6-27.ムーノ市の戦い(5)

 サトゥーです。偽者と本物、真贋を見分ける長寿番組がありましたが、異世界ではスキルや魔法があるせいで、見抜く方も、偽る方も大変なようです。





「ジュルラホーンですって? まさか、本物なの?」


 アリサが驚愕している。

 あの捻れ聖剣って有名だったのか。今度どんな逸話があるのか聞いてみよう。

 ニセ勇者の剣はAR表示でもジュルラホーンとなっているが、種類は聖剣ではなく魔剣だ。魔法道具としての説明文はオレの持っているのと似た文章になっている。言うまでもなく贋作だ。戦闘力は普通の鉄剣と変わらないし、見た目も普通の直剣だ。


「ユウシャよ、我に与えられた偽剣で我に歯向かうか! 愚かなり」

「ほざけ、魔族よ! 本物の執政官さまはどこにやった!」


 なるほどそういう解釈をしたのか。


 茶番に付き合わず、さっさと始末したいところだが、分体スプリッターというだけあって本体の魔族と繋がっている可能性が高い。圧倒的な実力差で始末してしまったら、本体が慎重になって、どこかに潜伏しないとも限らない。そうなったら面倒だ。

 ニセ勇者の戦いがじれったいのか、ポチがオレのローブの裾を引っ張る。


「ポチも戦っていいのです?」


 相手は魔族とはいえレベル1だ。見た感じ、普通のレベル1よりは強いみたいだが、ポチなら無傷で無力化できるだろう。


「いいよ。魔法を使う敵だから注意するんだよ」


 オレの言葉が聞こえたわけじゃないんだろうけど、魔族が咆哮スクリームを上げる。だが、魔法の効果が発揮される事は無かった。


「とー! なのです」


 そんなポチの気の抜けた掛け声で突き出された小剣が、あっさり分体スプリッターを貫く。いつも盗賊を攻撃するときと同じ肩の付け根だ。

 そして一瞬で、分体スプリッターのHPがゼロになり黒い塵になって消えてしまった。


 強いなポチ。


 というか分体スプリッターのHPが盗賊より少ないので一撃が決まれば終わりだったようだ。


「すごいですわ。ポチちゃん」

「可愛いのにこれほどの凄腕とは! トルマを助け出した獣人とはポチ殿であったのか!」


 男爵一家がポチを称賛する。

 なのにポチの耳はペタンとなっている。とぼとぼと敗残兵のように重い足取りでオレの前にやってきた。そして上目遣いにオレを見上げる。ちょっと目尻に涙が浮かんでいる。


「ごめんなさい、なのです。黒い人、殺しちゃったのです」


 前に倒したガーゴイルとそんなに変わらないだろう?

 ひょっとして話せる者は異形でも殺してはいけないと判断しているのかもしれない。

 このヘンの判断基準はオレ自身曖昧なんだよね。人や亜人は殺したくないけど、魔族はわりと平気で抹殺できてしまう。やっぱり見た目なんだろうか?


 それよりもポチにこんな顔をさせるくらいなら、誘導矢リモート・アローで、とっとと始末しておくんだったよ。


「いいんだよ、ポチ。みんなを守ってくれてありがとう」


 そうポチを抱きしめて慰める。


 騒動が終わったら、とびっきり美味しいステーキを「もう食べられないのです~」とポチが音を上げるくらいご馳走しよう。





「そうだ、本物の執政官を助けなくては!」

「そうですわ、執政官様はどこに囚われているのかしら」


 目の前で変身されても、そう解釈するよな。どう説得しよう。


 アリサに耳打ちされたので許可を与える。幾つもの精神魔法が行使された旨の記録がログに表示される。魔族が洗脳に使ったのと同様の信じ易くさせる魔法だ。目には目をってやつだね。


「さっきの魔族が、本物の執政官なのよ」

「ばかな何を言っているんだい?」

「そんなわけないじゃないか」

「そうですわ」


 アリサが事実を述べるが誰も信じない。抵抗レジストされたかな?

