11-13.デート(2)


 サトゥーです。学生時代の社会見学はさっぱり覚えていませんが、社会人になってから行ったビール工場や半導体工場の見学はよく覚えています。

 やはり、自分の興味のある事だと関心の深さがちがうんでしょうね。





 食事の後はゼナさんの希望で、探索者向けのお店を巡る事になった。

 馬車は武具通りの出口で待ってもらい、オレ達は徒歩で通りを練り歩いている。


 武具店の横に併設された加工所では、職人達が魔物の素材を使った棍棒メイス骨鎚ボーン・ハンマーなんかを作っている。

 作業の効率のためだと思うが、通りから見える場所に未加工の素材を積み上げて置くのは止めてほしいものだ。


「これって、魔物の死骸じゃないんですか?」

「そうですよ。でも、死骸じゃなくて素材と呼んだ方が良いですね」


 ゼナさんの何気ない言葉で、職人達の間の空気が不穏な感じになったので、小声で訂正しておく。


 オレの言葉で自分の失言に気がついたゼナさんが、職人達に向けて頭を下げて謝る。

 良いところのお嬢様然としたゼナさんが、自分たちに頭を下げてまで謝罪するのが意外だったのか、職人達は呆気にとられた後に「いいって事よ」とぶっきらぼうに謝罪を受け入れていた。


 この辺りは魔物の素材をそのまま加工しただけの武具が多い。

 錬金術を併用した疑似魔剣なんかを創る店は、秘伝を盗まれない為に屋内や中庭などで作業をさせている。

 ゼナさんを案内してきたのは、そんな疑似魔剣を扱う店だ。


「立派なお店ですね」

「迷宮都市でも有数の武具と魔法道具の総合商店ですからね」


 ここの武具は最低でも金貨10枚以上なので、中堅の探索者でもなかなか手が出せない高級店だ。

 ただ、品質では文句なく迷宮都市最高なので、ゼナさんを一度連れてきて店主に彼女の顔を売っておこうと考えたわけだ。

 彼女がこの店で買い物をできるようになるのは少し先になると思うが、セーリュー市の選抜隊は優秀なので、早晩、素材の買取りなどで出入りするようになるだろう。


 ゼナさんをエスコートして店内に入ると、愛想の良い売り子の女性店員達が一斉に「いらっしゃいませ」と元気の良い挨拶をしてくれる。

 彼女達の勢いに釣られて挨拶を返すゼナさんを促して、陳列されている武具を見物に行く。


 だだっぴろい店内には10箇所ほどの陳列台があり、それぞれの陳列台には必ず2名の店員が配置されている。

 彼女達は元探索者で、売り子だけでなく商品の警備員も兼ねているそうだ。

 清楚な装いの女性店員達のお尻に手を伸ばした客が、にこやかな笑顔のままの女性店員に手を捻り上げられるのを何度か見たことがある。


 それはともかく、ゼナさんが陳列台の一つに惹きつけられるように歩み寄っていく。


「こちらは晶角恐獣の角から造られた晶短剣クリスタルダガーです」

「綺麗ですね」


 店員に紹介された晶短剣を目にしたゼナさんが、感嘆の吐息を漏らす。

 これは前に迷賊退治の途中に見かけた、トリケラトプスもどきの角から作られた武器だ。

 魔力を通すと角からスタンガンのような電撃が出て相手を麻痺させることができる。

 もっとも、ゼナさんが惹きつけられたのは、その宝石のような外見だろう。


「ご興味がおありなら、どうぞお手にとってご覧ください」


 女性店員さんの勧めに、ゼナさんが短剣を怖々と手に取る。

 少し興奮した様子で短剣を光にかざしていたゼナさんが、何かに気がついたのか血の気の引いた顔で短剣を台座に戻す。


 ん?


「どうかされましたか?」

「ね、値札が」


 ゼナさんが小声で耳打ちしてくれる。

 少しくすぐったく思いながら短剣の台座をみると「金貨120枚」と値札が付いている。

 前はこんなモノは無かったはずなんだけど。

 それに相場の3倍近い。


 女性店員さんに確認したら、急に値上げしたわけではなく市外から訪れ商品を買い占めようとする商人達に向けた値段らしい。

 明らかに法外な値段だが、たまにこのままの値段で買っていく商人もいるそうだ。


「これはこれはペンドラゴン士爵様。ようこそおいで下さいました」


 奥から出てきた中年店長氏が、常連客に会釈をしながらオレの所まで挨拶をしに来た。

 デュケリ准男爵に紹介されたときから愛想の良い人だったが、ここまで下にも置かない扱いになったのは、この晶短剣のレシピの再現に手を貸してからだ。

 もちろんレシピを直接教えたのではなく、偶然を装ってヒントを与えただけだ。


 そんな事はともかく、オレは当初の目的通りゼナさんの顔を売り、彼女を連れて工房見学をして、職人達から素材を高く売るための素材の剥ぎ方や注意点を教えてもらったりした。

