6-23.男爵令嬢と盗賊騎士

【前書き】

今回は、主人公視点ではありません。

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「お父様もお姉さまも騙されているのですわ」


 そう言って何度、訴えた事でしょう。でも、ワタクシの言葉は誰にも届きません。そして今もあの下賎な男達は、この城の中を我が物顔で闊歩しているのです。


 だからなのかも知れません。何かに呼ばれた気がして、城の敷地内にある崩れた古い古い建物の中に迷い込んでしまったのです。

 ここは20年ほど昔、この城がムーノ侯爵の城だった頃の建物跡だったはずです。


 この領地を父が賜ってから早15年。ワタクシが母や姉とこの地を訪れてから16年もの月日が過ぎていますが、その間、城を出たことはありません。小さい頃は従叔父のトルマ様が遊びに来てくれるのが一番の楽しみだったほどです。

 城といっても侯爵様の権勢を示すためだったのか城の広大な敷地内には、小さな森や池まであるので、閉じ込められていると感じたことはあまりありません。


 城の中は隈なく探索したつもりでいましたが、ここに入るのは初めてです。いつもなら一緒にいる侍女が「危ないから」と中に入れてくれないのです。


 見知らぬ場所に入ったせいでしょうか。木漏れ日に浮き上がる埃を美しいと思える程度には、気分が良くなってきました。埃を吸い込まない様にハンカチを口に当てていなかったら咳き込みそうです。


 玉座みたいなこの場所は、侯爵様の謁見の広間だったのでしょうか。崩れた天井から零れる幾筋もの光が、この廃墟を神聖な場所の様に錯覚させてくれるのです。


 そしてワタクシは、ここで運命に出会ってしまったのです。





「娘よ、力が欲しいか」

「はい」


 誰もいない玉座から発せられた唐突な言葉にワタクシは答えてしまいました。

 この時の選択を軽率だったと反省する事はあっても後悔はしないと断言できます。


「よかろう! ならばくれてやる!」


 玉座から伸びた銀色の光がワタクシを包みます。寝転んだときに髪が体に巻きついた時のような感触がします。ワタクシを不安にさせたその不快感が収まったときに、両手首には銀糸で編んだような瀟洒なブレスレットが付いていました。違和感を覚えて見てみると、両足の足首にも同じ意匠のアンクレットが付いています。


「娘よ、契約は成された。英知と武勇は貴殿のものだ」

「貴方はいったいどちらにいらっしゃるの? それに、この装飾品が何なのか教えてくださらない?」


 近くから聞こえてくるのに姿が見えません。ワタクシは必死に平静を取り繕って見えない紳士に話しかけます。


「そこの緞帳の陰に姿見がある。それを見るがいい」


 ワタクシは、その声に導かれるままに、割れた鏡のある場所に行きました。ワタクシの頭の上にいつのまにか見たことも無いティアラが載っていました。


「貴殿の頭や手足にある装飾品が我の姿だ。我は主人と共に戦場を駆け、ついに本願を果たし終えた。そして、主人は我をココに残し、こうおっしゃったのだ、『理不尽な力に押しつぶされ力を求める者の手助けをせよ』と」

「まあ、素晴らしいわ。高潔な方でしたのね」


 このティアラさんのご主人さまは、何方どなたなのかしら。お話しできる魔法道具なんて御伽噺おとぎばなしの中でしか見た事がないのですもの。


「ティアラさん、貴方の事はなんとお呼びすればいいのかしら?」

「前の主人はラカと呼んでいた。彼の故郷の物語で出てくる一番有名な知性ある魔法道具インテリジェンス・アイテムにちなんだ名前だそうだ。特に呼びたい名前がないのなら、ラカと呼んでほしい」

「分かりましたわラカ様。ワタクシのことはカリナとお呼びください」

「これは愉快。カリナ殿、魔法道具に様付けはいらぬ礼儀だ。呼び捨てで結構である」

「それではラカ。あなたの力をお借りしたいの」

「是非も無い。相手が勇者だろうと魔王だろうと力を貸そう」

「まあ、それは頼もしいですわ、相手は勇者ですの」


 喋るときラカさんのティアラが青く光るのですが、絶句でもされたのでしょうか? 青い明滅が止まっています。


「どうかされましたの?」

「いやなに、今度の主人も剛毅な者で重畳だと思ったまでだ。時に主殿「カリナですわ」うむ、カリナ殿」

「はい」

「勇者が相手という事だが、カリナ殿は魔術や剣術は嗜んでおられるのかな?」

「いえ、刺繍や詩吟なら得意ですが、荒事は騎士達に任せておりますの」

「ふむ、そうであるか。我の以前の主人の中に勇者がいたのだが」

「何と言うお名前ですの!」


 ワタクシとした事がはしたない。思わず鏡にぶつかるところでしたわ。これもお父様がいけないのです。小さな頃から勇者の話ばかりするから、つい興味を持ってしまうのですわ。


「すまぬ、名前や容姿など瑣末な事は覚えていられぬのだ。聖剣を振るい、幾千幾万の魔族を切り捨てた凄まじい剣の使い手だ。魔法は使えなかったにもかかわらず、魔王の魔法さえ切り捨てて討伐してしまうような、非常識な存在だった」

