12-30.王城の舞踏会
サトゥーです。少年漫画だとバトルに次ぐバトルで日常の風景は単なる箸休めな扱いのような気がします。でも、実際にそんな環境に身を置くと、当分バトルは遠慮して平和な場所で休養を取りたくなります。
◇
「天ちゃん、落ちるぅううう~~」
そんなミトの悲鳴を残して、天竜はフジサン山脈に逃げるように帰っていった。
光点の動きからしてミトとホムンクルスのテンチャンも一緒のようだ。
オレ達が王都を発つまでに帰ってこないようなら、こちらからフジサン山脈に出向いてミトに会いに行こう。
……そうだ、天竜の落とした鱗の回収を忘れていた。
あのまま放置しても良いが、変なゴールドラッシュ騒ぎでも起こったら地元の農民に迷惑だ。さっさと回収しておくとしよう。
◇
ふっふふ~ん、とオレは鼻歌交じりにペンドラゴン邸へと帰還した。
実は鱗の回収を終えたタイミングで、
――心配して焦るアーゼさんも可愛かった。
うちの子達はまだ寝ているようなので、普段着に着替えて階下へと移動する。
そこには通いの使用人達が勢揃いしていた。
「「「おはようございます、旦那様」」」
「ああ、おはよう」
朝からシャキッとした挨拶に返事をし、老執事に昨日の事件の後だから実家が大変な者は休んでも良いと伝える。
「お気遣い感謝いたします――」
老執事の話によると、通いの使用人たちの実家は無事なようだ。
レーダーに知人を報せる青い光点が映った。
オレは老執事に二階の寝室で寝ている子達が起きてくるまで寝かせておくように指示して、エントランスホールの方に足を運ぶ。
「ご主人様、来客でございます」
「サトゥーさん、おはようございます」
メイドさんに案内されて玄関から入ってきたのは、神官服に身を包んだセーラだった。
あんな事件の後なのに、よくオーユゴック公爵や家臣団が外出を許したものだ。
「おはようございます、セーラさん。こんな朝早くどうされましたか?」
「こんな早朝からすみません。サトゥーさん、実はお願いしたい事が――」
少し言いにくそうにするセーラのお願いは、市内視察への同行だった。
もちろん、物見遊山ではなく、大怪我をしているであろう王都の人達を治癒する為との事だ。
既に王都の人達はナナシで治癒済みなのだが、それをサトゥーとして語るわけにはいかない。
それはともかく、オレに頼むまでもなくセーラには護衛の騎士が4騎ほどオレの屋敷まで同行している。
そこでその事をセーラに確認したところ、オーユゴック公爵が貴族街の外に出る条件として指定したのが、オレと一緒に行動するというものだったそうだ。
それだけを聞くと、まるでオーユゴック公爵がオレとセーラをくっつけようとしていると誤解を受けそうだが、オレを付ければ自動的にシガ八剣と互角なリザ達を護衛に付けられるという目論見が隠れているに違いない。
オレはセーラのお願いを快諾し、護衛の女騎士達の値踏みするような視線を受けながら、王都を巡った。
◇
「これだけの被害を受けているのに怪我をしている方がいらっしゃいませんね」
「ええ、そうですね――」
セーラの困惑した言葉に頷く。
このあたりは富裕層エリアなので、ゴーレムや奴隷や使用人らしき男たちが集まって瓦礫の撤去などを行なっている。
陥没した街路を修繕する魔法兵やローブを着た魔法使いなども見受けられた。
それを横目に見ながら、オレ達は富裕層エリアを越えて一般市民エリアへと入る。
周囲を見回すと、夜が明けてから二時間も経っていないのに、市民達が協力しあって倒壊家屋の後片付けを始めていた。
こちらでは魔法使いやゴーレムなどはほとんど見当たらない。
オレ達が視察しているのに気付くと市民達が手を止めて平伏するので、オレ達は作業の邪魔にならないように、なるべく足を止めずに視察を続けた。
「姫様、周囲の家があれだけ壊れているのに、街路に瓦礫一つありません」
「ええ、王都の工兵達はよほど優秀なのですね」
馬を進めながら護衛騎士の一人が感心したように、セーラに話しかける。
工兵達は確かに優秀だが、それはオレの仕業だ。さすがに、チートなしだと事件収束から二時間で王都中の瓦礫撤去をするにはマンパワーが足りない。