 オレもフォローするか。


「皆さんは魔族の魔法に支配されていたんですよ。その証拠に皆さんは執政官殿の名前すら思い出せないでしょう?」

「それはそうだが」

「でも、執政官さまが居ないと」

「そんな執政官様が本当に魔族だったなんて。俺の事を、最初に勇者だと認めてくれたのは彼なのに……」


 おや? アリサの言葉はすぐ受け入れなかったのにオレの言葉は受け入れるのか? 言っている内容はそんなに変わらないのに。これは交渉とか説得とかのスキルの効果なんだろうか?


「では、いつから執政官が任官されたか覚えていますか?」

「覚えておらん。10年前か? いや、あの時はジイが居た。ジイはいつから居なくなった?」

「カリナが成人した時には居たわ」

「家令のロンドル様だけではありません。いつからでしょう、昔からお仕えしていた者たちがほとんど残っていません」


 混乱する男爵に執事さんも同調しはじめる。少しずつ記憶操作された情報の綻びに気がつき始めているみたいだ。


 煩悶する男爵にマップ検索で見つけた牢屋の中の公爵の配下の人間の名前を確認する。


「男爵さま、ニナ・ロットルという名誉子爵をご存知ありませんか?」

「うむ、知っているとも。5年ほど前に、公爵閣下が、我が領土に派遣してくれると手紙で寄越してくれた執政官・・・候補だ」


 スラスラと答えた。そして答えてから男爵の表情が固まる。


「なぜ候補なのだ。我が領土には既に執政官がいるのに。だがニナ子爵には変死した先代の執政官の代わりを頼むと……」

「たぶん、ニナ様が執政官に就任する隙を突いて精神魔法で操られてしまったのでしょう」


 しかし、オレがそんな情報を持っているのを、誰も不思議に思わないんだな。案外、公爵の手の者とか思われているのかもしれない。もしかしたら詐術スキルの効果だったりして。


「実は、前にいた街で情報屋に教えられたのですが、ニナ様や神官様が魔族の姦計に嵌って地下牢に囚われているそうなのです」

「なんと! ニナ子爵が! 早く解放しなくては」


 男爵が執事さんに命令して救出に行かせる。

 さて、これで男爵領の内政方向はなんとかなるかな。ニナさんとやらがマトモな人材なのを祈ろう。





 さて、次にしないといけないのは城門に殺到している群衆の対応だ。精神魔法の使えるアリサに頼むのが一番なのだが、群衆の中には、確実に執政官まぞくに命令された扇動者さくらがいるはずだ。変な暗殺スキルとかを持っている者は居ないが、パニックになった群衆に圧殺されたりしそうで怖い。


 オレも一緒に行けば問題ないんだが、スプリッターを倒した以上、早々に魔族が森から戻ってくるのは確実だ。それを無難に迎え撃つ為には、この場所を離れたくない。誘導矢リモート・アローならどこからでも狙えるが、万が一完全に防御する手段があった場合に次の手が打ちにくくなるので、射線が確保できるこの場所にいたいわけだ。


