11-20.地下迷宮の愉快な仲間達


 サトゥーです。食い物の恨みは恐ろしいと言いますが、いつの頃にできた言葉なんでしょうね。

 行列のできるお店で、割り込んでくるルール無視のヤツに抱くような気持ちなんでしょうか?





「ようやく来たか。まったく、遅過ぎるのである」

「失礼、ちょっとトラブルがあってね」


 城の最奥にある工房に来るなり、真祖バンの叱責が飛んできた。

 自分から見せてくれと頼んでおいて間に合わないとか、申し開きのしようもない。


 炉の過熱の問題もあるから、予定の時間を2時間以上も超過していては待つ事もできなかったのだろう。

 火を落として再度加熱から始めるには、ミスリル刀を求める吸血姫の圧力に耐えられなかったに違いない。


 オレが加熱の終わったバーベキューセットの前で、獣娘達の視線に耐えながら生肉の刺さった串を焼かずに待つようなものだ。きっと耐えられない。


「見てみるが良いのである」

「いいのかい?」


 バンが火箸に挟んだ刀身を差し出してくる。

 粗熱が取れて日本刀らしい色合いになっているが、普通の人なら触ったら火傷するくらいには熱そうだ。


 邪竜の所でやっていたみたいに体表に魔力を纏わせて「魔力鎧」もどきを形成する。なかなか、加減が難しい。

 リザに「魔力鎧」のコツを尋ねたら「こうふわっとしてキュッと絞ります。絞りすぎるとポシャッとなるのでギュウとならないようにしてください」と分かりにくすぎる説明をされてしまった。

 この説明でなんとなく使えたのだが、「魔力鎧」と呼ぶには魔力の編み込み具合が緩く強度が弱い。


 閑話休題。魔力を纏った状態で、日本刀を掴む。当然、魔力の膜ができているので、手の脂が移る事はない。


 刀身を照明にかざす。

 そこで少々日本刀らしからぬ事に気がついてしまった。


「バン殿、刃紋が出てないぞ?」

「うむ、クロ殿の持ってきてくれたミスリルの純度が非常に高かったので、さほど折り返しをする必要がなかったのである」


 それと刃紋に何の関係が?

