11-3.再会(2)


 サトゥーです。修羅場という言葉は、本来、痴情のもつれなどの愁嘆場を指すそうです。幸いな事にそちらの意味の修羅場には突入した事はありませんが、炎上プロジェクトの後始末的な修羅場なら日常茶飯事だったりします。どちらの方がマシなんでしょうね……。





 オレはレーダーのマーカー表示で気がついていたが、サプライズの為に周りの面々には内緒にしていた。


『おい、アレみろよ』

『う、うそだろ?』

『おお……神よ……』


 気持ちはわかるが最後のヤツは、ちょっと大げさだ。


『なんて綺麗なんだ……』

『おお! 我が麗しの女神よ! お忘れでしょうか――』


 人々のざわめきの向こうで、大盾のジェルが話の途中で排除されるのが見えた。


「サトゥー!」


 彼女は人ごみの向こうから、空を舞ってオレ達の前に現れた。

 探索者ギルドの吹き抜けのロビーだから天井が高くてぶつからなかったようだが、ドレス姿で飛ぶのはどうかと思う。


 そんな事を考えながらも、オレの視線は揺れる2つの奇跡に奪われたままだ。


「来たわよ!」


 真っ赤な顔で照れながら、偉そうに腕を組んでそう宣言する。

 どうして、この人は、こう演出方向が間違っているのだろう。


「かりな~?」

「いざ、尋常に勝負なのです!」


 あ、待て。


 ぎゅん、と音がしそうな勢いでポチが飛び出し、タマも天井を使って三角飛びでカリナ嬢を急襲する。


 ポチは、魔法生物ラカの作り出した障壁を軽々と突き破り、カリナ嬢もろとも背後の壁をぶち抜く。

 タマはギリギリで停止したが、ポチとカリナ嬢の2人は壁の向こう側だ。


「オッパイさん撃沈。南無~」

「ポチ偉い」


 アリサとミーアが何気に酷い。


「カリナ殿なら大丈夫でしょう。ムーノ城でも、よくポチやタマと遊んでいましたから」

「確かに公都でも楽しそうに遊んでましたけど、あまり大丈夫そうに見えないです……」

「通常の生命体なら死亡確定だと評価します」


 リザも心配していないようだが、ルルは心配そうに壁の向こうを覗き込んでいる。

 もちろん、ナナの推測通り、今のポチの本気の一撃をくらっていたら、ラカの守りがあろうともカリナ嬢は即死だ。


 ポチが瞬動を使わずに手加減していたのと、とっさにオレが常時発動している「理力の手マジック・ハンド」でフォローしたお陰で、気絶で済んだようだ。

 普段はちゃんと制御できているのに、カリナと再会できたのがよっぽど嬉しかったみたいだ。それでも、ここはちゃんと叱っておくべきだろう。


 カリナ嬢を介抱しながら、リザと一緒にポチを叱っておく。

 3日間の肉抜きの刑だ。





「カリナ様~、どこですか~?」


 人ごみの向こうからカリナ嬢を探す声が聞こえたので、そちらに視線を向けるとムーノ男爵領の戦闘メイドをしているエリーナの姿があった。


「エリーナ、こっちだ」

「あ! 士爵様!」


 その後ろには、初見の女性兵士の姿がある。どこかで見た記憶があるが、思い出せない。男爵の所のメイドさんや領軍の兵士じゃなかったはずだから――。


 ――思い出した。


 ムーノ市でトルマの乗っていた馬車に轢かれた娘だ。

 それにしても、よくあんな目に遭ったのにムーノ男爵に仕える気になったもんだ。


 向こうはオレの事を知らないはずなので、「はじめまして」の挨拶をする。


「ピナは来ていないのかい?」

「はい、ピナさんは昇進しちゃったので、今回は私と新人ちゃんの2人だけです。タルナも来たがってたんですけど、公都への留学生達の護衛任務に抜擢されちゃって」


 オレ達が旧交を温めている間に回復したのか、カリナ嬢が目を覚ました。


「お加減はいかがですか?」

「サ、サト、だい、じょぶ、デスワ」


 せっかく膝枕で介抱してあげていたのに、カリナ嬢はぎこちなく立ち上がってオレから離れてしまった。

 ポチがショボンとした顔で、カリナ嬢に「ごめんなさい、なのです」と謝っている。


 そこに新たな乱入者があった。





「士爵様! この度は、おめでとうございま……す?」

「ありがとう、メリーアン殿」


 デュケリ准男爵令嬢のメリーアンが、人混みの向こうから現れて祝福の言葉をくれたのだが、途中で疑問形に変わってしまった。