 ゼナさんが真剣な顔で素材の剥ぎ取り方のコツをメモするのを待っているところに、別の職人さんが「剣斧蟷螂ソードアクス・マンティス」の部位を使った擬似魔剣の刀身の出来を横にいた店長氏に見せに来た。


「良い出来だ。士爵様、よろしければ視ていただけますか?」

「ええ、拝見させていただきます」


 店長氏が、差し出してきた刀身を受け取る。

 取っ手の拵えが無いが、斬り合うわけじゃないから手に持つのは問題がない。


 刀身に魔力を通す。

 作りが甘いのか魔力を大剣に通すのが難しい。途中で引っかかる感じがする。


 魔力が引っかかる場所に集中して、針のように絞った魔力を操作して経路を押し広げてやる。

 普通は使用者が長い時間をかけて馴染ませるのだが、人にバレるようなモノではないから別にいいか。


 あまり強く魔力を流すと、刀身が破裂したり魔刃が発生したりするので注意する。

 10数秒ほどで刀身の表面にうっすらと赤い光が帯びるようになった。


「さすが、士爵様。初めて触った魔剣に魔力を通すとは!」


 店長氏がオレをヨイショしてくれるが、これくらいは誰でもできるんじゃないかな?

 うちの前衛陣は普通にやってるし、ルルやミーアも時間を掛ければできるしね。


 店長氏の称賛の声に引かれて顔を上げたゼナさんが、魔力紋の浮き上がった刀身を見て驚きの声をあげた。


「サトゥーさんっ。まさか、それは魔刃ですか?!」

「いいえ、違いますよ」


 もっとも勘違いをしているようなので、それはすぐに訂正する。


「魔刃ではありませんが、魔物の素材で作られた魔剣に魔力を通すと赤い光が刀身に浮き上がるんです」

「綺麗ですね」

「ええ、ですが見た目だけではなく、この状態だと実体の無い魔物にもダメージを与えられますし、酸や腐敗毒を持つ魔物を攻撃しても刃が傷みません。連戦が基本の迷宮内だと重宝しますよ」