 オレが首を傾げる様子をみた真祖が、説明しようと口を開いた。


「本来、鍛造による折り返しとは――」

「聞け! 我が同胞にして闇の貴公子、真祖バンよ!」


 後ろからトテトテと走ってきたユイカ3号が、神妙な顔で蘊蓄うんちくを語り出したバンの言葉を遮った。


「私の言葉を遮るとは、ゴブリン最後の姫君にして――」


 ユイカ3号のノリに合わせて真祖が、無駄に長い口上で非礼を責める。

 だが、ユイカ3号は短杖のような棒を振って、又しても真祖の言葉を遮ってしまう。


「我の話が、『失われた3種の秘宝』の一つを見つけたと言っても、そんな態度で居られるのかな?」


 愕然とした表情で固まる真祖。

 その姿にユイカ3号がニヤリとした笑みを浮かべる。


 しかし、手にしていたのが、短杖ではなく水飴の付いた棒だったので、間抜けさが際立って残念な感じにまとまってしまっている。

 さっきヨロイと一緒に城の厨房に寄っていたはずだから、その時に水飴をせしめたのだろう。ユイカ3号の後ろには、一緒に行ったヨロイの姿はない。


「まさか!」

「そう、そのまさかだ!」


 なんとなくオチが見えていたので、会話に参加せず傍観を決め込んだ。


「その口から漂う香りからして、『ピザ』だな?」


 ……やっぱりか。

 そんなに真剣な顔で議論することではないと思う。


「うん、クロが焼いてくれた」

「クロ殿、どういう事であるか?」


 途中で飽きたのか、ユイカ3号が水飴を舐めながら軽い口調でオレに下駄を預けてきた。

 真祖は血走った目でこちらに詰め寄ってくる。


「ト、トマトを見つけたのであるか?!」

「ああ、シガ王国東部の片田舎の村で栽培されていたんだよ」


 無駄に端正な顔を寄せてくる真祖を押し返す。BLは勘弁してくれ。

 こんな事で吸血鬼の怪力を発揮するな。レベルが低い者なら大怪我をしているぞ。


「なんと! あの辺りの土地は何年も掛けて探索したはずなのに……」


 あの辺は大陸東部の小国群やイタチの国の戦争から逃れた人達が流れ着いたりしていたみたいだから、当時はなかったのだろう。

 男を慰める趣味はないので黙して語らず、工房の扉を開けて入ってきたヨロイに関心を移した。


 ヨロイの後ろには、侍女筆頭のフェドラルカ女史と彼女と同年代らしき地味な女性が付いてきている。彼女はこの城の料理人のようだ。

 恐らく、ヨロイやユイカ3号からピザの話を聞いてやってきたのだろう。


「バン様、お仕事場に足を踏み入れる無礼をお許し下さい」

「フェドラルカか。構わぬ」


 フェドラルカ女史の後ろについてきていた料理人の人とも話したが、やはり予想通りの展開だった。

 あらかじめストレージ内でプタの街の簡単な地図とピザ関係の詳細なレシピを書いていたので、それを手渡す。トマトの種と育て方を書いた紙も一緒だ。

 種から育てるのは大変なので本当は苗を渡したいところなのだが、全て実験農場に使ってしまったので手持ちに残っていなかった。


「――では、そのように計らいます」

「うむ、吉報を待つのである」


 諸々を受け取った、フェドラルカ女史達が退出していった。

 土魔法が得意な吸血姫も協力して複数種類の土壌を用意し、トマトを育てる事にしたらしい。


 ついでに迷宮都市の郊外の実験農場でもトマトを育てているので、近日中に新鮮なトマトが入手できると伝えておいた。


「では、実験農場を盗賊という名の害虫から守る為にも、眷属の紅蝙蝠や血炎狼を派遣して掃討と守護をさせるか……」

「ほどほどに頼むよ」


 まったく、トマトくらいで自重がなさ過ぎる。

 こんな食いしん坊キャラだったとは意外だ。





 ピザの材料はないので、簡単な寿司料理で我慢してもらった。

 材料の魚は城の堀の中を泳いでいたピラルクみたいな魚だ。小骨も少なく鯛のような味をしていた。一種類だと寂しいので、何種類か獲ってきた。


「ほう、良い山葵を使っている」

「うむ、絶品だ。こう旨い寿司を喰うと、欲が出て大トロとかが喰いたくなる」

「クロ、我のは山葵を抜いてくれ」


 転生組には好評だったが――


「バン様の趣味とは言え、これをご相伴するのは辞退させていただきたく……」

「これは、ちょっと」

「……」


 ――現地の吸血姫達には敬遠されてしまった。


「生で食べるなんて、獣みたいで気持ち悪い」

「セメリー?」

「それはバン様が獣みたいと言いたいのかしら?」

「……八つ裂き、決定」


 セメリーがバンを批難する言葉を漏らした途端、他の吸血姫達の逆鱗に触れてしまったらしく、複数の血鞭に絡め取られてダイニングの外に連行されていった。


 たぶん、セメリーをダシにして酢飯の臭いの立ちこめる部屋から離脱したのだろう。

 白姫なんて、ずっと顔にハンカチを当ててたからね。


「巻き寿司は無いのであるか?」

「キュウリ巻きくらいならできるよ」

「ワシは鉄火巻が喰いたい」

「我は普通の巻き寿司が食べたい」


 ユイカ3号の言う普通の巻き寿司とは、かんぴょう巻の事らしい。

 しかし、ヨロイはさっきからまぐろのリクエストばかりだな。


「それは高野豆腐やかんぴょうが無いから無理だよ」

「高野豆腐ならバンの城にあるぞ」


 ほう? 木綿豆腐なら王都で見かけたが、高野豆腐もあったのか。

 王都を探したら手に入りそうだ。


 手伝いをしてくれている真祖の料理人に、高野豆腐のレシピを教えてもらえる事になったので手に入らなくても大丈夫そうだ。


 そこに真祖の爆弾発言が飛び出した。


「それに、かんぴょうならトマト探索の折に見つけているのである」


 ――なんだと?!


