11-14.パワーレベリング


「今日は宜しくお願いします」


 探索者ギルド前でムーノ男爵令嬢に挨拶をする。

 彼女は豪奢な金色の髪をバサリと後ろに跳ね上げて、そのかんばせを不快そうに歪めた。

 やはりサトゥーさんの紹介とはいえ、部外者が突然参加するのが不快なのだろう。


「カリナ様?」

「なんでもありませんわ。足手まといにならないように注意なさい」

「かりな~?」

「ツンツンはダメなのです」

「ゼナ様は風魔法の達人です。足手まといにはなる事はありません」


 カリナ様から少しキツイ言葉を掛けられたが、リザ達の取り成しで不承不承ながら参加を認めてくれた。

 サトゥーさんに何か耳打ちされて赤くなるカリナ様の姿に少し胸の奥がもやもやする。





「が~」

迷宮蛾メイズ・モスなのです!」


 先頭を行くポチとタマの指し示す方向に、翼人族の幼児達の持つ小さな軽弩ライト・クロスボウが短矢を放つ。

 迷宮蛾は2本の矢に貫かれて地面に落ちた。

 あんなに小さいのに、その狙いの正確さはリリオ並みだ。

 きっと物心ついた頃から厳しい修業をしていたに違いない。


 ここまでの行程では他の探索者達が頑張っていたので、私達が戦ったのは迷宮蛾やゴブリンなどの弱い魔物だけ。

 区画間をつなぐ主回廊には魔物が少ないと「月光」のジーナ様も仰っていた。


「そろそろ目的の19区画だから注意して」


 サトゥーさんの注意に私を含め皆が頷き返す。

 主回廊を塞ぐように積み上げられた岩塊の隙間を一列になって抜ける。


 先頭を行くタマが「罠」と告げて、慎重な足取りで回廊の一角に向かう。


「じゅんじょ~かいじょ~」

「さすがタマなのです!」


 ――早い。

 物影でほんの少しゴソゴソしていただけで解除するなんて。



「前から魔物が来るのです」

針毛虫ニードル・クローラーだ。麻痺効果のある針を飛ばしてくるから当たらないようにね」

「だいじょび~」

「当たらなければ大丈夫なのです!」


 針毛虫は鈍重そうな見た目にもかかわらず、人が駆けるよりも速い速度で近づいてくる。


「ゼナさん、防御魔法をお願いします」

「はい!」


 しまった。サトゥーさんに促される前に唱えるべきだった。

 私は慌てて風魔法「風防御ウィンド・プロテクション」の詠唱を始める。

 でも、魔法が形を成すのよりも早く針毛虫が接近を止め、体表の針を広げて射撃体勢を取る。


 ――間に合わない。


 でも、詠唱を止めるわけにはいかない。

 せめて何割かは止めてみせる!


「毛虫よ! 針を飛ばして弓兵のマネごととは片腹痛いと嘲弄します!」


 大盾を構えたナナさんが前に出て挑発する。

 針毛虫から撃ち出された無数の針が、彼女に向けて殺到する。一本一本が細剣のようなサイズの針が飛んでくるさまに、背筋が凍る。


 大盾ごと無数の針に貫かれて息絶えるナナさんの姿。


 ――幸いな事に、そんな幻視は現実のものとはならずに済みました。


 彼女の大盾は見た事の無い材質だが、命中した針が重い衝突音を残して跳ね返る。

 幾つか彼女の大盾を逸れた針は、ポチとタマの2人が巧みに迎撃していく。


 ようやく発動した「風防御ウィンド・プロテクション」の魔法が、針の第二陣を防ぐ。


「この魔物はちょっと危ないね。悪いけどこの魔物は、『パワーレベリング』対象外にしよう。見つけたら接近する前にナナの魔法で始末して」

「イエス、マスター」


 サトゥーさん達の会話は一部わからない専門用語が混じっている。

 だけど、今はお喋りしている場合ではないと思う。


「ポチ、タマ、蹂躙します。続きなさい」

「なんくるないさ~?」

「らじゃなのです!」


 リザ達が針の第三陣の飛び交う空間に突撃する。

 いくらなんでも無謀すぎる。


「待ちなさい!」


 カリナ様が3人を呼び止めるが、リザ達の歩みは止まらない。


 でも、私は誤解していた。

 なんと、カリナ様まで針の飛び交う戦場へと駆け出したのだ。

 兜から溢れる金色の髪をなびかせて、美の化身のように美しい肢体を空に舞わせる。


 釣られて一歩踏み出した私を、サトゥーさんが止めた。


「危ないですよ。あの4人なら大丈夫です」


 リザ達3人は彼の言葉通り鎧袖一触で魔物を始末している。

 リザの槍だけでなく、ポチとタマの2人の武器も赤い光の尾を引いているから、魔剣に違いない。

 カリナ様は肩に担いだ巨大な大鎚ヘビーハンマーを振るが、魔物の体表を滑って虚しく地面を叩く。


 針毛虫の頭から生えた鞭のような触手がカリナ様に命中する。

 だけど、彼女の体の前に生まれた小さな盾が割れつつも触手を防いだ。


 あれは魔法?

