11-2.再会(1)

 サトゥーです。旧友との思わぬ再会は嬉しいものです。たとえ再会した相手の名前が思い出せなくても、です。





「まぁ、ずいぶん大きな魔核コアですね。まるで、階層の主フロアマスターの魔核みたい――」


 顔の半分を包帯で覆ったアリサが、巨大な魔核をドヤ顔で突き出す。

 やや驚きながら魔核を受け取ったギルド職員の表情が凍っていく。彼女は物品鑑定のスキルを持っているので、その魔核が何か判ったのだろう。


 さび付いたロボのような動きで、こちらに顔を向けてきた。


「あの、これはまさか」

「そうよ! 上層の主を倒してきたのよ!」


 アリサが答えるが、ギルド職員はオレに視線を合わせたまま、否定してほしそうな顔でこちらを凝視している。

 そんなに信じたくないのだろうか?


「はい、階層の主の魔核ですよ」


 そう断言すると、その職員は卒倒してしまった。魔核を落とされても困るので、彼女と一緒に受け止める。

 見ない顔だが新人職員だったのだろうか?


 後ろにいた年嵩の職員が、ギルドへの連絡や卒倒した職員の介抱を手配してくれた。


 オレ達は、彼の先導で迷宮都市へと向かう。

 フロアマスターの魔核は、倒したパーティーの者が運搬する慣例らしいので、オレがそのまま持ち運んだ。





 オレ達が西門を出るとざわめきが広がった。

 迷宮門を出た所でも驚かれたが、こちらの方が騒ぎが大きかった。


 オレ達は、いつもの迷宮出入り用の旧装備を破損加工し、特殊メイクや包帯で激戦の後のような仮装をしている。

 実際、怪我らしい怪我などしていないのだが、無傷だとフロアマスター討伐の信憑性が下がるので、こんな感じで演出してみた。


『おい! 「傷知らずのペンドラゴン」の連中が怪我しているぞ!?』

『ほんとだ! 盾姫の盾まで裂けているぞ!』


 盾姫って、ナナの事かな?

