11-19.鬼(2)


 サトゥーです。パニック物という映画ジャンルが好きです。次々に襲いかかる逆境を主人公達が知恵と勇気と運と作為で、くぐり抜けていくのが最高です。

 でも、登場人物が全員助かるパニック物って、見たことが無いんですよね。





 オレはユイカの瞳に映る恐怖に気がつくべきだった。


 ユイカを気絶させるべく打ち込んだ掌が、硬い魔力の壁に阻まれる。

 ユニークスキル「自動防御ガーディアン」による物だろう。


 なんとなく感触に覚えがある。

 ナナの装備に付けた「城塞防御フォートレス」機能に近い。


 ――なら、弱点だって。


 防御壁に軽く手を当てた状態から、更に体の捻りを加えて抉り込むように力を叩き込む。刹那の内に打ち込んだ衝撃に、純粋な魔力の塊を追撃で放つ。


>「鎧通し」スキルを得た。

>「魔力撃」スキルを得た。


 ダメ元で放ってみたが、思いつきが正しかったらしく、ユイカの意識を奪う事に成功した。


 ――ピキッと音が聞こえた。


 倒れ行く華奢なユイカの手を掴む。


 ――ピシッと異音がする。どこからだ?


 人形のように力なく崩れるユイカの手を引き、体を支えようと反対側の手を伸ばす。


 最後の破滅の音トリガーは、この時に聞こえた。


 ――パキン。


 そんな軽い音だった気がする。

 オレは最初の音がした時に気がつくべきだったんだ……。





 ――宙に舞い跳ぶ紅の輝き。


 それは空間に満ちた淡い明かりに反射して煌く。


 ――力なく空に舞う羽衣のような軽やかな布。


 楔を失ったソレは自由を取り戻す。


 ――白日の下に晒された双丘・・


 オレは紳士らしく、起伏に乏しいそれから目を逸らす。

 砕けた服の留め金が、地面を跳ねる小さな音が聞こえた。


 気絶していたはずのユイカの瞳が、カッと見開かれる。


「こんのスケベ野郎がぁぁぁぁぁ!!」


 叫びと共に放たれた拳を紙一重で避ける。

 性格まで変わっているみたいだ。

 そういえば、気絶したら「後の人」と精神が入れ替わるって言ってたっけ。


「避けるなぁぁぁ!」


 紫色の波紋がユイカの体を巡り、先ほどとは雲泥の差の拳が飛んでくる。

 恐らくユニークスキルの「豪腕無双」だと思うが、気軽に連発するのは止めてほしい。

 まったく、ユニークスキルを使いすぎて魔王になったらどうする気だ。


 オレは文字通り一撃必殺の拳の雨を「先読み:対人戦」スキルで避けていく。

 50だったユイカのレベルが55になっている。家庭的だったスキル構成も半分くらいが格闘系のスキルに変わっていた。

 人格が入れ替わったとは思っていたが、レベルやスキルが変化するとは思わなかった。


 ――しかし、そろそろ気がついてほしい。


 少し距離が取れたタイミングで、自分の胸元を指で叩くジェスチャーをする。

 ユイカはオレの仕草から、ようやく自分の胸が外気に晒されたままだった事を思い出してくれたようだ。


「ぐぬぬぬぬ……」


 羞恥に顔を歪め、片手で胸元の布を手で押さえて悔しそうに唸る。

 よし、動きも止まったことだし、話し合いに持っていこう。

 オレはアイテムボックスから取り出したマントを、「理力の手マジック・ハンド」でユイカに渡す。


「使え」


 宙で広がったマントがユイカを覆い隠す。


「ククククク」


 マントの陰から聞こえるユイカの含み笑い。

 バサリと音がしてマントが打ち払われる――その下から現れたのは、先ほどとは異なる漆黒のドレス。いわゆるゴスロリ系のドレスだ。白い肌や紫色の髪がよく映える。

 彼女の薄紫色だった瞳が、朱と蒼のオッドアイに変わっていた。


 それに、またユイカのレベルが変わっている。レベル52と少し落ちて、格闘系だったスキルが闇魔法を初めとする魔法戦士系になっていた。


 ユイカは指を広げた片手で顔を覆い、俯き嗤い続ける。


 ――まさか、魔王化の兆候か?


