11-23.王都へ(3)


 サトゥーです。分かっていても抗えないモノってありますよね。深夜の残業で、ダメだと分かっていても高カロリーのお菓子を食べてしまったものです。





「今までのワタクシだと思って油断していたら、一瞬で負けますわよ?」

「それは怖いですね。お手柔らかにお願いします」

「フン、ですわ。いつまでそんな澄ました顔をしていられるかしら?」


 今日はラカが静かだ。

 こっそりと身体強化や意気高揚、加速の理術を発動するのに忙しいようだ。


 ラカが強化魔法を使い終わるのを確認してから、構えを取る。


 ――探索者同士の勝負に、開始の合図は無い。


 地を這うように接近したカリナ嬢が、目前で転ぶ――いや、転んだように見えただけだ。

 目前で空転して踵落としを仕掛けてきたのだ。


 映像作品なら、ここで腕をクロスさせて十字受けをすると見栄えが良いのだが、そんな配慮は無用だろう。

 身体を半身にズラして、踵を避ける。


 ――避けたはずの踵が、突然横方向のベクトルを得て斜めに襲ってきた。


 恐らくラカが、空中に足場を作って姿勢変更を可能にしたのだろう。

 それを別としても、あの一瞬で、そんな事ができるカリナ嬢の運動神経は大したものだと思う。

 こういう機動はタマが得意だから、あの子に教えてもらったのかもね。


 ショートレンジからの掌打を、カリナ嬢の足に放つ。

 ラカの作る小盾の何枚かを掌打で破壊しつつ、カリナ嬢の初撃をいなした。


 ギャラリーから歓声が上がる。


「おお! あの一撃を避けたぞ!」

「それより、あの美人さんの鎧は魔法の品だったのか?」

「あれって、『ペンドラゴン』の人達と同じ装備だろ?」

「さすが『傷なし』の装備だけあるぜ!」


 解説を聞いている暇は無い。


 カリナ嬢が地に着いた足を軸に、反対側の足で回し蹴りを放ってきた。

 それをバックステップで避け、場外にならないように注意を払う。


 大技ばかりでは当てられないと判断したのか、カリナ嬢は無駄の少ない小技のコンビネーションに変えてきた。


 ジャブの連打で意識を上に集めての足払いとか、ムーノ市に居た頃のカリナ嬢とは明らかに違う巧みな攻撃をしてくる。

 迷宮都市に着いてから獣娘達相手に積んだ修業の成果が出ているようだ。


 オレとカリナ嬢が一進一退の攻防を続ける。

 縦横無尽に繰り広げるそれは、まるでダンスのようだ。


 カリナ嬢の空中三段蹴りを、手で捌いて反撃の回し蹴りを放つ。

 もちろん、十分に手を抜いた蹴りだが、カリナ嬢の速度と遜色無い速さなので誰も不審に思わない。


 カリナ嬢がラカの作った力場を足がかりにして空中で軌道を変え、オレの蹴撃を避ける。

 十分、達人の動きだ。


「おい、なんであの蹴りが避けられるんだよ!」

「やかましい、女神の戦いに集中させろ!」

「ああ、惜しい! カリナ様! ふぁいとー!」

「あー、もうっ。危ない戦い方してないで、サクッと決めちゃってよ!」

「むぅ」


 ギャラリー達の勝手な解説や声援を背景にして、ついにカリナ嬢の奥の手が発動した。


「おい! アレ!」

「魔刃か?」

「でも、青いぞ?」


 カリナ嬢が空中から斬り下ろしてくる青い光の刃を、危機感知に従って飛び退いて避ける。

 ラカの本体が放つ光が具現化したような30センチほどの光の刃だ。


 予想外の攻撃だったが、もう少し光の刃が長かったら肝を冷やされただろう。

 だが、この間合いなら当たりようがない。


「もらったぁ!」


 あ、カリナ嬢、そのセリフはダメだよ。


 オレの不意をつく予定の二段階目の奥の手も、勝利を確信したカリナ嬢の一言がふいにしてしまった。


 ラカ本体から離れて飛んでくる・・・・・光の刃を、上半身の捻りで避ける。

 斜め上からの攻撃だから、その射線の先には誰もいない。


 光の刃がオレの横を通り抜ける時に破裂しないか警戒したが、それは杞憂だった。

 そのまま地面に突き立って光の刃は霧散してしまう。


「まだまだぁ!」


 それでも諦めずにカリナ嬢が猛攻を続けようと襲ってくるが、その表情には疲れと焦りが浮かんでいる。

 さきほどのが乾坤一擲の攻撃だったらしく、ラカの本体から漏れる青い光が明らかに弱くなっている。カリナ嬢の魔力も尽きかけだ。


 全く胸元の揺れないカリナ嬢と戦っていてもあまり楽しくないので、この辺で戦いを切り上げる事に決めた。

 ギャラリーも接戦を満足してくれただろうし、カリナ嬢も奥の手を含めた全力を発揮できて後悔もないはずだ。


 誰から見てもオレの猛攻をギリギリで捌ききれずに惜敗したように見せるために、十手ほどで決着するパターンを考える。


 ――油断するなとアリサに怒られそうだ。


 カリナ嬢の体勢を崩すべく、左肩に掌打を放つ。

 掌打は薄くなったラカの守りを砕き、そのままカリナ嬢の肩を押す――はずだったのだが、疲れが足に来たカリナ嬢が姿勢を崩して、偶然にもその掌打を避けた。

 僅かにオレの爪が彼女の鎧にかすったが、このくらいで傷が付くほど柔な作りにはしていない。


 ズレた攻撃の組み合わせを修正し、カリナ嬢を追い詰めていく。

 戦いの場は、場外ラインギリギリまで移動させてある。


