6-26.ムーノ市の戦い(4)


 サトゥーです。外国に旅行をすると、その国の常識を知らない為にトラブルに巻き込まれる事があります。

 異世界では、もう少しシビアなようです。





 令嬢にダッコされたままのポチが「人が骨さんに追われてるのです」とか言うのが聞こえた。


「骨? スケルトンが街中にいるの?」

「ああ、死霊魔法を使える人間が操っているみたいだ。前のムーノ侯爵領だった頃に不死の王ノーライフ・キングの軍団に包囲された経験があるから、年配の者ほどアンデッドが怖いんだろう」

「それじゃ、仕方ないわね。ここからじゃ、助けてあげる事もできないし」

「焼け石に水かもしれないけど、市内にいるスケルトンは20匹くらいだから誘導矢リモート・アローでなんとかするよ。流石に死霊魔法を使っているヤツに当てたら死にそうだから狙えないけどね」


 オレは男爵たちが出た扉とは違う場所からバルコニーに出る。


 誘導矢リモート・アローの派生元の魔法の矢マジック・アローの事が魔法の入門書に書いてあった。


 曰く「『魔法の矢』こそ基本にして究極の魔法である。熟達するほど飛距離が延び、一度に撃てる本数が増えていく。極限までスキルに熟達して魔力が無限にあれば、『魔法の矢』は一国の軍隊さえ打ち滅ぼすだろう」とあった。

 もちろん、大げさに書いてあるんだろうけど、それでも、スキルレベル10のオレが使うとマップに表示される範囲の敵をロックオンして狙撃できる。1発の威力はパンチ一発より遥かに弱いので、1本で倒せるのはせいぜい5レベルくらいまでだ。一度に打てるのは1~125本だ。必要魔力が最低10ポイントで、本数が増えたり射程が一定を超えると必要量が増える。正直なところ、対軍用の技としては爆裂魔法や火球などの範囲魔法に劣るみたいだ。


「ちょ、ちょっと、まさか誘導矢リモート・アローで狙おうっていうの?」

「ああ、もちろん、こっそり撃つよ」


 オレは、男爵たちから見えない位置に短杖を伸ばして、誘導矢リモート・アローをスケルトンの数分だけ出現させる。ガラスでできた矢みたいな見た目だ。


 マップに表示されたスケルトンのマーカーに、戦闘機のシミュレータでよくあるようなロックオンマークが付いていく。

 いいな、ロックオンマーク。何度見ても、男心がくすぐられる。


 矢の軌道を男爵たちの視界に入らないコースに設定して発射する。ほどなくマップ内のスケルトンは全滅する。魔法って本当に便利だ。


「ね、ねえ」


 アリサの声が震えている。

 しまった、こんなに遠距離射撃はできないものだったか?


「もしかして20本しか・・撃てないの? それでよくレベル30の敵と戦おうなんて思ったわね。身の程を知った方がいいわ」


 アリサにしては珍しく棘のある言い方だな。

 そんなに数が少なかったのかな。威力的に見ても20本も撃てれば楽勝で勝てそうなんだけど、魔族相手だと低級魔法はレジストされやすいんだろうか。


 本数は教本を見る限りスキルレベル依存のはずだから半分弱くらいで申告しようかな? 別に隠さなくてもいいと思うんだが、変に開示するとアリサが「隠せ」って怒るからな。スキルレベル10で125本を上限とするなら、アリサの精神魔法のスキルレベル5くらい、いやそれだと熟練者級って言っていたからスキルレベル4くらいで換算して、50本くらい一度に撃てるって言っておけばいいだろう。相手が魔法防御を使えるとしても、10回くらい攻撃したら倒せるだろうし、言い訳には丁度いいくらいかな?


「最高、50本まで撃てるよ。MP回復のポーションを飲みながら10回くらい撃てばなんとか倒せるだろ?」

「そうね~ それくらい撃てればダイジョウブね」


 アリサは最後まで言わずに室内に戻って、オレに背を向けたままひとしきり地団駄を踏んでから、下からオレを睨み上げる。鼻息が荒いし目元に涙が浮かんでいる。

 男爵たちは、まだバルコニーから街を見ているようだ。こちらを気にした様子は無い。


「アンタ、もしかしてレベルも隠してない?」


 アレ? さっきのは誘導尋問だったのか?