 それとも魔法の道具?


 私の視線に気が付いたサトゥーさんが声を掛けてくれた。


「カリナ様は家宝の魔法生物ラカが守っているから、大丈夫ですよ」


 彼女の首元や手足を飾っている装飾品が、知性ある魔法道具インテリジェンス・アイテムらしい。

 御伽噺にしか出てこないような家宝があるなんて、さすがは領地持ちの諸侯だけはある。

 ――あんなに美人の上にお金持ちなんて、羨まし過ぎます。





「……■■ 風散弾エア・ブラスト


 私の魔法が襲い掛かってくる装甲蛾アーマー・モスを迎撃する。

 少し遅れて翼人族の幼児達が、軽弩を撃つ。


 リザの槍やナナさんの大剣が装甲蛾の翼を切り落とし、ポチやタマの投石が翼に大穴を空けて地面に落とす。

 カリナ様が護衛の女性兵士2人と一緒にそれに一撃ずつ入れて回り、最後に獣人の3人が止めを入れて戦闘を終了する。


 私の魔法もそうだが、彼女達の攻撃も装甲蛾の体表に弾かれているのに、リザ達やナナさんの攻撃は易々と切り裂いている。

 これがミスリルの探索者との実力差なのだと思う。


 サトゥーさんの横に並ぶには、あれだけの強さが要るんだ……。

 連戦に次ぐ連戦で魔力の残りが心もとないけど、クロさんから貰ったこの長杖が無かったらもっと早く魔力が尽きていたはずだ。


 魔力の使いすぎで眩暈がするけど、休んでいてはサトゥーさん達に追いつけない。

 魔力が枯渇したら、長杖と一緒に貰ったこの小魔剣マジック・ショート・ソードで戦おう。


「疲れましたか?」

「だ、大丈夫です!」


 サトゥーさんを心配させないように空元気を振り絞る。


「あまり気を張りすぎると倒れますよ。これをどうぞ、さっぱりしますよ」


 なおも心配そうな彼が差し出してくれた小瓶を受け取り、柑橘系の味のする液体を飲み下す。

 体の奥から魔力が湧き上がるような感覚がして、眩暈が治まる。


 ――まさか、魔力回復の魔法薬?


 その問いかけはすぐさま肯定されたが、私の知る魔法薬はもっと濃い草の味がして飲みにくいものだった。

 それに一本あたり銀貨数枚くらいするはずなのに、「沢山あるから」といって何本も渡されてしまった。


「瞑想で魔力を回復している時間が勿体無いですから、気軽に飲んでくださいね」


 そう言われたけど、こんな高価な魔法薬を気軽には飲めないと思う。

 領軍だと万が一の時の保険に1本だけ支給される貴重品なのに……。


 ――価値観が狂いそうです。





 どれくらいの魔物を倒しただろう。

 迷宮に入る時にカリナ様の護衛兵の2人が死んだ魚のような目をしていた理由が判った。

 彼女達は、こんな無茶な戦いを連日繰り返していたのだ。


 翼人の幼児達に続いて護衛兵の2人が体調不良を訴えたので、サトゥーさんの案内してくれた安全地帯だという小部屋で休息を取っている。


 そういえば道中の案内はサトゥーさんがしていたけど、経路確認用の発光石を使う様子も、地図を見ている様子さえなかった。

 彼は全ての道順を覚えているのだろうか?

 これまでサトゥーさんの腰にあるミスリルの長剣が抜かれる事はなかった。

 きっと指揮と地図管理マッパーが彼の役割なんだろう。


「ゼナ、あ~ん」

「ありがとう」


 ポチが差し出してきた蜜菓子を受け取って口に運ぶ。

 甘すぎるくらい甘いけど、今はこの甘さが染み渡るように美味しい。



 ……いつの間にか眠っていたみたい。

 柔らかいフェルト地の敷物の上に寝かされていた。


 顔をあげると、ポチとタマが無音で手信号のような遊びをしているのが見えた。


「目が覚めましたか?」


 サトゥーさんに「お腹が減ったでしょう?」と差し出された深皿とスプーンを受け取る。

 深皿は温かく、おいしそうな湯気が立っている。


 ――湯気?