公園ではエチゴヤ商会で雇った生活魔法使いが無料で市民の汚れを落としたり、炊き出しをしているのを見かけた。
エチゴヤ商会の人間だけでなく、近隣の主婦達も手伝ってくれているようだ。
公園の木立の傍でぐったりとしている人達がいたので、馬を下りたセーラが声を掛ける。
「お加減が悪いのですか?」
「い、いいえ、神官様。その人達は瓦礫の下から助け出された者達でございまして――」
近くで平伏していた老婆が、彼らは疲れて寝ているだけだとセーラに説明してくれる。
「勇者様が瓦礫の下から、孫達を助け出してくださったのですじゃ」
その老婆の声を聞いて、近くにいた他の市民達も顔を上げて口々に勇者自慢をはじめた。
「ワシは勇者様の魔法で魔物から助けていただいたんじゃよ」
「凄かったのぅ。お姿も見えないほど遠くから幾百もの魔法の矢で、騎士様達でも苦戦していた魔物達をあっという間に倒してしまわれた」
「俺なんか腕が千切れそうなほどの大怪我だったのに、黄金の鎧の勇者様が魔法で癒してくれたんだぜ」
――くすぐったいので、その辺で止めてほしい。
「わしらが、こうして生きておるのも勇者ナナシ様のお陰じゃ」
老婆が両手を合わせて祈り始めたのを見て、周囲の人達もナムナムと祈り始めてしまった。
……だから、祈るのは止めてくれ。
居た堪れなくなったオレはセーラを促して公園を立ち去り、今度は低所得市民エリアに向かった。
だんだんと街路を行き交う人達に雑然さが出始めてきた。
とくに炊き出しが行われている広場周辺の混雑が凄い。一般市民エリアでも炊き出しが行われていたが、こちらは暴動寸前だ。
やれ並ばないだの、割り込んだだの、ちょっとした事で殴り合いが起こったりしている。
暴力から縁遠いセーラが、その光景を見て表情を曇らせる。
――パンッ。
オレが掌を打ち合わせた音が広場の喧騒を止める。
打ち合わせる瞬間に魔刃を生むのがコツだ。
「お、おい、あれ貴族様じゃないか」
「騎士様もいるぞ」
オレ達に気がついた人達が、次々と平伏していく。
迷宮都市だと「なんだ、貴族か」くらいで終わりだが、門閥貴族が闊歩する王都だと無礼を働いたら簡単に処分されてしまうので、こんな時代劇のような反応になるのだろう。
「みなさん、食糧は陛下が充分な量を用意しています。シガ王国の国民に相応しい秩序ある行動を心がけてください」
セーラが凛々しい笑顔で市民達に語り掛ける。
「おい、秩序ってなんだ?」
「知らね。それより相応しいってどういう意味だっけ」
そんな市民達の言葉を聞き耳スキルが拾ってきた。
それでも、おおよそのニュアンスが伝わったのか、セーラの笑顔に毒気を抜かれた人々が、炊き出しをしている係員達の指示に従って列を作り始めた。
こちらに敬礼をする係員達に手を振って、オレ達は王都視察を終了し帰還の途についた。
◇
オレは王城に隣接するオーユゴック公爵邸の前でセーラと別れ、ムーノ男爵達の滞在する王城の迎賓館に寄ってから帰還した。
男爵家のメイドの一人が慌てて階段から落ちた以外に被害は無かったようで安心した。
オレの留守中にカリナ嬢が来ていたらしいが、特にオレに用事というわけではなかったらしい。
たぶん、うちの子達の安否を確認しに来たのだろう。
皆と一緒に早めの昼食を終え、早くも夜会の準備を始めさせる。
オレは最下級の貴族なので、上位の貴族達が来る前に会場に入らないといけないのだ。
夜会が始まるのは日没後だが、オレたちはその一時間前には会場に入っておく必要があるらしい。
皆が用意を終えるまでの間に、ナナシになって王城の国王や宰相と会いに行った。
オレが国王の執務室に顔を出した時に、二人から平伏しそうな勢いで幾度も幾度も礼を言われた。
途中で面倒になったので強引に遮って、ここに来た本来の目的――オレが知り得た事件の詳細と黒線の本当の正体を伝えた。
驚愕する二人だったが、あれが尋常の存在でない事は家臣達からの報告で察していたらしく、比較的簡単にオレの話を信じてくれた。
「魔神の部分召喚とは……」
「ああ、その事でまた禁書庫に篭らせてもらうよ」
「承知いたしました。優秀な司書を用意いたしますので、必要な資料がございましたらその者にお申し付けください」