「やっぱり、勇者様はそうでなくてはいけませんわ!」


 思わず拳に力が入ってしまうのもしかたありません。やはり勇者は非常識なほど強くなくては、勇者ではないと思うのです。


 お父さまやお姉さまに取り入るあの勇者、いえ自称勇者は弱そうな騎士に辛勝するような雑魚なのですわ。

 その証拠に城で一番強かったゾトル卿との戦いは、何かと理由をつけて避けていましたもの。


「カリナ殿、心苦しいのだが、我ができるのは主の力を増強する事なのだ。我単体でも看破の力や多少の理術が使えるが、それも主人の魔力を使わねばならない」

「では、ワタクシは何もできないままですの?」

「そうだな普通の騎士くらいなら伸せるし、屋根から屋根へ飛び跳ねるくらいの身体能力を与えることはできる。盗賊程度なら魔力の続く限り抹殺できるほどだ」

「まあ、素晴らしいわ」


 なんて素晴らしいんでしょう。怪盗義賊シャルルルーンみたいです。


「だが、それも普通の相手ならばだ」


 ラカさんのその言葉で、はしゃいでいたワタクシの心に楔が入ったように固まりました。


「ダメですの?」

「我が主人の力を100倍にできるとしても主人の力が1なら100にしかならない。勇者という存在は、理不尽という言葉こそ相応しい」

「あなたの前の主人は、その理不尽に立ち向かったのでしょう?」


 パタパタと青い光が明滅した後、ラカさんは何か吹っ切れたように言ってくれました。


「そうであった。幼子に諭されるとは、今日は良き日なのである」

「まあ、わたくしこれでも大人ですのよ」


 自分の言葉が少し衝撃です。いつの間にか、世間では行き遅れと言われる年齢になってしまいました。お姉さまは、あんがい自称勇者がニセモノだと気がついているのかもしれません。あの方、見た目だけは涼やかで勇者らしいのですもの。





「あの方が勇者ですの」

「ふむ、間違いないか?」

「はい」


 何となくラカさんが青く点滅しているのを感じます。

 続く彼の言葉は衝撃的でした。


「あれはニセモノだ」


 そうだと主張していましたが、どこかで信じていたのかもしれません。それでは彼が持っていた青い光を放つあの聖剣は何だったのでしょう。

 ワタクシが断罪の為に物陰から出ようとしたのを止めたのは、ラカさんの言葉でした。


「待てカリナ殿、あの偽勇者の傍にいる男は何者だ」

「執政官さまですか?」

「あの男は魔族だ。恐らく偽勇者の何倍も強い。我らでは勝てぬ」


 そ、そんな! 自称勇者様が偽者だったのも衝撃でしたが、魔族が執政官さまに成り代わっていたのは、もっと恐ろしい事です。

 だって、魔族といえば、軍隊で攻めるような存在です。個人で勝てるのは、本物の勇者様のような一握りの例外だけなのです。


「ラ、ラカ。ど、どうしたらいいのです」

「落ち着くのだカリナ殿。我の最後の記憶が確かなら、ここはムーノ侯爵の領地だな」

「今は男爵ですが、そうです」

「では、近くの森の奥に森巨人ウッド・ジャイアントの集落があるはずだ。我と共にあれば、彼らの助力を得られよう。しかし、深き森の奥ゆえ、ご婦人には勧められぬ」


 ドレスを汚したりするのは嫌ですが、本物の勇者様なら躊躇わないはずです。


「巨人さん達なら、魔族にも勝てますか?」

「うむ、本物の勇者ほどではないが、並みの魔族に後れは取らぬはずだ」

「では参りましょう」

「即決とは心強い。カリナ殿は勇者を支えるような傑物になりそうであるな」


 ワタクシはラカさんの言葉に内心浮かれながら、努めて冷静な態度で森へ向かいました。





 ラカさんに導かれるまま城の胸郭を飛び越え、市の正門前の厩舎からお借りした馬に乗って森へと駆けました。


 途中、盗賊達に捕まっていた一角獣ユニコーンを助けようとして、代わりに捕まってしまいましたけど、そこで思わぬ方と再会できたのです。


「姫様、こんな場所まで来られるとは」

「ゾトル卿、あなたこそ」


 数年前に出奔した男爵領最強の騎士が、まさか盗賊に身をやつしているとは思いませんでした。しかも彼の話では、盗賊達がお父さまに謀反を起こそうとしていると言うのです。

 わたしは、ラカさんの薦めもあって、彼に自称勇者と魔族執政官の話を打ち明けました。


「なんと、怪しいとは思っていたが、まさか魔族だったとは」

「本当なのである。我はカリナ殿を初めとした主たちの名誉にかけて、嘘偽りを言っておらぬ事を誓おう」


 ワタクシの言葉は、彼がずっと抱えていた疑問に符合するものだったのでしょう。拍子抜けするくらいあっさりと、彼はその話を受け入れてくれました。


「流れ者の私を受け入れてくれた首領には悪いが、抜けさせてもらおう。カリナ様、巨人達の下まで随伴する許可を頂きたい」

「許可します、騎士ゾトル」


 素敵ですわ。まるで物語のよう。

 ワタクシはユニコーンの背に乗って、騎士ゾトルと共に森の奥深く、森巨人ウッド・ジャイアントの集落にたどり着いたのです。


 彼らの協力を得られるかは判りません。


 いいえ、違います。


 何としてでも協力を得るのです。

 脅しすかし、我が身が穢れようと、目的を果たす。それこそが貴人の務めなのです。


 ワタクシにはゾトル卿という剣があり、永い年月を過ごしたラカさんという知恵があるのです。

 そう、今のワタクシには仲間がいるのです。


「もう、何も怖くなんてありませんわ」


 そう自分を奮い立たせて、城門ほどもある森巨人ウッド・ジャイアントの前に、一歩踏み出したのです。






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