 しかし、「傷知らず」は言いすぎだ。いつも地上に戻る前に治療しているだけで、後衛3人も含めて一度もケガをした事のないメンバーはいない。


『まさか、階層の主にでも挑んだのか?』

『いくら、ペンドラゴンの連中でも無いだろう』

『ああ、「深層の輪舞」が赤鉄の連中を集めて鳴り物入りで出かけて、階層の主どころか、その召喚用の魔核を取りに行って半壊したばかりだからな』


 忙しく各地を飛び回っている間に、そんな事があったのか。

 適当に周りの騒ぎに耳を傾けながら探索者ギルドに向かって進む。


『黒槍のリザの抱えてる豆鎧の2人は死んでないよな?』

『ああ、よく抱えられてるから大丈夫じゃないか? ほら、手を振ってるし』


 死んだふり役のポチとタマが愛想良く手を振っている。

 これじゃ、重傷メイクの意味が無い。まあ、いいか。


「ふはははー! これをみるがいい!」


 オレに肩車されたアリサが、ビーチボールサイズのフロアマスターの魔核を頭上に掲げて周囲にアピールする。

 ざわざわと、さざめくように探索者達や街の人達が言葉を交わし合う。


 アリサは、顔に眼帯のような感じで血を滲ませた包帯を巻いていて大怪我を演出している。ちゃんとフードの下には金髪のカツラを装備済みだ。


「これこそは!」


 アリサが、そこまで言って言葉を止める。

 続きを期待して、ざわざわしていた周りの連中が、一斉に息を呑む。


「これこそは、上層の主『赤雷烏賊サンダー・スクィッド』の魔核よ!」


 アリサが、そう宣言すると、爆発するような騒ぎが巻き起こった。

 本当に派手好きなヤツだよ。





「まったく、本当に階層の主を討伐しちまうとはね」

「ええ、こちらの方々と合同で、ですけどね」


 ギルド長の執務室で討伐の詳細を報告した。


 ここにいるのは、討伐に参加したという事になっている各パーティーのリーダー役だけだ。

 他のメンツは、怪我の治療を理由に屋敷に移動させてある。


「それでは、7団体72名で挑んで、生存者15名ですか。被害が大きい方ですが、最短記録ですね」

「火力重視の構成でしたからね」


 最短というのに少し驚いたが、無表情ポーカーフェイススキルが、頑張ってくれた。

 とりあえず、適当に話を合わせておく。


 それにしても、移動時間分はちゃんと加算したし、オレが狗頭の魔王を討滅するまでの時間をロスしているはずなのに最短だったのか。


 秘書さんが、色々な書類を机に並べながら話を続ける。


「それで、ミスリル証を申請されるのは、『ペンドラゴン』と『侍大将』『青薔薇』『双鬼』『大精霊の祝福』の5団体15名でよろしいですか?」

「拙者は遠慮しておこう」

「我らは不要だ」

「同じく」

「50年も生きてない小僧の下に付く気は無い」

「あ、あの……」


 師匠さん達の演技指導は、もう一度しておくべきだった。昨日までの宴会で、レクチャーしておいた内容が消し飛んでしまったみたいだ。


 秘書さんが、予想外の返答に困っているので、フォロー気味に切り出す。


「私達は申請させていただきます」

「は、はい、それでは本当に『ペンドラゴン』以外の方は申請なさらないのですか?」

「くどい」

「後の差配はペンドラゴン卿に任せる」


 師匠さん達にそう断言されて、ギルド長や秘書さんは一旦引く事にしたようだ。オレ以外は、ギルド長に許可されて執務室を出ていった。


 恐らく、後から再度交渉するつもりなんだろう。

 ギルド長や秘書さんから交渉の代行を求められたが、遠回しに断った。


 師匠達の出自についても尋ねられたが、迷宮都市内で強そうな人をスカウトしただけなので詳しくは知らない、と誤魔化してある。


 続けて宝物の中からどれを選ぶか尋ねられたので、「物品鑑定」の宝珠を指定した。

 アタリ宝珠の中でも、「宝物庫アイテムボックス」並に取り合いになるスキルらしい。

 予定では、ルルに使わせて食材のチェックに有効活用してもらおうと思っている。





 翌日、オレ達はギルド長と太守共催によるパレードに強制参加させられた。


 派手に飾りつけられた3台の馬車に分乗し、市内中をパレードするのだそうだ。

 師匠達は、昨日のうちにボルエナンの森へと送っていたので今居るのは「ペンドラゴン」のメンバーだけだ。


 一番先頭の馬車は、オレとアリサ、ミーアの3人だ。2番目がポチとタマ、リザで、最後尾がルルとナナになっている。

 オレ以外は昨晩のうちにくじ引きで決めたようだが、予備抽選で引く順番を決めてからとか厳重すぎる。よっぽど、このパレードが楽しみだったのだろう。


 皆、ドレスアップした上に戦利品の装備品を身につけて、周囲に笑顔を振りまいている。

 もちろん、オレもいつもよりフォーマルなローブに、アリサの選んだ派手な金モールのついたショートタイプのマントを羽織っている。


『アリサちゃ~ん、こっち向いて~』

『ミーア様、目もくらむような麗しいお姿です!』

『アリサ! 今度、串焼きでも奢れよ!』

『ああ、ミーア様。今日も儚げなその横顔が鈴蘭のように爽やかで――』


 おお、ミーアがモテている。「モテモテだね」と感心したら「違う」と強い口調で否定されてしまった。ちょっとデリカシーが足りなかったかもしれない。反省反省。


 それにしても、アリサに声を掛けるのが童女や悪ガキばかりなのが哀れだ。

 きっとアリサも慰められたくないに違いないので、そっとしておこう。さっきからチラチラとこっちを見たり「またガキんちょか~」とか呟いては視線を寄越したりしているが、優しさが辛いときもあるだろうからスルーしておくのが正解だろう。