 どこを間違えたんだろう、1回50本で50MPならレベル12の持つMP量でも問題ないはずなんだけど。

 まあ、カミングアウトするには丁度いいかな。


「うん、隠してる。隠せって言ったのはアリサだろ?」

「そ、そうだけど、スキルだけじゃなくてレベルまで隠せるなんて」

「でもよく判ったな、50本なら50MPしか使わないんだし、不自然なポイントなんてなかっただろう?」


 アリサは表情を凍らせた後、こめかみに手を当てて深いため息を吐く。少しの間を置いてから、搾り出すような小声で叱られた。なんだかアリサには叱られてばかりだ。


「この迂闊者! もっと、こっちの常識を知りなさい」

「失敗したのはわかるが、どこがまずかったんだ? 魔法書では無限の本数が撃てるって書いてたぞ?」

「それは『理論上』でしょ。今のところ最高記録は、この国の建国の魔法使いが使った49本が最高よ」


 そんなに少なかったのか。これから人前で使うときは30本くらいまでに抑えよう。


「1本くらいなら誤差だって」

「それだけじゃないわ、1本あたり必要なMPが1なんてありえないわ」

「1回撃つのに最低10MPほど使うよ。10本以上になったら本数と同じだけMPが必要になるんだ」

「そこが、おかしいの。光魔法の光刃なんかも魔法の矢に匹敵するくらい効率がいい攻撃魔法って言われているけど、それでも1回で15MPも使うのよ。わたしの知ってる術理系の魔術士の話やナナの理術を見る限り、だいたい1本あたり5~10MPは使うはずなの。しかも長杖ならともかく、増幅効果や魔力消費低減のついていないような安物の短杖でなんて、誰に言ってもホラ話としか思わないわ」

「じゃあ、1本撃つのに10MP必要って事にするよ」


 なんと、そんなに個人差があるのか。なら人前では12本くらい撃ったらガス欠の振りをしないといけないのか。ちょっと面倒だな。

 オレの言葉が気に入らなかったのか、「じゃあ、ってなんなのよ~」とオレのローブを掴んで頭をゴリゴリとお腹に擦り付けてくる。地味に痛いから止めてくれ。


「それにっ! 射程距離もヘン! さっきの49本撃った魔法使いの逸話に、2キロくらい遠くの敵軍を狙撃したって書いてあったけど、それも見晴らしのいい草原での話よ。こんな市街に潜む敵をピンポイントで狙撃できるなんて話は聞いた事もないわ」

「狙撃の方はマップと連動できるせいだよ」

「ちっ、ユニークスキルめ。地味だと思ったら、そんな隠し機能があるとはね。流石に侮れないわ」


 色々、間違った発言をしてたみたいだけど、都合よく高レベルなのを見抜いてくれたようだし、結果オーライでいいか。


「そういうわけで、レベルまでは秘密だけど、高レベルなんだよ」

「わかった、詳しくは聞かないわ。今の話でだいたいわかったから」


 わかるのか、流石はアリサだな。今度詳しく聞いてみよう。

 でも、良かった。最高125本とか本当の事を言わなくて。安心させるどころか気持ち悪がられそうだ。過去の最高記録より1本多いくらいなら誤差の範疇だろう。元々転移者はみんなチートっぽいしね。

 でも、今まで散々心配させた代償に1週間添い寝する事を約束させられた。「エッチな事はダメ」と念を押しておいたが、1週間後まで貞操を守りきるのが大変そうだ。





 それにしても市民が正門や城門前に集まったままだな。スケルトンは排除したのに扇動者は残っているのかな?


「た、たいへんです! 不死の魔物アンデッドが襲ってきました!」


 さっきの執事さんが血相を変えて部屋に走り込んできた。


「落ち着きなさいメイヤー。市内に現れた骨兵士スケルトンなら市井の者に倒されたみたいだよ」

「いいえ、違うのです。巨人の森から雲霞の如く腐敗兵ゾンビが現れたのです」

「まあ、怖いですわ」


 本当に怖いのか令嬢さん。


「大丈夫だよ、ソルナ姫。あなたは俺が守るから」

「ああ、私の勇者様」


 このバカップルは放置だ。


 男爵達は森に面したバルコニーに出て、外壁の向こうの森を確認しに行った。


「思ったより来るのが早いわね。さっさと街から逃げ出しましょう。多勢に無勢すぎるわ。あんたの魔法なら数百くらいのゾンビならなんとかなりそうだけど、数千だと正直無理ね」