「……ハハハ」


 指の間から眼光を光らせつつ、ユイカがゆっくりと顔をあげ、そのまま仰け反るように笑い続ける。

 鋭い視線はオレを刺し貫くように固定している。


「ハーーッハッハハハハ」


 ――三段笑いだと?!


 オレの驚愕を察したように、顔を覆っていた手をビシッと突きつけて名乗りを始めた。


「我は虐げられし闇の末裔、天魔の巫女にして、鬼人族最後の王族」


 ポーズを変え、少し溜めを入れる。


「我が名はフォイルニス・ラ・ベル・フィーユ! 人は我を畏れ敬い、こう呼んだ『漆黒の美姫ダーク・ラ・プランセス』と!」


 うん、中二病の人か。

 それにしても、フランス語と英語を混ぜるのは止めてほしい。語感からしてドイツ語もかな?


 否定するとややこしそうだから、乗っかるか。


「はじめまして、『漆黒の美姫』フォイルニス・ラ・ベル・フィーユ殿。オレはバンやムクロの友人でクロと言う」


 オレが名乗りを上げると、ユイカ3号はそれを鼻で笑った。


「ムクロやバンの友人だと? 勇者の称号を持つ者が、闇の同胞達の友を騙るか!」


 赤い方の目から炎のような幻影を生みながら、ユイカが激昂する。

 オレの非表示の称号が見えるのか?


 それっぽいユニークスキルは見当たらないんだが、「神破照身デバイン・サイト」あたりが怪しい。

 てっきり攻撃系の魔眼の類いだと思っていたのに。


「我こそは、幾多の魔王と勇者を葬り去ってきた最強の魔法戦士ッ! 世代交代で往年の半分ほどのレベルしかないが、レベル差が戦力の決定的な差ではないことを教えてやろう!」


 いやいや、6倍のレベル差は「決定的」な違いだと思う。

 うちの子達の成長を見守ってきた経験から言わせてもらえば、10レベル差の相手と戦うのが限界だろう。20レベルも離れると装備やスキル構成によほどのアドバンテージがないかぎり、まともに戦う事もできない。


 ユイカ3号は、尚もオレのステータスを眺めて悪態を吐く。


「ふん、偽名のオンパレードか。トリスメギストスにミケランジェロ、エチゴヤ、イチロー、ノブナガ――どれだけ有名人の名を騙る気だ」


 いや、本名が混ざってるんだけど。そりゃ同名の有名人もいるけどさ。

 大体、ユイカ3号には言われたくない。


「人の事は言えないだろう? ユイカ」

「そ、それは世に秘めし真名! 神々の呪いを受けし『唯一神ユイカ』の名を口にしてはならぬ! 我が名はフォイルニス・ラ・ベル・フィーユだ!」


 しまった、自戒していたのに、ついツッコミを入れてしまった。

 しかし、ステータスには「神々の呪い」とかの称号や状態異常は無いから、これも「自称」かな?


 瞬間的に激昂したユイカ3号だが、すぐに落ち着きを取り戻し、オレを詰問してきた。


「問おう! 多くの名を持つ名無しの勇者よ! 汝の目的は何ぞや!」


 ――目的?