 ゼナさんに物知り顔で説明するが、これは以前のゴキ退治宴会の時にレイドリーダーのコシン氏から聞いた話だ。

 アイテムボックスや魔法の鞄が無いと、複数の武器を迷宮に持ち込むのは効率が悪すぎるので、単純な攻撃力以上にこういった性質がもてはやされるそうだ。


 刀身から魔力を抜いて店主へ返す。

 なぜか「さすがミスリルの探索者だけある」と感心されたが、この話を教えてくれたのは青銅証のコシン氏だ。


 職人さんが刀身の拵えについて店長氏と打ち合わせがしたそうだったので、空気を読んで商店をお暇させてもらう事にした。





 武具店通りを抜けて、錬金術や魔法の品が並ぶ通りに行く。

 こちらは消耗品を扱っているお店が多いので、さっきの武具通りに比べても探索者達が多い。


 魔法薬や軟膏なんかの相場や、それぞれの店のお買い得な商品を教えつつ、店主にゼナさんの顔を売っておく。

 このあたりの店主はデュケリ準男爵の宴会で知り合った人が多いので、オレの知人だと知らせる事で変な品を売りつけられるリスクを減らすのが目的だ。


「可愛い。この小物はなんでしょう?」

「さあ? なんでしょうね」


 とあるファンシーグッズ店のようなお店でゼナさんが、手に取ったのはタマゴサイズのピンク色の魔法の道具だ。

 色が示す通りHな道具なので、適当に流しておく。


 そのまま道具を棚に戻そうとしたゼナさんに、女性店員がスススと近寄ってどういう道具なのか耳打ちしてしまった。

 真っ赤になったゼナさんが、焼けた鉄を掴んでしまったかのような速さで道具を棚に戻す。

 そのままオレの手を掴んで、店の外へと脱兎のごとく逃げ出してしまった。


 しかし、魔法道具にあんな物まであるとは知らなかった。

 世界が変わっても人のする事に違いは無いようだ。


 ゼナさんが落ち着くまで通りを闊歩し、ようやく足が止まった西ギルド近くの喫茶店でお茶をして落ち着いてもらった。

 この店は甘い焼き菓子と美味しい青紅茶を出してくれる。

 西ギルドの女性職員達に教えてもらった店だ。


 今日は日差しが弱いのでオープンテラスに日避けの布が掛けられていないみたいだ。

 風向きも砂漠の方に吹いているので、砂も舞っていないしオープンテラス側でお茶をする事にした。


「さっきの果実水も美味しかったですけど、この青紅茶も美味しいですね」

「ギルドの職員さん曰く、迷宮都市で一番美味しい青紅茶を出してくれるお店らしいですから」


 そんな会話をしているところに割り込む声があった。





「やっぱり、ご主人様の匂いだったのです!」

「ゼナもいる~」


 喫茶店のオープンテラスと通りを区切る柵の上に身体を預けたポチとタマが、尻尾を振って自分の存在をアピールしている。

 後ろからはリザもやってきて、2人を両脇に抱え上げた。


「ご主人様、ゼナ様、ご歓談の邪魔をして申し訳ありません」

「いいんだよ」


 リザの小脇に抱えられた2人の口に、小皿に残っていた焼き菓子を一つずつ食べさせてあげる。


「ポチ、タマ、あ~ん」

「あ~ん?」

「なのです!」


 ゼナさんの方を振り向いた時に、彼女の口が少し開いていたのは見なかった事にしよう。

 小さな2人に手ずから食べさせるのはともかく、衆人環視の中で高校生くらいのゼナさんに食べさせるのは少しばかりハードルが高い。


「今日の迷宮探索は終わりかい?」

「いいえ、13区画での作業が終了したので、休憩のために引き上げて参りました」


 なかなか頑張っているみたいだ。

 リザ達にはカリナ嬢たちのレベルアップのついでに、過疎エリアだった13区画を開拓してもらっていた。

 後で安全地帯の作成と、リザ達が刈り損ねた危ない魔物の間引きをして完成だ。

 一旦、『ぺんどら』達に開放して、少し数を減らさせれば育成校の者達でも問題ないレベルの狩場として使えるだろう。

 開放といっても、進入禁止扉を付けたりするわけではなく、13区画が安全だと教えて完璧な経路図や安全地帯の情報を書いた地図を配るだけだ。


 獣娘達3人以外が見当たらないので、ポチとタマの頭をグリグリと撫でながらリザに確認する。


「カリナ様達はレベルアップ酔いが酷いので、探索者ギルドの医務室にいます。ナナが付いているので大丈夫でしょう」

「昨日、運ばれていた方ですよね? 翌日までレベルアップ酔いが続くなんて、神官さまに診ていただいた方が……」

「ゼナ様、それは違います。カリナ様達は今日の探索で、またレベルアップ酔いになったのです」


 ポチとタマに「あっちむいてホイ」をしながら、ゼナさんの驚く横顔を見る。

 2人は指の動きを目で追ってしまうので、ウチの「あっちむいてホイ」は指を追いかけられなくなったら負けというハウスルールを採用している。


「い、いったいどんな荒行をしたんですか?」

「数十回ほどの戦闘を行なっただけです。討伐した魔物は百に満たない数なので、荒行という程ではありません」

「ひゃ、百?」

「ご興味がおありなら、一度、ご一緒されますか? 宜しいですかご主人様?」


 絶句するゼナさんに、リザがそんな提案をしてきた。

 ゼナさん達の目的を考えたら、パワーレベリングをして彼女の安全マージンを確保するべきだろう。

 足手まといじゃないかと問いかけるゼナさんのレベルを確認し、カリナ嬢たちの方が低いから大丈夫だと太鼓判を押してやる。


 僅かな逡巡をしたゼナさんだが、リザ達と一緒に迷宮に挑む事にしたようだ。

 装備を取りに宿舎へと戻るゼナさんに馬車を貸してあげた。


 彼女の鎧は先日壊れたはずなのでルルの鎧井守製の皮鎧を融通しようと思ったのだが、同僚の魔法使いの革鎧を借りるから大丈夫だと断られてしまった。

 今日はナナが一緒だし、普通の鎧でも大丈夫だろう。


 彼女が戻るまでの間、ポチとタマを相手に常人には見えない速度まで加速した「あっちむいてホイ」の攻防を続けた。


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