「助かるよ」
ツンとした女教師系の人だと調べ物も楽しそうだ。
オレの報告の後に、事件の犯人達の処遇を教えてもらった。
「自由の光」と「自由の翼」の残党は王国会議後に全員公開処刑。「自由の光」に拠点を提供していた貴族は反逆罪を適用されて一族郎党全員処刑――。
「年端もいかない子供達もかい?」
「いいえ。ナ、王祖様の制定された法に則りまして、10歳以下の子供はフジサン山脈の麓にある修道院で一生を過ごす事になります」
なるほど、当時のアイツの頑張りが見える法律だ。
納得したオレに宰相が他の者達の処遇を続ける。
その貴族に協力していた貴族達も、協力の度合いにあわせて当主の処刑から罰金刑まで様々な罰を与えるそうだ。
シガ八剣達を襲った神殿騎士を派遣したのは、大陸西方のパリオン神国から出向してきていた枢機卿らしいのだが、そいつは事件の混乱に乗じて逃亡した後だったらしい。
パリオン神国の関係者は全て拘束し、保護という名目で王城内に監禁しているそうだ。
また、お気楽オカルト集団の「自由の風」の構成員もお咎め無しとはいかず、過激な言動を行なっていた数名を見せしめに軽い処罰を与えるとの事だった。
◇
「じゃ、じゃ~ん!」
「じゃ~ん?」
「じゃじゃんなのです!」
庶務を終えたオレがペンドラゴン邸のリビングで寛いでいると、そんな効果音を口で言いながらアリサ、タマ、ポチの三人がドレス姿を披露しに現れた。
簡単に言うとシンデレラっぽいドレスだ。
中にクリノリンというフレームが入っていて、スカートを立体的にボリュームアップしている。両サイドの大きなリボンが可愛い。
三人ともお揃いで色だけが違う。アリサが白、ポチが黄色、タマがピンクだ。
三人の額を飾る細いサークレットに付けた宝石も、それぞれのドレスに合わせてある。どれも色違いの
この加工にも聖剣デュランダルが大活躍だった。
やはり聖剣はよく斬れる。
「みんなよく似合っているよ」
「でへへぇ~」
「わ~い」
「なのです!」
オレが三人を誉めると、その場でくるくると回って喜びを表現している。
膨らんだスカートがコマのようだ。
「マスター、新装備の検分を依頼します」
「ナナ様、ステキです」
「マしター、ナナ様のドレス、褒めて褒めて?」
「ご主人様、私はやはり鎧姿の方が……」
次に部屋に入ってきたのはナナとリザだ。
ナナは無表情ながらも、どこか誇らしげな様子でシロとクロウを連れている。チビ二人は連れていけないので普段着のままだ。
リザは昨日の晩餐会に続いて二日連続のドレス姿なのだが、未だにスカート姿が馴染めないようだ。
今日のリザの衣装は昨日よりも華やかなドレスだ。
胸元に幾重にも重ねた生地によって薄さをカバーするデザインになっており、リザのシャープさを引き立てつつも女性らしい華やかさを演出するように工夫してある。
その点、ナナの衣装は工夫点が少ない。胸の谷間を主張する普通のデザインだ。下品にならないようにだけ注意した。ドレスにブラトップを縫いこんであるので、背中のラインがステキに露出している。
リザが紺色、ナナが紅色の生地を使ったドレスだ。
「二人共よく似合っているよ。リザ、襟元が折れてる。直してあげるからこっちにおいで」
「あ、ありがとうございます、ご主人様」
オレがリザの襟直しをしたのが羨ましかったのか、アリサ達が自分の衣装を乱そうとするが、そもそもリザのドレスにしか襟がないので無理な話だ。
「ご主人様、お待たせしました」
「サトゥー」
最後にルルとミーアが部屋に入ってきた。
白いドレスを着たルルに目を奪われる。可憐に微笑むルルは思わず惚れそうなほど魅力的だ。
「むぅ」
ルルに見惚れていたせいか、ヘソを曲げたミーアにゲシッと脛を蹴られてしまった。
「ごめんごめん、二人共、とっても可愛いよ」
ミーアの衣装はエルフらしく植物っぽいテイストのドレスになっている。
はっぱを模した透ける生地を幾つも重ねることで緑色のグラデーションを描き、左腰と右肩に青い薔薇のような飾りを付けている。
元の世界にいた時は布だけで立体的にする縫い方があったと思うのだが、やり方が解らず、細いミスリルのワイヤーで補強しておいた。