「城壁の内側から地道に潰せば余裕じゃないか?」

「それまで魔族が待っていてくれるわけないじゃない。きっと市民の中に手下を作っていて、内側から門を開けて招き入れるに違いないわ」


 どうも、アリサの予想は正しかったようだ。正門から人々が逃げ出している。誰かが開けたみたいだ。その事をアリサにも教えておく。


「魔族たちもこっちに向かい始めた」

「そう、いよいよ決戦ね」

「その前にスプリッターがこっちに来る。この前に会った騎士エラルも一緒だ」

「誰、それ?」

「盗賊の人質になっていたハユナさんを、殺そうとしていた騎士だよ」

「うわっ、あいつか。だったらスプリッターを攻撃したら切りかかってくるんじゃない?」

「たぶんね。それは俺が防ぐよ」

「ポチに任せましょ。あの子なら、あの程度の騎士の攻撃くらい余裕で捌けるわよ。アンタは、男爵一家の中に伏兵がいないか見ていて」

「オレがスプリッターを当身で無力化しようか?」

「ううん、物理攻撃だと変身が解けないかもしれないから、わたしがやるわ」

「了解」


 ポチを呼んで、宝物庫アイテムボックスから取り出した小剣を預けて、事情を話す。事情といっても、「騎士が襲ってきたら攻撃を受け流してくれ」としか言っていない。


 そして、こちらの準備が整うのを待っていたかのように、ノックも無しに扉が開かれる。


「男爵! 執政官様がおいでです」

「エラル卿。私ではなく男爵様にちゃんと様を付けたまえ」


 入ってきた2人を見てバルコニーから戻ってくる男爵。


「ああ、待っていたよ執政官。大変なんだ、城壁の外に不死の魔物アンデッドが攻めてきているんだ。もしかして不死の王ノーライフ・キングが復活したんじゃないのかい?」

「男爵さま、高速馬車を用意しました。勇者様は男爵様とご一緒に公爵領までお逃げください」

「だが、それでは領民が……」

「大丈夫です、私がこの城に残って何とかします」


 男爵にあまり近寄られても困るな。そろそろ行くか。


「そして、住民を全て不死の魔物アンデッドに変えるわけだね、短角魔族ショートホーンの執政官殿」


 驚愕に顔をゆがめて振り向く執政官まぞくに、アリサの衝撃波が入る。

 なすすべもなく床に崩れ落ちる執政官まぞく

 その姿は黒い肌にコウモリ羽のいかにも魔族の姿だ。


 だが、その姿を見てなお、騎士エラルは叫ぶ。


「きさま! 執政官さまに何をした!」


 抜刀する騎士エラル。


 起き上がろうとする分体スプリッター


 分体スプリッターを見て悲鳴を上げる令嬢。


 そして腰を抜かすオッサンと男爵。


 令嬢を庇うように青鞘の剣を抜くニセ勇者。


 そしてオレに斬りかかる騎士エラルの大剣を、小剣で巧みに受け流すポチ。


 空間把握のスキルが、部屋で起こっている様々な状況を伝えてくれる。


 騎士の大剣が地面に突き刺さったタイミングで、刃の腹を蹴って叩き折る。騎士エラルの大きな体躯が邪魔なので、そのままの勢いで当身を入れて気絶させる。


 今のところ、男爵一家に伏兵はいないみたいだ。


 アリサは、いつの間にか長杖を取り出して魔族に向けている。

 ニセ勇者が分体スプリッターと戦っているために手を出せないようだ。


「う~ こう入れ替わられたら光刃ライト・ダガーの狙いが付かないわ」


 そうか? 結構止まってるぞ?


 分体スプリッターはニセ勇者の剣を爪で受け止めている。レベル1のくせに強いな。


「聖剣ジュルラホーンよ! 今こそ俺に魔族を討伐する力を与えたまえ!」


 思わず噴き出しそうになった。


 よりによってその名前か。


 ニセ勇者は、青紫色の光を放つ魔法剣で分体スプリッターに斬りかかる。爪を切り払うのに成功したが、まだまだ健在だ。






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【あとがき】

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