 次第に不利になっていくカリナ嬢を、ギャラリー達は固唾を飲んで見守る。

 ガードした腕を連撃で強めに弾かれて、カリナ嬢が身体を仰け反らせた。


 ――あと三手。オレの攻撃をカリナ嬢が捌いて反撃してきたところを、カウンターで倒す予定だ。


 次の瞬間、ギャラリーが沸いた。


 魔が踊る。


「おおおおお!」

「――神よ!」

「な、なんだアレは!」

「き、奇跡はあったんだ……」


 アリサの施した拘束具のろいから解放された魔乳が自由を勝ち取り、オレの視線と思考を奪い取る。


 迷宮地下でも見た光景だが、こちらはちゃんと着衣状態だ。

 それでもボリュームの差が違い過ぎる。


 貧富の差とは残酷なモノだ。


 視線を釘付けにされたオレは、死角から迫り来るカリナ嬢の蹴りに反応できない。

 空間把握と危機感知スキルの訴えを一蹴し、自由な軌跡を追う。


「だめぇーーーー!」

「サトゥー!!」

「いっけぇぇーー! カリナ様あぁぁぁぁ!」


 ギャラリーの歓声に混ざってアリサやミーア、それからカリナ嬢のメイド隊の声が聞こえた。


 運命の一撃が決まり、場外の判定をもって決着が付いた。





「だから、油断するなっていつも口をすっぱくして言ってるじゃない」

「むぅ、油断はダメなの。いけないのよ? 余裕は良いけど油断はダメなの。絶対よ?」


 決着後、アリサとミーアに詰め寄られてしまった。

 というか、ミーア。いつ戻ってきたんだ。


 二人に「心配・・させてごめんね」と詫びて、地面に座り込んで動かないカリナ嬢に声を掛ける。


「大丈夫ですか、カリナ様?」

『気持ちの整理が付くまで、そっとしてやってはくれまいか』

「そうか? なら、慰め役はラカやエリーナ達に任せるよ」


 言うまでも無いが、対決はオレの勝利だった。


 カリナ嬢の蹴りが頭に当たる寸前に、視線は固定したまま彼女の美脚分だけ頭の位置を下げて避けた。

 その後、魔乳が彼女の身体に隠されたのを契機に、空中にある彼女の腰をほんの少し押して場外に飛び出させたのだ。

 運命の一撃というには軽い一打かも知れないが、カリナ嬢の反応を見る限り大げさとは言えないだろう。


 おそらくギャラリーには彼女が勢い余って場外に出たように見えたはずだ。


「かりな~?」

「痛いのです?」


 ポチとタマもカリナを慰めに来たので、その場を任せて離れようと腰を上げる。

 ローブの袖が引っ張られる感触がして視線を落とすと、ローブを掴む白い指とカリナ嬢の悔し涙に濡れた顔があった。


「次こそは勝ってみせますわ」

「お手柔らかにお願いします」


 こういう不屈な所は好感が持てる。対象がオレじゃなかったら、幾らでも応援したいところだ。

 涙声のカリナ嬢の再戦の言葉を承諾し、ポチやタマと交代する。


「カリナは良くやったのです」

「一緒に、もっと、もっと修業しよ~?」

「もちろんですわ!」


 熱く燃える三人を後にして、出発の準備をリザに確認する。ルルとナナは先に乗船させてあるので、ここには居ない。

 戦闘が長かったので、出発時刻まで間がないはずだ。


 カリナ嬢には飛空艇内の私室でドレスに着替えてもらうとして、見送りに来てくれた人達に挨拶して回らなければ。


 デュケリ准男爵に馬車の礼を告げ、令嬢のメリーアンとのじゃ王女ミーティアと挨拶を交わす。


「サトゥー様、先ほどの勝負は凄かったです」

「まったくじゃ! サトゥーほどの武人なら王都でシガ八剣に推挙されるやもしれぬぞ!」


 そんな話が来たら即答で断るよ。

 第三王子の同類が沢山いるような場所は御免被りたい。


 育成校を代表して「麗しの翼」のイルナとジェナも見送りに来てくれていた。


「ぺんどら見習い達の事は私達に任せておいてください」

「そうそう、恋人さん達には怪我一つさせないから安心してください」

「ゼナさんの事ですか? 大切な友人ですが恋人ではありませんよ?」

「えー? そうなんですか?」

「だから言ったじゃない、ジェナ。サトゥー様の恋人は胸の大きなカリナ様の方だって」


 それも違うと否定して、次の客と相対する。

 中堅探索者の顔役のコシン氏や「月光」のジーナ嬢やヘリオーナ嬢も来てくれていた。あまり多くは話せなかったが、皆の祝福が嬉しい。


 最後にゼナさん達と出発前の最後の挨拶を交わす。


「半月ほどしたら戻りますので、それまで無茶はしないでくださいね」

「はい、育成校で学んでサトゥーさん達の強さに少しでも近付いてみせます!」

「ゼナっちの事は任せておいて、無茶は止められないけど無謀な事はさせないからさ」


 リリオの微妙に安心できない言葉に苦笑いを返して、もう一度、ゼナさんに無茶をしないように釘を刺しておいた。


 オレ達は、高度を下げて乗船タラップを降ろした飛空艇に向う。

 タラップを上がる途中で、ゼナさん達の方に手を振った。


 オレ達が最後の客だったらしく、オレが乗り込むとすぐにタラップが巻き上げられて、飛空艇の主機関が始動する唸りが聞こえてくる。


 王都での過密スケジュールを思い浮かべながら、オレ達は展望室へと向かった。


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