ルルの衣装はウェディングドレスっぽい清楚な白いドレスだ。
一見、白一色だが、アダマンタイトを使った特殊な糸で刺繍をしてあるので、シャンデリアのような照明の下だと、キラキラと模様が浮き上がるサプライズ仕様になっている。
もちろん、ルルには秘密だ。
なお、どのドレスも裏地に世界樹の枝やクジラのヒゲから作った繊維を織り込んであるので、防御力は折り紙付きだ。
◇
二台の馬車に分乗したオレ達は王城の中にある迎賓館の一つへと辿り着いた。
この館は舞踏会を行う時にだけ使われる場所らしい。
本館と別館からなり、オレ達下級貴族の会場は別館一階および中庭となっている。上級貴族達の会場は本館の二階が会場、一階が従者や護衛達の待機場所になるらしい。
ロータリーで馬車を降り、青い絨毯が敷かれた廊下を歩いて会場へ向かう。
「あれはミスリルの探索者達かしら?」
「蜥蜴人に犬人、猫人、まぁ、エルフ様までいらっしゃるわ」
「黒髪の少年が率いる集団――あれが『傷無し』ペンドラゴンか!」
聞き耳スキルが、噂話をする下級貴族の集団からそんな声を拾ってきた。
特に悪い噂でもないので、にこやかな笑顔で会釈して通り過ぎる。
本会場には300人以上が同時に踊れるほどの広さがある。
しかもよく見てみれば、同じ広さの部屋が他に2つも繋がっているようだ。
下級貴族は人数が多いので、これくらいの広さが必要なのだろう。
「きれ~?」
「しゃんでりあがいっぱいなのです」
「綺麗だと称賛します」
タマ、ポチ、ナナが会場を煌々と照らす幾台ものシャンデリアを見上げて感嘆の声を上げる。
「あれって、蝋燭とかじゃないみたいだけど、全部魔法道具なのかしら?」
「そうみたいだね」
アリサが尋ねてきたので鑑定してみたところ、光粒を使った魔法道具だと判った。
他にも部屋の四隅の天井付近に換気用の魔法道具が備え付けられている。
さすが大国の舞踏会場だけあって、他にも防犯用の魔法道具なんかも設置されているようだ。
「華やかですね。私には場違いな気がします」
「そんな事はないさ。リザも立派な貴婦人だよ」
不安そうなリザにお世辞ではなく、本心からそう保証してやる。
実際、このフロアにいる貴族達のうち5%ほどは人族以外の種族だ。ほとんどは一代限りの名誉士爵ばかりだが、中には名誉男爵の位を持つ者もいる。
「ルルも少し肩の力を抜いていいよ」
「で、でも。私みたいな子が着飾っても……」
最近はなりを潜めていたのに、華やかな舞台に来たせいかルルの劣等感が復活している。
オレの主観だと、この場にいる誰よりも可憐で美しいのに、劣等感で美貌を翳らせるなんて勿体な過ぎる。
丁度、楽団の準備が終わったようで、ゆったりとした曲がフロアに流れ始める。
司会進行の人が、まだ開会の挨拶をしていないのに気が早いカップルが何組か曲に合わせて踊り始めているようだ。
ルルが踊るカップルを見て羨ましそうな吐息をそっと漏らした。
「お嬢さん、私と踊っていただけませんか?」
オレはルルに手を差し出して、ちょっとキザっぽく声を作ってダンスを誘う。
「あ、あの……わ、私で良ければ」
おずおずとオレの手を取ったルルを連れてカップル達が踊る広場へとエスコートする。
ゆったりした曲に合わせて、回遊魚のように踊る。
初めは失敗しないように緊張していたルルも、オレがわざとステップを失敗したのをみて
道化になった甲斐がある。
くるくると二人で踊り、平和な夜を満喫する。
やっぱり魔族と戦うよりも、こんな風にのんびりとした時間がオレには合っている。
ルルが満足するまで、オレ達は何曲も踊り続けた。
なお、踊り終わって皆の所に戻ると、踊って欲しそうにこちらを見ていたので、順番にパートナーをお願いする事になった。
「アリサは踊らなくていいの?」
「ふふん、真打はラストを飾るものなのよ!」
そんなアリサの強がっている声を聞き耳スキルが拾ってきた。
そしてそれがフラグだったように、うちの子たち以外の青い光点がレーダーに……。
――舞踏会の夜は長そうだ。
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