 オレは真祖に詰め寄り、その所在を尋ねた。

 もちろん、紳士的にだ。


「吐け! どこで見つけた!」

「クロ、よさぬか! 私には衆道の趣味は無い」


 発見するのが大変だったのか、真祖がなかなか口を割らない。

 紳士的に尋ねている相手の顔を手で押し戻すとは失礼な。


「まて、地図はないが見つけるのは簡単だ」

「それでどこで見つけたんだ?」


 ある程度場所が絞り込めれば、マップの検索機能で見つけられるはずだ。

 昼飯によく食べた巻き寿司が再び食べられる!


「シガ王国の東にある大河は知っておろう?」


 ――勿論だ。

 シガ王国で公都の側を流れる大河を知らない者はいないだろう。


「あの河の上流を源流の辺りまで上り詰め」


 グルリアン市の更に北か。


「その先の山々を越え北北東に抜け――」


 ん? 北北東?


「巨人の棲む大森林がある。その巨人の里のほど近くに自生しておるよ」


 それって。


 ――ムーノ領じゃないか!


 ムーノ市の北西に広がる大森林にあったとは!


「巨人共は気むずかしい。探索に使っていた眷属の狼やグールが何体も踏みつぶされてしまったものだ」

「それは当てがあるから大丈夫だ」


 たしか、カリナ嬢が巨人の里の長と知り合いだったはずだから、単独の交渉に失敗したらご助力願おう。


 オレはユイカに最高の巻き寿司を約束した。





「あのっ、あの時は取り乱しちゃってすみません」


 美少女が土下座をする図というのは、なかなか暴力的だ。謝られているオレの方が悪者に見えてしまう。

 オレはユイカ1号の肩を軽く叩いて、顔を上げさせる。


「いや、もう3号にも謝ってもらったからいいよ」

「……3号ですか?」


 おっと、これじゃ通じないか。


「白鬼王――フォイルニス・ラ・ベル・フィーユもしくはダーク・ラ・プランセスって名乗っていた子だよ」

「ああっ! 初代様の事ですね!」


 あれが初代なのか。


「初代様が止めてくださったんですね。貴方が攻撃してこないのに気がついていたのに、怖くて攻撃を止められなかったんです」


 彼女達は夢の中で交流する事ができるらしく、お互いの情報をある程度知っているそうだ。

 ちなみにユイカ3号の話だと、アーゼさんの言ってたゴブリンの魔王と彼女は別人らしい。少し悲しそうな顔をしていたので、身内か知り合いだったのかもしれない。


 ユイカは住居が再建するまでの間、真祖の城に間借りするらしい。ムクロやヨロイの城じゃないのは、お化けが怖いから嫌なのだそうだ。

 吸血鬼も十分お化けの範疇だと思うのだが、ここには普通の人も沢山いるし居心地が良いのだろう。


 居候扱いじゃないのは、滞在費代わりにトマトの栽培に最適な空間をユニークスキルで作る事になったかららしい。


 オレにも栽培空間を一つ分けてくれないだろうか。

 頼んだら作ってくれそうだが、今頼むと脅しているみたいになるので後日仲良くなってからにしよう。


 一方、「気持ち悪い」発言で連行されてから、ずっと姿を見せていなかったセメリーは厨房で日持ちのする食料を色々とせしめてきたらしく大きな風呂敷包みを抱えていた。

 自分の領域にはヨロイの車で送ってもらうそうだ。


 セメリーの領域には訪れた事がないので、王都からの帰還後に行く約束をしておいた。


「いつでも来い。歓迎してやるから、美味しい物を沢山用意してこいよ」

「ああ、任せておけ」


 美味しい物を用意して「待っている」ではなく「来い」というあたりがセメリーらしい。


 さて、そろそろ地上の屋敷に戻らないと、王都に出発する時間になってしまう。

 オレは、ユイカや真祖達に見送られて迷宮下層を立ち去った。


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