 この場合は、ユイカの家を訪れた目的だろう。


「吸血姫セメリーの付き添いと、『元』同郷の女の子に挨拶に来ただけだよ」

「なんだと? 勇者なのに我を討伐に来たのではないのか?」

「うちの子達に危害を加える怖れの無い相手なら、たとえ相手が魔王だって問答無用で討伐する気はないよ」


 実際、狗頭だってセーラや巫女長達に危害を加える気がなかったら、敵対する事もなかっただろう。


「――信じられん。我がスキルが貴様の言葉が事実だと告げている……」


 絶句するユイカ3号。


「看破」スキルで真偽を判定したみたいだ。





「うむ、ピザは久々だ」

「次は何を焼く?」

「もういい、お腹いっぱいだ」


 アレからなんとか和解を果たし、空腹を訴えるユイカ3号のリクエストに応えてピザと炭酸飲料で歓待中だ。

 夜食用のピザは1枚しか残っていなかったのだが、おかわりを切望するユイカ3号の懇願に負けて、土魔法で創った即席窯を使って焼き上げた。


 セメリーはユイカが別の閉鎖空間に送っていただけだったらしく、無事な姿で現れて無言のままピザと格闘している。むき出しのお腹がポッコリと膨らんできたからそろそろ止めないと。


「一番新しいユイカも料理上手だが、クロの料理の味はヤバヤバだな」

「ああ、バン様の所の料理人より美味い」


 ユイカ3号はオレの料理の腕前を褒めながら、果汁と砂糖で味付けした甘い炭酸飲料を飲み干す。

 意外にセメリーは炭酸が苦手なようだったので、妖精葡萄酒ブラウニー・ワインを代わりに出しておいた。


「異世界でピザが食べられる日が来るとは思わなかったぞ。今度は是非コーラも再現してほしい」

「コーラはレシピどころか材料も判らないから」

「材料なんてコーラの実じゃないのか?」


 コーラの実って、そんな実は聞いた事がない。

 ユイカ3号の言葉に「研究しておくよ」と適当な返事を返しておく。


「さっきは一番新しいユイカが悪かったな」

「もういいよ。さっきも謝ってくれただろう」


 満腹で動けないユイカ3号が、しおらしい言葉を掛けてくる。

 もちろん、出会い頭にユイカ1号の先制攻撃を受けた件だ。


 彼女は迷宮地下の愉快な転生者達に、「勇者」の危険性を過剰に教え込まれていたためにパニックを起こして先制攻撃に走ってしまったそうだ。


 ユイカ3号が出会った勇者達は皆、出会い頭に「ゴブリンの魔王め!」と叫んで攻撃してきたそうなので、一概にムクロ達が悪いと責めるのも酷だろう。

 しかも、勇者だけでなく魔王まで「最強の魔王」を名乗る為にユイカ3号に挑んで敗北していったらしい。当時のユイカ3号はレベル99だったそうなので、片手間に倒していたそうだ。


 中二病特有の作り話かと思ったのだが、ユイカの称号には「真の勇者」と「ゴブリンの魔王」という称号があった。どうやら実話みたいだ。


 もっとも、魔王の称号を持っていたが、本当に「魔王」になったわけではなく敵対した相手からそう呼ばれているうちに称号に増えていたそうだ。

 ちなみに、鑑定で判るユイカ達の称号は「隠者」だ。よっぽど長く引き篭っていたんだろう。


 怠けていたのでレベルが下がったと思って聞いてみたが、新しい主人格を生み出すとレベル30ほどまで低下してしまうと言っていた。スキルもそれに併せて失われるらしい。

 主人格から本体の操作権を受け取るとレベルやスキルも戻るそうだが、主人格のレベルの2割程度までしか戻らないらしい。しかも相性とかもあると言っていた。


「ところで、『漆黒の美姫ダーク・ラ・プランセス』フォイルニス・ラ・ベル・フィーユ。ここは惨憺たる有様だが、今日の寝床はあるのか?」

「うう、改めて人に呼ばれると恥ずかしい……」


 大仰な芝居のノリで呼ばれると嬉しいが、淡々とマジメに呼ばれると中2ネームは恥ずかしいからな。

 かつて罹患した事があるオレにはよくわかる。


「新しい名前でも付けるか? 洋風に飽きたなら和風か中華風か?」

「クロが付けてくれ」

「そうだな――」


 オレ達はユイカ3号と一緒に、ムクロの城で新しいユイカの庵の発注を済ませ、バンの城へと向かった。


 ユイカ3号の新しい中2ネームは「白鬼王」。

 彼女の白い肌から付けてみた。


 こうして迷宮下層の観光は、多少のトラブルも楽しみつつ平和裏に終わろうとしていた――。


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