 もちろん、群衆の所へアリサだけ行かせるとか、ポチを付けて行かせるとかの選択肢は無い。市民には悪いが、市民の生死よりも、アリサやポチの安全の方がオレの中では重い。


 ここはニセ勇者を焚きつけて矢面に立ってもらおう。

 元々、彼らの役目なんだし、ここは男爵サイドの人達に頑張ってもらおう。


「ハウト殿、君が今後も勇者を名乗りたいのなら、それを証明してもらおう。不死の魔物アンデッドに追われて城門前に集まっている民衆に勇気を与えてみせろ」

「わかった。魔族にいいように利用されて終わる気は無い。俺は実力で勇者になってみせる。このジュルラホーンの名に相応しい男になる」


 オレの偉そうな言葉に熱苦しい言葉で答えるニセ勇者。


「素敵ですわ、私の勇者様」

「ああ、愛しの君よ。まだ俺を勇者と呼んでくれるんですね」

「はい、暴徒から救われたときから、貴方は私の勇者様なんですわ」

「では、共に行こう! 市民を落ち着かせるんだ!」


 そして2人は手に手を取って部屋を出ていったんだが、いいのか? 荒ぶる市民の前にお嬢様を連れ出して。


「サトゥー殿、城門前の市民は良いのだが、城壁の外の魔物はどうしたらいいのだ」


 それを部外者に聞きますか、男爵。


「ハトコ殿、あんな大群相手に勝ち目なんか無いよ。さっき執政官、いや魔族だっけ、そいつが言っていた高速馬車とやらで逃げよう」

「そうはいかないよトルマ、わしは昼行灯などと言われているが、これでも領主なのだ。領民を見捨てて逃げるわけにはいかないんだよ」


 さすがにハユナさんも、どうしたらいいのかわからないようでマユナちゃんを抱きしめて不安そうにしている。

 オッサンにしてはまともな意見だが、その馬車は既に勇者の仲間が強奪して都市の脱出に使っている。どうやら脱出用の隠し通路があるみたいだ。その出口にいっぱいゾンビがいるんだが、彼らには自力でなんとかしてもらおう。


「これだけ大きな城なら、守備用の兵器や魔法道具などがあるのではないですか?」

「侯爵領の頃にはあったんだが、20年前の事件で破壊されてしまってね。男爵領になってから再建計画は何度も出たんだが、今は他国と接していないこともあって先送りにされていたんだよ」

「では、戦術用の巻物スクロールとかはありませんか?」

「トルマの実家から融通してもらった物があったんだが、執政官の提案で領民に配る食料を購入する対価に売却してしまったんだよ」


 魔族め、なかなか用意周到だ。

 それにしても戦争に使うような戦術用の巻物スクロールなんてよく買ってくれる人がいたもんだ。他の貴族だろうか?


「では、盗賊の討伐に出ている軍に狼煙か何かで帰還するように指示してください。軍が戻ってくるまでは、市民を城に受け入れて篭城しましょう」


 軍は全滅しているわけだが、男爵はそんな事を知らないだろうし、教えるわけにもいかない。とりあえず篭城してもらえば市民の不安もマシになるだろう。


 男爵はメイドさんに狼煙の件を兵士に伝えに行かせる。


「わかった、城砦内は一番安全だ。そこに市民達を避難させよう。勇者達が城門前の民衆を落ち着かせているはずだ。わたしもそこに行って城内に民衆を受け入れる事を伝えに行くよ。臆病なわしが逃げない事がわかれば、皆も安心するだろう?」

「わかったよハトコ殿。私は家族と使用人達を連れて先に城砦の受け入れ準備を始めておくよ」

「助かるよトルマ。地下牢から解放した人達も城砦にとどまる様に説得しておいてくれ」

「わかった。サトゥー殿、君達も一緒に来たまえ」


 そう言って男爵達は部屋を出ていった。オッサンに遅れていくと伝えて、オレ達は残る。

 気絶したままの騎士エラルは、メイドさんが連れてきた下男たちに担がれて退出していった。


「それで、どうする? アンタの魔法でも相手が多すぎて無理でしょ? 私の光魔法は範囲攻撃のがまだ使えないから単体で強いやつならともかく、大集団相手じゃ大した戦力にはならないわよ?」

「大丈夫だ、援軍が来る」


 不思議そうな顔をするアリサに、森の奥から巨人達がこちらに向かっている事を教えてやる。


「巨人なんて、どこから湧いたのよ」

「森の奥に集落があるんだよ」

「そうじゃなくて、魔族の戦力じゃないの?」

「たぶん違うよ、騎士エラルが探してた男爵の次女が援軍を依頼に行ったみたいだよ。一緒にこっちに来る」


 そう言って、森の奥を指差す。よく見ると木々が揺れている。


 ゾンビ達が正門に達したみたいで、正門から城門に向かって群衆が押し寄せている。幸いゾンビの足は遅いので、追いつかれて殺されてしまった市民はいないようだ。リアル・ゾンビ映画は勘弁してほしい。グロ耐性はあんまり無いんだよ。


 たまに混ざっている足の速い野獣や飛行型のゾンビやスケルトンを誘導矢リモート・アローでこっそり始末する。


 やけに森の木々が揺れていると思って確認したら、森巨人達の状態が「混乱」になっていた。巨人まで同士討ちとか止めてくれよ。


 だが、それよりも焦る事態があった。


「アリサ、まずい事になった」

「何よ、今度は魔王でも攻めてきた?」


 その方が気分的にはマシだったかもしれない。


「リザ達が正門のゾンビの群れの近くにいる」





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