 視線が、カリナ嬢というか彼女の胸にフォーカスされている気がする。


 メリーアンに遅れてミーティア王女が専属の侍女さんと一緒にやってきた。もちろん、強面の護衛さん達も一緒だ。


「サトゥー殿! 偉業を讃えに来たのじゃ!」

「恐縮です、ミーティア殿下」


 ミーティア王女は、いつも通り天真爛漫に話し掛けてきてくれた。

 横でカリナ嬢が「殿下?」とか呟いている。

 エリーナが「強力なライバルが!」とか新人の子に耳打ちしているが、真の強敵は世界樹にアリだ。


 オレの後ろから内気な少女みたいに袖を引くカリナ嬢が「紹介しなさい」と囁いてきた。

 内弁慶な彼女にしては珍しい。もちろん、最初からそのつもりだ。


「殿下、こちらは私の主家のご令嬢で、カリナ・ムーノ様です」

「おお! サトゥー殿を家臣にするとは、貴殿の親御はさぞ徳高き高潔な為政者なのじゃろうな! ご令嬢も実に美しい姫君なのじゃ! ……もしかして、サトゥー殿の婚約者なのではないのかや?」

「ち、ちがっ――」

「違いますよ、殿下」


 カリナ嬢が言葉を詰まらせたので、代わりに婚約者ではない事を告げた。

 先に言われたのが不満だったのか、カリナ嬢が恨めしそうな視線を送ってくる。

 そんな目で見ないでください。事実無根なのだから、肯定するわけにもいかないでしょう?


「カリナ様、こちらは中つ国連合の西の雄――ノロォーク王国のミーティア王女殿下であらせられます」

「サトゥー、あなたまさか!」


 何がまさかなのか想像は付くが、ロリ顔のミーティア王女に手を出したりしないので安心してほしい。

 なので、「その想像は誤解です」とカリナ嬢の耳元で訂正しておいた。


 しかし、先程からギャラリーがやかましい。


『盾姫やジェナだけでなく、あんな美女まで隠してたのか?!』

『くそぅ、のじゃ姫もお手つきだったりしないよな? なっ?』

『おまえ、あんな年端のいかない子が……』


 相変わらず、不敬罪寸前のヤツが混ざってるな。いや、聞こえていたらアウトか。

 さて、そんな事より、そろそろ本命の到着だ。





『やっぱり、本場の探索者ギルドは混んでいますわね』

『そうですね、イオナさん。やっぱり、騎士様の薦められていたように東ギルドに行った方が良かったかもしれません』


 まだ、人混みに隠れて姿は見えない。


『ルウ、私にもそっちの肉串1本分けてよ』

『おう、いいぜ。そっちの赤い串と交換だ』

『もう! 2人ともいないと思ったら買い食いに行ってたんですね!』

『だって、どの露店もタダなんだもん。食べなきゃ損じゃん』

『何かのお祭りみたいですけど、すべてタダなんてずいぶん気前がいいですわね』

『うん、ペンドラゴン士爵って貴族様が、ものすっごく強い魔物を討伐したお祝いだってさ』


 相変わらず姦しい。

 人混みの向こうに、お日様色の髪が見えた。ナナやカリナ嬢よりも明るい金色だ。


『もう! 探索者に登録して、職員の方にご挨拶しないといけない――』


 目が合った。


「サ、サトゥーさん!」


 手に持っていた荷物を投げつけるようにリリオに渡して、人混みを掻き分けて駆けてくる。

 ぶつかりそうになった人に律儀に謝りながら、視線はこちらを捉えて放さない。


「サトゥーさん」

「はい」


 勢いが付きすぎて止まりきれず、オレの腕の中にぽふんと飛び込んできた彼女を優しく受け止める。

 軽装の革鎧姿だが、柔らかさは健在だ。


「サトゥーさんっ」


 オレの名前を繰り返す彼女の言葉を待つ。

 胸元から見上げてくる彼女の目尻に涙が浮かぶ。


「――来ちゃいました」


 その一言に万感の思いが篭っていたのだろう。

 彼女は震える声で言葉を紡ぐ。


「迷宮都市へようこそ、ゼナさん」


 オレの歓迎の言葉を耳にして、ゼナさんの少し不安げな笑顔が大輪の花のように咲き誇る。


 扱いが違うと不平を漏らすカリナ嬢のフォローは後でやろう。ポチとタマが左右からカリナ嬢の足をポンと叩いたのに他意はないはずだ。


 お久しぶりです。

 ゼナさん。


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