幕間:正月料理


「ルルお姉様、折り入ってお願いがございます」


 ……どうしましょう、いつにも増してアリサが変です。


「何か食べたい夕飯でもあるの?」

「ばんば~ぐぅ~?」

「クジラのカラアゲも捨てがたいのです」


 私の質問に答えたのはアリサの後ろから居間に入ってきたポチちゃんやタマちゃんの2人でした。

 きっとリザさんならヤキトリをリクエストしてくるはず。

 ナナさんはお子様ランチが好きなのよね。

 ミーアちゃんならカレーかしら?


「ルルぅ~」

「あ、ごめんなさい、アリサ」


 うっかりとアリサの事を忘れて夕飯の事に意識が行っていました。


「それで、お願いは何? あまり変な事やご主人様が嫌がる事はダメよ?」

「ご主人様が嫌がる事なんてしないもん」


 アリサが子供みたいにプンッと膨れてそっぽを向きました。

 珍しく拗ねちゃったみたい。


「お願いアリサ、お姉ちゃんに話してみて?」

「……うん」


 目線を合わせてお願いすると、アリサがコクンと小さく頷いてくれました。

 ――ああ、久しぶりに姉らしい事をしている気分です。





「おせち料理? どんな料理なの?」


 アリサのお願いは「おせち」という料理を作ってほしいという事でした。

 でも、おせち料理なんて聞いた事もありません。


「ご主人様の故郷の料理なのよ」

「なら、ご主人様に作り方を――」

「ダメ!」


 ――尋ねに行こうと思ったのだけど、アリサがバッと両手を広げてそれを阻止してしまった。


「どうしてダメなの?」

「いっつもご主人様に驚かされてばかりだから、たまにはこっちもサプライズなプレゼントをしてあげたいのよ」

「わかった。お姉ちゃんに任せなさい」

「うん、ルル愛してる!」


 あらら、もうルルに戻っちゃった。

 残念だけど、お姉様呼びが続いていたら落ち着かないから、偶にでいいかも。


 私は腕まくりして調理場へ向かいました。


 でも、本当の問題はここからだったのです……。





「昆布巻き、伊達巻、穴子巻き……」

「巻いてばかりの料理なの?」


 私が首を傾げるとアリサが「ちゃうねん」と不思議な言葉で否定しました。

 どうやら、料理の名前が思い出せないみたいです。


「う~ん、いっつも食べるだけだったから思い出せないのよね。ニンジン、里芋、レンコン、くわいなんかを煮たやつ、かまぼこやハムを切ったのも入っていたっけ」


 アリサの言葉は断片過ぎて、どんな料理か想像もつきません。

 鍋のように色々な具材を入れて煮る料理なのかしら?


「おっと忘れちゃいけない、黒豆に栗きんとん! サツマイモの甘露煮も定番よねぇ」


 ……定番といわれても。

 今のは食後のデザートかしら?


「そうそう海老! ゆでた海老にボーダラに鯛の尾頭付き! あとね、あとね、カズノコ! やっぱカズノコは無いとね。鰹節を乗せて醤油をちょろっとかけて……う~ん、たまりませんなぁ~」