 沿道の娼婦っぽいお姉さん達に「若様~」と声を掛けられたので、手を振って愛想をふりまく。アリサとミーアに左右からツネられたのは言うまでもない。


 馬車の前で竿の先に花びらの入った篭を振りながら先導してくれる「ぺんどら」の子達と一緒に、パレードの列はフロアマスター討伐お披露目の会場へと入っていった。





 そして、オレ達は2時間にも亘るフロアマスター討伐お披露目会を無事に済ませた。


 最初の討伐の挨拶も恥ずかしかったが、貴族や街の名士、ミスリル証の探索者達からの祝賀メッセージを笑顔で聞き続けるのがなかなか辛かった。

 その後の戦利品の紹介では、エンターティナーなアリサの語り口調に加え、複数の楽器を使ったミーアによる効果音が人々の興奮を倍増し、会場のテンションが危ないくらい高くなっていた。


 先ほど全てのプログラムが終了し、会場では立食パーティーが始まっている。

 この会場の端に用意された出店には様々な料理や酒が用意され、すべて無料で振舞われる。

 費用は探索者ギルド――というか国王が負担してくれるらしい。別にオレが出してもよかったのだが、慣例という事なので甘えておく事にした。


「でもさ、良かったの?」

「何がだ?」


 会場の控え室に行く途中で、気まずそうにしたアリサがそう話しかけてきた。


「だって、目立ちたくないっていつも言ってたじゃん」

「構わないよ。目立ちたくなかったのは、ウチの子達が自分で身を守れるようになる前に、ヘンなヤツに目を付けられるのが怖かったからだよ」


 今なら、毒や強力な罠でも用意しない限り軍隊相手でもなんとかなるはずだ。

 人脈も十分に築いたし、オレ達に敵対する人や勢力があれば自然と耳に入ってくるので、抱き込むなり敵の敵を利用するなりしてサクサクと排除すればいいだろう。


 オレの場合は、ヘンなのに目を付けられて排除するうちに、魔王フラグが立ちそうだったから目立ちたくなかっただけだ。周りに追われる事になったら、物見遊山とかがしにくくなる。

 同じ理由で、勇者ナナシがオレ自身である事を身内以外にカミングアウトする気は無い。

 勇者ハヤトみたいに、公務で遊ぶ暇も無い状態になりたくないからね。


「でも、シガ王国で変な役職とか押し付けられないかな?」

「大丈夫だろう。ギルド長以外の大臣職や将軍職は、門閥貴族が独占しているからね。もし、来るとしても騎士団や諜報部署なんかのお誘いくらいだろう? その辺ならコネでどうとでも断れるから大丈夫だよ」


 むしろ、王宮の料理人になれと言われる可能性の方が高そうだ。





 ギルドの職員に付き添われて、先ほど紹介していた戦利品を地下金庫へと運び込む。

 ここから王都までの搬入は、ギルド職員と近衛騎士団の仕事になる。物品鑑定の宝珠には、念の為にマーカーを付けておいた。


「みんな、お疲れ様。オレは立食パーティでお偉いさん達に挨拶があるけど、皆はどうする? 疲れたなら屋敷に帰って休んでもいいよ?」

「ダメよ! ミーア達と一緒にステージでライブするの!」

「ん」

「タマはみわくのだんさ~?」

「ポチだって、クルクルと踊るのです!」


 年少組の4人はライブか。


「それは楽しそうだね。後で見に行くよ」

「ん、約束」

「ぜったい来てよ?!」

「がんばる~」

「サイコーの舞台にするのです!」


 気合を入れた4人はそれで良いとして、他の面々は?


「マスター、私は孤児院でシロとクロウを回収してきます」

「休んでなどいられません。私には露店の全ての肉を制覇する使命があるのですから!」


 この2人はブレないな。


「ご主人さま、私は迷宮大魚の解体ショーを頼まれているのですが、行ってもいいでしょうか?」

「もちろん、いいよ。でも、包丁は屋敷にある普通のヤツを使うようにね」

「はい!」


 それにしても、迷宮大魚なんて中層にしか居ないのに、誰が獲りに行ったんだろう?

 オレ達の帰還から獲りに行っていたら間に合わないだろうから、太守あたりが依頼していた品を回してくれたのかもね。


 皆の予定を聞きながらギルドの地上階に戻る。


 そこでオレ達は、懐かしい人に再会した。


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