 サトゥーさんの背後に火に掛けられる鍋が見える。

 彼は迷宮の中で煮炊きをしていたみたい。「月光」の人たちからは、魔物を集めるから絶対にしてはいけない事として教えてもらっていた行為だ。


「ここは安全地帯だから大丈夫ですよ」


 私の心配を読み取ったように、サトゥーさんがいつもの落ち着いた口調で囁くように教えてくれる。

 彼と一緒だと街中にいるような錯覚を抱いてしまう。


 そのとろみのついた野菜シチューは、今まで食べたどんな料理よりも美味しかった。

 だから、つい、はしたなくお代わりまでしてしまった。


 ――あんなに美味しいなんて反則です。





 少し眠ったおかげか体が軽い。

 魔法の威力も心なしか上がった気がする。


 休憩後も休憩前のような連戦に次ぐ連戦だったけれど、皆の役割が定まってきたおかげか安定して倒せるようになってきている。


 そんな油断を突くように、湧き穴からソレは現れた。


 ――挟み長虫シザー・セントピード


 立ち上がると塔のように長大な体をしていて、無数にある足の先には剣のような形の鋭い爪が生えている。

 そして頭部の側面には、カニのようなハサミが凶悪な赤い光を放っていた。


 そのハサミが、長虫の巨体に竦んで動けない私に振り下ろされた。


 私達は既に10体近い強敵と戦っている。

 誰もその凶刃を防ぐ事ができる者はいない――。


 無駄と判っていても、振り下ろされるハサミを防ごうと長杖を横に構える。横に避けたら、別の敵に串刺しにされてしまう。


 ――ハサミが長杖を両断する直前に、黒い颶風ぐふうが割り込んだ。


 振り下ろされた右のハサミが蹴り飛ばされ、いつの間にか現れたサトゥーさんに抱えられて安全な位置まで後退させてもらっていた。


「もう大丈夫ですよ」


 サトゥーさんが、安心させるようにさわやかな笑顔で語りかけてくれる。

 窮地を救ってくれたのに、あくまで自然体のまま。いつも通り、身軽に。



「ゼナ様に手を出すとは不遜な」


 私達を追撃してきた左のハサミが、赤い槍で受け流され床に突き立つ。

 リザが赤い槍を片手に持ち、反対側の手で左のハサミを床に押し込むようにしている。

 心なしか、その手が赤く光っている。


「たかが長虫の分際で、ご主人様とゼナ様を相手にするなど百年早い」


 リザの啖呵が切られた瞬間に、バキンと音がして左のハサミが砕け散った。

 今のは魔法?


「リザ、後は任せた」

「承知」


 リザの赤い光を纏う槍が、更に赤い光を強める――あれは魔刃?

 彼女は秘奥の技「魔刃」を使うのだろうか?


 彼女は引き絞るように槍を腰ダメに構えて、一気に長虫に突き出す。

 いくら長い槍でも届かない距離だ。


 ――え?


 槍の先端から打ち出された赤い光の塊が砲弾のように飛び、長虫の頭に命中する。

 光が消えたそこには、頭に大きな穴を開けた長虫の姿が残っていた。


 あれはもしかしたら、小さい頃に読んだ勇者物語に出てきた「魔刃」を撃ち出す技なのだろうか。

 創作としか思っていなかったけど、実在したなんて。


 でも、そんな雑事に心を乱しているヒマはなかった。

 頭を失った長虫が、節ごとに分裂して別の生き物のように襲い掛かってきたのだ。


「魔刃砲なのです!」

「まじんほ~、つばい~?」

「もっと! なのです!」

「ばるかんふぁらんくす~」


 ポチとタマの暢気な声を消し飛ばすように、2人のいた場所から放たれた無数の赤い光の弾丸が節長虫ブロック・ピード達を残骸に変えていく。


 ――私は夢を見ているのだろうか。


 風魔法で援護する事も忘れて、その光景を呆然と見守る事しかできなかった。





 探索者ギルドで成長を確認して愕然とした。

 たった一日で、レベル17だった私が、レベル24まで上がっていたのだ。


 迷宮では成長が早いと言われているけど、これは幾らなんでも早すぎる気がする。

 あの無力だったリザ達3人が、数ヶ月で一角ひとかどの探索者に成った事を考えたら変ではないのだろうか。


 たぶん、サトゥーさんの誘導や指揮がすごいんだと思う。

 あんなにも連戦していたのに、湧き穴の1度を除いて命の危険を感じなかった。

 選抜隊の皆と迷宮に入った時は、少数の敵と戦っていたのに毎戦毎戦が命がけの接戦だった気がする。


 この差を埋めるためにも知識や経験が必要だ。

 今度、サトゥーさんの運営している探索者育成校に、体験入学をさせてもらえないか頼んでみよう。





 迷宮探索中に、何度かカリナ様に話し掛けてみたけど、「ええ」とか「そうね」とか短い答えが返ってくるだけで、なかなか会話にならなかった。


 一度だけ、サトゥーさんの話題で会話が続いたのだけれど、お付きの護衛さん達に茶化されて中断してしまった。

 派手な美人さんに見えるのに、驚くほど純情な方のようだ。


 私はきっと、彼女と友達になりたいんだと思う。


 あの迷宮探索中に、ただの一度も弱音を吐かず、ただひたすらに強くなりたいと願う彼女の真摯な姿に共感を覚えた。

 ひょっとしたら恋敵なのかもしれないけれど、いつかお酒を酌み交わしてサトゥーさんの事を一晩中語り合えるような仲になってみたい。


 そして、いつか2人で一緒にサトゥーさん達のいる高みに!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る