 アリサがご主人様相手の妄想をするときみたいに相好を崩します。


「まったくたまらないのです」

「たまりまり~」


 アリサの言葉から料理を想像していたポチちゃんとタマちゃんが、口をパカリと開けて今にもヨダレを垂らしそうな雰囲気です。


「それで、作り方は判るの?」

「ぜんっぜんわかんない」

「アリサ?」

「……ルルの超絶調理スキルでなんとかなんない?」


 もう、アリサったら。無茶振りが過ぎます。


「ご主人様じゃないんだから無理よ。ハムは市場に売ってたし、野菜を煮るのはどんな味にすればいいのかさえ教えてくれたらなんとかなると思うけど」

「本当?! さっすがはルル。幻の料理人の愛弟子だけあるわ!」

「誉めてもダメよ。海老は川海老やザリガニで代用できると思うけど、鯛は手に入らないと思う。鰹節や醤油は手持ちにあるけど、カズノコって何?」


 私の質問にアリサが腕を組んで眉を寄せました。


「何かの卵を漬けたやつ。黄色くて粒々で美味しいヤツ!」


 私はアリサの説明の続きを待ちましたが、アリサは腕を組んで鼻息を荒くするばかりです。


「う~ん、公都や貿易都市の市場でも見た事無いかも。せめてなんの魚か判ったら市場の人に仕入れてもらうんだけど……」

「それだったらさ、市場に行って魚屋のおっちゃんに聞いてみたらいいんじゃないかしら?」

「そうね。それがいいかも」


 私とアリサは、ポチちゃんとタマちゃんを護衛に王都の市場へと向かったのです。

 そういえば、昆布巻き、伊達巻、穴子巻きは何で何を巻くのでしょうね。





「川魚やタラの干物や燻製、あとは水蛸や川海老なら手に入るけど、海の魚は無理だな。アイテムボックス持ちの商人を早馬で走らせても、新鮮なうちに運ぶのは到底無理だ」


 王都で一番という魚問屋のおじ様に尋ねたところ、そんな答えが返ってきました。


「ねぇ~、そこをなんとかなんない?」

「だから無理だって。鷹人飛行便なら貿易都市まで一日で往復してくれるだろうけど、魚を買うのに運搬費に金貨10枚も出せないだろ?」


 迷宮から帰るたびにご主人様から貰っていたお小遣いなら充分足ります。

 でも、こんな事に使うのは、ちょっと無駄遣い過ぎますよね。


「そうだ、桜鮭ならいいのが入っているぜ? カズノコってのは知らないけど、桜鮭の卵もプチプチした面白い食感が楽しめるから、なかなかお勧めだぜ?」


 魚問屋のおじ様が、ポチちゃんの背丈ほどもある大きな桜鮭を見せて売り込んできました。

 桜鮭の卵は小さな朱色の粒の集合体でした。


「イクラじゃん! これを御飯にぶっ掛けて食べると美味しいのよねぇ~」

「お、嬢ちゃん、海辺の出身かい? この辺じゃ食べる者が少なくてな。タダで好きなだけやるから、周りの人間に広めてくれよ」

「ま~かせて。うちには優秀な料理人が二人もいるから、王都中の人をイクラ好きにしてみせるわ!」

「頼もしいねぇ~」


 アリサがおじ様と意気投合して肩を並べてガハハと笑います。

 ……アリサったら。帰ったら女の子らしい仕草をもっと教え込まないとダメね。





「やっぱ、4人の転移はきっついわね」


 市場を去って数分後に私達は、貿易都市を見下ろす丘の上にいました。

 アリサが魔力回復薬をクピクピと美味しそうに飲み干します。

 甘いあの香りは新作の桃味ね。


「さ、ラスト一回行くわよ」

「ふぁいとぉ~」

「なのです!」


 ちょっとした浮遊感の後にアリサの転移魔法で私達は貿易都市の外れにある倉庫街の一角にいました。

 ここはご主人様と鮮魚を買いに来る時に寄るエチゴヤ商会の倉庫です。


「さ、行くわよみんな!」

「お~」

「なのです!」


 アリサの号令にタマちゃんとポチちゃんがシュピッのポーズで答え、私の手を引っ張って水揚げ市場へと向かいました。


「これは良い鯛ですね」

「でっかっ」

「おっき~?」

「食べ応えがありそうなのです」


 アリサがやけに驚いていますけど、両手を広げたくらいの大きさだし海の魚なら普通のサイズのはずです。


「お嬢さん達、お目が高いね。その鯛は一匹金貨3枚だよ」


 う~ん、ちょっと高いですね。

 相場は銀貨4枚くらいかな?


「はい、金貨3枚」


 私が値切り交渉する前にアリサがさっさと支払ってしまいました。

 世間知らずの鴨を見つけたように水揚げ場の仲買人さんがニヤリと笑いますが、それよりもっと悪い笑顔でアリサが微笑み返し、言葉を続けました。


「ねぇ、探してほしい食材があるんだけどいいかしら?」


 どうやら、さっきの金貨は情報料代わりだったようです。

 ほんの鐘一つ分の間に、仲買人さんがアリサの要求通りの品を集めてきてくれました。


「カニみっけ~?」

「皿からはみ出しそうなロブスターだっていたのです」


 タマちゃんとポチちゃんも美味しそうな品を見つけてきてくれました。

 倉庫までは仲買人さんの所の方が運んでくれますし、そこからは妖精鞄やアリサの空間魔法があるから大丈夫です。


 カズノコの調理方法は、仕入れ元の漁師さんが教えてくれたのでなんとかなりそうです。





「…… ■■ 浸透インバイブル


 ミーアちゃんの使う調理魔法で黒豆を水に浸す時間を省略します。

 ご主人様が作った水魔法ですが、調理以外に使い道がないので皆が冗談半分で調理魔法って呼んでいるんです。


「…… ■■■ 熟成ライペン


 さて、時間のかかる加工はミーアちゃんに任せるとして、問題はレシピのわからない伊達巻の方です。


「違う、これじゃ卵焼きじゃん」


 何種類か作ってみましたが、どうしてもアリサの言う味になりません。

 こんな時にご主人様かリザさんがいたら的確なヒントを貰えるんですけど……。


「がんば~」

「そうなのです。後始末はポチとタマに任せるのです!」


 卵焼きを両手に持ったタマちゃんとポチちゃんが、はぐはぐと失敗作を食べていってくれます。


「あんまり食べると晩御飯が食べられませんよ?」

「べつばら~?」

「味付けが違えば大丈夫なのです」


 味付けか――そうだ! 調味料!


「アリサ、ご主人様の故郷の調味料を教えて」

「えっとね、調味料は『さしすせそ』って言ってね。砂糖、塩、酢、せ……せ、背脂、そ、ソイソース――醤油よ!」


 背脂って、調味料とは思えない物を使うのね。


「ルル~、これ違う~?」


 タマちゃんが厨房の調味料入れから、味醂ミリンと料理酒が入った小瓶を取り出してきた。

 せっかくなので順番に試してみたところ、タマちゃんの見つけた味醂ミリンが正解だったみたいです。


「そうそう、この味よ! さあ、ルル! 今度は昆布巻きよ! 中に巻くのはニシンもいいけど桜鮭があるから桜鮭昆布巻きで行こう!」


 ――鮭を昆布で巻くんですか?!


 おせち料理とはなかなか奥が深いようです。


 お正月にはお餅が必須という事なので、ポチちゃんとタマちゃんがお庭でぺったんぺったんとお餅をついています。

 ミーアちゃんやナナさん達も参加して楽しそうな声が聞こえてきます。


 リザさんと晩餐会に出かけたご主人様が帰ってくるまでに、完成させて驚かせてあげましょう!

 そして、「美味しいよルル」って誉めてもらうんです!


 も、もしかしたら、「ルルをお嫁さんに貰う男は幸せ者だ」とか言ってもらえるかもしれません。


 栗きんとんに使う栗を潰しながら、ついついそんな妄想をしてしまいます。

 明日は舞踏会だし、あさっては王国会議もあります。


 ご主人様の晴れ舞台ですし、午後からは私も成人式があるんです。

 えへへ~、ご主人様と一緒です。


 ご馳走を作って、お祝いをして楽しい新年にしましょう。

 うふふ、ご主人様が帰ってくるのが楽しみです。



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