を解除できるそうだが、この魔法は代償が大きいらしいので、最後の手段だろう。


 なお、ミーアはエルフの掟で他国の貴族になってはいけないそうなので、「授爵じゅしゃく」を辞退している。

 もっとも、エルフというだけで国賓並みの扱いを受けられるそうなので、本人もあまり気にしていなかった。





 爵位の昇格や授与が終わり、降格や廃爵される貴族が発表された。

 例の「自由の光」を匿っていた貴族や関与していた貴族達が、反逆罪を適用されて一族郎党が処分されるそうだ。

 10歳未満の子供達は処刑ではなく、フジサン山脈の麓にある修道院に送られるらしい。


 続いて官職の変更や新しい部署の新設が発表された。

 宰相が大臣を兼任する「観光省」という部署ができるとの事だ。


 どう考えても「外務省」と業務が被る上に、宰相直属のスパイ組織の隠れ蓑にするために作ったとしか思えない胡散臭さがある。


 シガ八剣には候補者の中からジェリル男爵一人だけが選ばれた。

 残り二人は該当者無しらしい。ミスリルの探索者達の中にもジェリルに近いレベルの斧使いや盾使いがいたから、お鉢が回ってくる前に、折を見て推薦しておくとしよう。


 最後に国王から新型の大型飛空艇の二番艦、三番艦が年内に就航し、現在就航していない国内の各領地を巡回する航路を新設する事と各地の領主に各一隻の小型飛空艇が貸与される事が発表された。


 ナナシとして献上した空力機関を使った物だろう。

 魔力炉の燃費は悪くて運行コストが高いので、神々が目を付けそうな流通革命は心配しなくていいはずだ。


 魔力炉の燃料になる魔核の需要が上がるから、迷宮都市やセーリュー市に人が増えそうな予感がする。


 また、小型飛空艇は魔力炉の占める体積が大きいので、馬車一台分くらいの積載量しかない。

 領主や代官の移動くらいにしか使えないが、それでも領主達からは歓声があがっていた。


 こうして、新年の大謁見の儀式が終わり、「コウホウ」の間で国王による新年の祝賀の放送が行われた。

 その中に、こんな言葉があった。


「――王都を魔族から救った勇者ナナシ・ミツクニ公爵と黄金騎士団に感謝の言葉を贈る――」


 どうやら公式文書でうちの子達は「黄金騎士団」と呼ばれるみたいだ。

 できれば、王都で再登場が必要なできごとが起こらない事を祈りたい。





 明日から一月五日までの四日間は王国会議が開かれる。

 下級貴族は元日の儀式にだけ出席すれば良かったのだが、上級貴族の末席に叙せられてしまったので、オレも四日間の会議に出席するハメになってしまった。


「それにしてもご主人様が子爵になるなんて、前もって言ってくれてたらよかったのに」

「オレも本番でいきなり教えられたんだよ」


 まったく、上意下達の国にしても酷い。

 もしかしたら、打診したらオレが断る事を知っている誰かの策だったのかも。


 ま、済んだ事はいいか。

 今更辞退できるモノでもないだろうしね。


 皆でコタツに入り、ルルの作ったおせち料理を食べながら、アリサとそんな言葉を交わす。


 アリサの貴族としての家名はタチバナだ。

 以前ニナ女史がタチバナ士爵は他に存在すると言っていたのだが、王城の貴族名鑑を確認したらタチヴァナ士爵の間違いだったので、アリサの前世の家名は問題なく使えた。


 ちなみにポチとタマの家名はリザと同じだ。初めうちの子達は家名をペンドラゴンにしたいと言っていたのだが、アリサの「結婚した時にペンドラゴンに変わった方がありがたみがあるでしょ?」という言葉に惑わされて、それぞれ違う家名になった。


 ルルは先祖の日本人家名を継いでルル・ワタリに、ナナは前マスターのゼンの名前を継いでナナ・ナガサキになっている。


「ご主人様、これも食べてみてください」

「ありがとう。ルルのおせち料理は少し変わっているけど、とっても美味しいよ」


 ルルにおせち料理の感想を告げる。


「――変わってる?」

「ああ、伊達巻きに魚やエビのすり身を入れてないし、栗きんとんも全部栗で作ってるし、オレの田舎とは違ったレシピだと思ってさ」


 ぽそりと呟いたアリサに変な所を指摘したら、アリサの表情が「やっちまった」感いっぱいの苦いものになってしまった。

 どうやら、テキトー・レシピでルルに作らせたらしい。


「あ、あの作り直します!」

「ごめん、ごめん。言い方が悪かったね。オレの知っている味と違うけど、オレの知ってるどのおせち料理よりも美味しいよ」


 立ち上がったルルを制して、言葉を補足する。


「うまうま~?」

「ルルの料理は美味しいのです!」

「ん、おいし」


 タマ、ポチ、ミーアの三人もオレの言葉に同意した。

 タマは鯛の尾頭付き、ポチは焼きエビ、ミーアは栗きんとんがお気に入りのようだ。


「おせち料理は地方ごとにレシピが違うから、これは王都風おせち料理って事で良いと思うよ?」

「そうです、ルル。このボーダラは実に歯ごたえが良くて美味しいですよ」


 オレとリザの言葉にルルの顔に微笑が戻る。


 食事が終わったところで、皆でコタツに入ってくつろぐ。

 膝の上のタマが殻を剥いてくれた栗を食べ、ミーアの剥いた蜜柑を一房口に入れてもらう。


 ――ああ、平和だ。


 晴れ着姿のルルの口元で、ピンク色の紅が誇らしそうに唇を飾る。

 オレは今日何度目かの誉め言葉をルルに贈り、その美貌を朱に染めるのを見て楽しんだ。恥ずかしがる美少女の笑顔は癖になるね。


 オレは皆と一緒に平和な夕食を楽しみ、明日への英気を養った。


 さて、明日からはまた元気に働こう!



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